第8話 追放姫騎士を勝ち確させる

 一方で、アリスは慣れた動作で楽に軍馬にまたがっていた。

 流石は戦闘民族の姫様。

 きっと、幼い頃から軍事教練はみっちりと詰んでいるのだろう。


「では参りましょう。しっかりとつかまっていてください」

「おう」


 俺がベルーアの腰に腕を回すと、彼女は馬の腹を蹴って走らせた。


 甲冑越しとはいえ、女性に抱き着くのはなんだか恥ずかしい。


 俺の腕が彼女の柔らかを感じることはないのがせめてもの救いだけど、艶やかな長いブロンドヘアが向かい風になびいて俺の顔をくすぐった。


 生まれて初めて乗った馬は思ったよりも振動が強くてキツイはずなのに、彼女の金髪が心地よくて、少しも苦じゃなかった。


 やがて、馬の足がゆるやかになっていく。

 同時に、遠くからゲームでしか聞いたことのない炸裂音が次々届くようになる。


「お二人とも、どうやら、お味方の優勢のようです」


 誇らしげなベルーアの肩越しに馬上から目を凝らすと、前線では次々黒煙上がっていた。


「これ以上は無理か?」

「これ以上先まで行きますと、流れ矢の危険性がありますので、ご容赦を」

「そっか、じゃあ仕方ない。地図で確認しよう」

「地図?」


 俺は地図画面を開くと、戦場を選択、スマホ画面を操作するようにピンチアウトでズームした。


「これは!?」


 さしものベルーア将軍も驚嘆を隠し切れない様子だった。

 戦場の好きな場所を見ることができるのだから、これほど心強い能力もないだろう。ただし、見ることができるのは国内に限られるので防衛にしか使えない。


 俺とアリス、それにベルーアは、画面内に映し出される立体映像を目を見張った。


 ヴァルキリーたちは次々敵の密集地帯に手りゅう弾を投げつけていく。


 三秒後に起こる爆発に巻き込まれて敵部隊は総崩れ。


 なにごとかと混乱している敵兵を、次々討ち取っていく。


 すると、残った敵兵は次々逃げていった。


 その背中に矢を射かけて、さらに討ち取っていく。


 帝国兵からすれば、いきなりヴァルキリーたちが全員そろって魔法攻撃を使ってくるわけで、混乱の極みになるのも当然だろう。


「よし、ベルーア。敵が混乱している今がチャンスだ。敵がこの状況に慣れたら手ごわくなる。このまま前線を押し上げて可能な限り帝国兵を国境線の外に出してくれ。それと、できるだけ多くの敵を討ち取って欲しい。撤退させただけだと後日部隊を編成し直して再侵攻してくる」


「御意! 伝令!」

「はは!」


 近くの兵が数人、駆け寄ってくる。

 ベルーアは彼女たちに俺が言ったことを伝え、各部隊へと向かわせた。


「アリス、逃げる敵を攻撃するのは嫌だったか?」


「ううん。平気よ。だってこれは一騎うちじゃなくて戦争だもの。さっきの映像でも、みんな逃げる敵の背後を矢で射ていたでしょ。降り首は取らないのは個人の勝手だけど、軍で強制するものじゃないわ」

「100点だ」


 優秀な教え子を持った教師はこんな気持ちなのか、俺は嬉しくてつい笑顔になってしまった。

 そして、口が軽くなってしまった。


「戦争で大事なのは人的損耗を与えることだ。歴史が証明している。敵を追い払っただけじゃあ後日部隊を再編制して再侵攻してくる。敵の武器や物資を破壊しても後日救援物資を得た敵軍が再侵攻してくる。でも人材だけは替えが利かない。数だけなら本国から送ってもらえばいいけど、人材の教育には何年もかかるからな」


