第7話 戦争で大事な事
イナゴ回収を中止にしてその日の昼前、俺とアリスはポート機能で戦場を訪れた。
「姫様!? 何故このような場所に!?」
ポート先は天幕の並ぶ本陣の中で、目の前では豪奢な鎧を身を包んだ長身の美女が背筋を伸ばして一部の隙も無い敬礼をキメた。
その周囲で、次々甲冑姿の美女美少女たちが敬礼をしていく。
「楽にしていいわよ。ハルト、こちらは軍事最高責任者のベルーア将軍よ。うちの口で一番強いんだから!」
「お褒めに預かり、光栄です!」
ステレオタイプのいかにも軍人然とした口調のベルーアは、金髪碧眼の美女だった。
ターレイ程ではないけれどかなりの長身で、男子の俺とほぼ同じ目線の高さだ。
勇ましい美女ではあるものの、ターレイのような野性味溢れるものではなく、品格を感じさせる理性的な美貌の持ち主だった。
肌も、褐色のターレイとは逆に、こちらは抜けるように白い肌をしている。
「ベルーア。こっちは救世主召喚で呼び出した異世界の救世主、ハルトよ」
「どうも。今日はみんなに救援物資を持ってきた。疲れている兵士にすぐ配ってくれ」
言うや否や、俺はストレージゲートを開いて中からイナゴスナックでパンパンの木箱をズラリと並べてやった。
「食料のイナゴスナックだ。高たんぱくで低カロリー。栄養満点で兵士の味方だ」
「イナゴ、ですか?」
ベルーアは何かを確認するようにアリスに目配せをした。
「安心して、あたしも食べたけどおいしかったし」
「貴様、姫様に虫を食わせたのか!?」
「いや普通においしいから、ほら」
俺は木箱を開けると、手づかみでサクサク食べてみせた。
「あたしもあたしも」
まるで皆へ範を見せるように、アリスは率先してイナゴスナックを口にした。
周囲の兵士たちは「あっ」と声を上げてざわつくも、アリスが笑顔を見せると一歩進んできた。
「姫様だけにイナゴを食わせるな」
「私も」
「我も」
「拙者も」
抵抗感を飲み込むようにして、皆、固い表情で箱に手を突っ込みイナゴスナックを口にした。
すると、皆一様に戸惑いの表情を見せて視線を彷徨わせた。
どうやら、虫がおいしいことが信じられないらしい。
「食料は今後もどんどん送るから毎日腹いっぱい食ってくれ。それと時間が惜しいから武器の説明に移るぞ」
『武器』
流石は戦闘民族。
みんな一瞬で目の色を変えてくれた。
俺はアリスにも見せた黒いオレンジ大のモノをストレージから取り出しかかげてみせた。
「この中には爆発魔法を封印されている。このピンを勢いよく引いて」
俺がピンを抜くと、摩擦で中の導火線に着火しているはずだ。
「三秒後に爆発する!」
俺が何もない地面に思い切りブン投げると、ソレは耳をつんざくけたたましい炸裂音を鳴らしながら黒煙と赤炎を噴き上げた。
兵士たちは驚嘆の声を上げ、何人かは尻もちをついた。
「俺がスキルで生成した手榴弾だ。これを一人5個ずつ携帯してくれ。全戦の連中にも届けるんだ」
説明しながら、また俺はストレージから手りゅう弾でいっぱいの木箱をぞろぞろと出し続けた。
「いいか、爆発地点から絶対に10メートル以上離れるんだぞ! 巻き込まれるからな! ピンを抜いて3秒後に爆発する。長々持ったり目の前の敵に投げるなよ! わかったら早くしろ! あと一秒早かったら死なずに済んだ奴がいるかもしれないんだぞ!」
俺が声を張り上げると、兵士たちは次々木箱を抱えて走って行った。
その場に残ったベルーアは、手榴弾を手に俺を瞠目してきた。
「貴君は魔法使いか?」
「いや、俺は単なるゲーマーだよ。もっとも、超一流だけどな」
「ゲーマー……チェスやスゴロク、トランプの?」
「説明は後だ。安全ギリギリの場所まで案内してくれ。手榴弾の効果をこの目で確かめたい」
「御意。ではこちらへ!」
ベルーアが案内してくれたのは、軍馬を繋いだ場所で、俺はもろ手を挙げた。
「あ、ごめん。俺、馬には乗れないんだ」
「む、そういえば貴君は騎士ではありませんでしたな。では、私のうしろへ」
ベルーアに促されるまま、俺はなんとか白馬によじのぼると、ベルーアのうしろに腰を落ち着けた。
一方で、アリスは慣れた動作で楽に軍馬にまたがっていた。
流石は戦闘民族の姫様。
きっと、幼い頃から軍事教練はみっちりと詰んでいるのだろう。
「では参りましょう。しっかりとつかまっていてください」
「おう」
俺がベルーアの腰に腕を回すと、彼女は馬の腹を蹴って走らせた。
甲冑越しとはいえ、女性に抱き着くのはなんだか恥ずかしい。
俺の腕が彼女の柔らかを感じることはないのがせめてもの救いだけど、艶やかな長いブロンドヘアが向かい風になびいて俺の顔をくすぐった。
生まれて初めて乗った馬は思ったよりも振動が強くてキツイはずなのに、彼女の金髪が心地よくて、少しも苦じゃなかった。
やがて、馬の足がゆるやかになっていく。
同時に、遠くからゲームでしか聞いたことのない炸裂音が次々届くようになる。
「お二人とも、どうやら、お味方の優勢のようです」
誇らしげなベルーアの肩越しに馬上から目を凝らすと、前線では次々黒煙上がっていた。
「これ以上は無理か?」
「これ以上先まで行きますと、流れ矢の危険性がありますので、ご容赦を」
「そっか、じゃあ仕方ない。地図で確認しよう」
「地図?」
俺は地図画面を開くと、戦場を選択、スマホ画面を操作するようにピンチアウトでズームした。
「これは!?」
さしものベルーア将軍も驚嘆を隠し切れない様子だった。
戦場の好きな場所を見ることができるのだから、これほど心強い能力もないだろう。ただし、見ることができるのは国内に限られるので防衛にしか使えない。
俺とアリス、それにベルーアは、画面内に映し出される立体映像を目を見張った。
ヴァルキリーたちは次々敵の密集地帯に手りゅう弾を投げつけていく。
三秒後に起こる爆発に巻き込まれて敵部隊は総崩れ。
なにごとかと混乱している敵兵を、次々討ち取っていく。
すると、残った敵兵は次々逃げていった。
その背中に矢を射かけて、さらに討ち取っていく。
帝国兵からすれば、いきなりヴァルキリーたちが全員そろって魔法攻撃を使ってくるわけで、混乱の極みになるのも当然だろう。
「よし、ベルーア。敵が混乱している今がチャンスだ。敵がこの状況に慣れたら手ごわくなる。このまま前線を押し上げて可能な限り帝国兵を国境線の外に出してくれ。それと、できるだけ多くの敵を討ち取って欲しい。撤退させただけだと後日部隊を編成し直して再侵攻してくる」
「御意! 伝令!」
「はは!」
近くの兵が数人、駆け寄ってくる。
ベルーアは彼女たちに俺が言ったことを伝え、各部隊へと向かわせた。
「アリス、逃げる敵を攻撃するのは嫌だったか?」
「ううん。平気よ。だってこれは一騎うちじゃなくて戦争だもの。さっきの映像でも、みんな逃げる敵の背後を矢で射ていたでしょ。降り首は取らないのは個人の勝手だけど、軍で強制するものじゃないわ」
「100点だ」
優秀な教え子を持った教師はこんな気持ちなのか、俺は嬉しくてつい笑顔になってしまった。
そして、口が軽くなってしまった。
「戦争で大事なのは人的損耗を与えることだ。歴史が証明している。敵を追い払っただけじゃあ後日部隊を再編制して再侵攻してくる。敵の武器や物資を破壊しても後日救援物資を得た敵軍が再侵攻してくる。でも人材だけは替えが利かない。数だけなら本国から送ってもらえばいいけど、人材の教育には何年もかかるからな」
第二次世界大戦中の日本がまさにソレだった。
武士道を信条とした日本軍の戦闘機乗りは、米軍の戦闘機を撃ち落としたらパラシュート逃げる米兵を見逃した。
そのため、後日新しい戦闘機に乗って何度でも襲ってきた。
世界一の工業国であるアメリカにとって、戦闘機を何百機破壊されようと痛くもかゆくもないのだ。
逆に、日本軍の戦闘機パイロットはパラシュートで逃げても落下中に撃ち殺されて貴重な人材を次々失っていき、戦闘機部隊は深刻な人材不足になった。
視線を地図画面に戻すと、敵軍は現場を捨て、次々国境線の外へと撤退していった。
味方の大勝利。
そう言って差し支えない戦果に、アリスはガッツポーズを取った。
俺も、ひと段落ついたささやかな達成感に胸をなでおろした。
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