 第二次世界大戦中の日本がまさにソレだった。


 武士道を信条とした日本軍の戦闘機乗りは、米軍の戦闘機を撃ち落としたらパラシュート逃げる米兵を見逃した。


 そのため、後日新しい戦闘機に乗って何度でも襲ってきた。


 世界一の工業国であるアメリカにとって、戦闘機を何百機破壊されようと痛くもかゆくもないのだ。


 逆に、日本軍の戦闘機パイロットはパラシュートで逃げても落下中に撃ち殺されて貴重な人材を次々失っていき、戦闘機部隊は深刻な人材不足になった。


 視線を地図画面に戻すと、敵軍は現場を捨て、次々国境線の外へと撤退していった。


 味方の大勝利。

 そう言って差し支えない戦果に、アリスはガッツポーズを取った。

 俺も、ひと段落ついたささやかな達成感に胸をなでおろした。


   ◆


 その日の夜。


 万が一に備えて、俺はとアリスは戦場で常に地図画面で敵と味方の動きを監視し続けていた。


 結果。


 戦局は最後まで変わることなく、味方の大勝利となった。

 日も暮れると国境近くに移動させた本陣で、ささやかな祝勝会を開いた。


 本当はみんなにもブランデーを振舞ってあげたかったけれど、酔っぱらったところに夜襲を賭けられては大変なので、オレンジジュースとイナゴスナックで我慢してもらった。


 けれど、疲労回復効果のある柑橘系のジュースに、たんぱく質たっぷりのイナゴスナックなら、栄養的には問題ないだろう。


「それでは皆の者、本日の勝利の立役者、異世界からの救世主、ハルト殿に拍手を!」


 壇上代わりの木箱の上に俺が立たされると、1000人ほどの兵士たちが一斉に拍手を送ってくれた。


「救世主様ー!」

「貴方のおかげで勝てました!」

「ありがとうございます!」

「抱いてくださーい!」

「救国の英雄ばんざーい!」


 多種多様な賛辞を浴びると少し照れ臭い。

 でも、俺は表情を引き締めて、みんなをゆっくりと見回した。

 俺は、ここで決意を表明をしようと思っていた。


「初めまして。俺がアリス姫王が召喚した異世界の救世主ハルトです。だけど、俺は物資を届けただけで、実際に戦ったのはここにいるみんなだ。だから俺が救世主だって言うなら、国の為に戦っているみんな一人一人が小さな救世主だと俺は思う。胸を張って欲しい。けど、責任を投げ出そうってわけじゃない。救世主として呼ばれた以上、俺はこの国を守るつもりだ。今後も俺の能力と知識を活かして、戦場に戦争物資は届ける。だからみんな、この国の為に、家族のために俺と一緒に頑張ってくれ!」


 俺が言い切ると、兵士たちはもろ手を挙げて歓喜の声を上げた。

 こんなのは俺のガラじゃない。

 らしくないのはわかっている。


 でも、これは必要なことだ。


 もう日本には帰れない。

 俺はここで生きていくしかない。


 愚痴を言っても文句を言っても始まらないなら、建設的なことをしよう。


 これは、そのための決意表明だ。


 言葉にしないと、俺はきっといつまでも日本に後ろ髪を引かれ続ける。

 だから、みんなの前で弧の国のために戦うと宣言して逃げ道を無くす。

 これでもう、俺はこの世界で生きるしかなくなった。


 そう思えば、きっと俺は全力以上で生きられるだろう。

 俺が木箱から降りると、アリスが近寄ってきた。


「お疲れ様ハルト、でも随分と謙虚な挨拶だったわね」

「そうか? でも事実だろ。命を懸けて戦っているのは前線の兵士で、俺はただスキルを発動させてうしろで見ていただけだし」


 謙遜ではなく、実際そう思っている。

 シミュレーションスキルはチートだけど、俺本来の能力じゃない。


 今後はゲームで得た経験を活かして国力を高めていくつもりだし、それが成功したら俺の手柄かもしれない。


 でも、今日この戦いの勝利は兵士たちのものだ。

 けれど、俺の返答にアリスは花がほころぶような表情で俺を見つめてから、ほにゃっと笑ってくれた。


「貴方みたいな人、はじめてよ」

「ん?」

「さ、一度城に戻りましょ。お風呂と寝室の準備はできてるはずだから、今日の疲れを癒して」

「あ、ああ」


 深い意味はないんだろうけど、美少女の口から出るお風呂と寝室、という単語の響きに、ちょっとドキリとしてしまった。


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人気だったら連載化。

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●世界ランキング1位のゲーマー、敗北国家の追放姫騎士を神プレイで勝ち確させる 鏡銀鉢 @kagamiginpachi

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