第45話 外伝ー2 食べ放題デイズ

 千夏は額の汗を拭った。おしげに見つかってしまえば、いいわけなど通用しない。真実を話すしかないところではあるが、真実なんか話したくない。一人で焼肉食べ放題を楽しもうとしていたことなんて。だから、千夏は適当に話をしてごまかそうとする。


「悩んでいたのよ」

「悩み? 聞きましょうか?」

「じゃあ、聞いてもらおうかな。食べ放題について」

「値段のことね」


 千夏はおしげに言われて動揺する。けれども、表情に出さないように気を付けながら話を続ける。


「そうじゃなくって。元が取れるかどうかって話」

「元? 基本的に食べ放題は元を取ろうという考えをしない方が良いかな。そもそも、食べる側が元を取れるならお店は継続的に営業できないんだから。なので、ほどほどに満足をできるように食事をするのが理想では?」

「何が言いたいのかよくわからないけど、元を取るのが難しいってことね」

「元を取る。の定義にもよるけどね。で、どう考えているのよ。元の取り方」


 おしげの言葉に千夏は腕を組んで考え込む。すぐに答えない様子を見て、おしげは眉間を寄せて不思議そうに首を傾げる。


「考えるところなの? それ」

「うーん。なんていうか、そんなことを聞いてくる人がいるんだな。って思って」

「言いたいことはなんとなくわかるけど、でも、人によって考え方って違うじゃない? 特に千夏はちょっと変わっているから」


 千夏はお前がそれ言う? と言わんばかりに口を尖らせるが、それについては言及しない。その代わりに、定義の話を始める。


「元を取るって何? って訊いたよね? そんなの簡単。お金を払った分の効果が得られるということ」

「効果?」

「そう。ここの食べ放題って三千円弱じゃない。この三千円分を浮かすためには何食分食べればいいと思う?」

「へっ?」


 おしげが素っ頓狂な声を出す。目をぱちくりと何度も瞬きをしてマジマジと千夏のことを見つめてくる。


「どうしたの?」

「元を取るって……。もしかして、一食千円だとすると三回分食べないってこと? そんなことできると思ってるの? 肉食動物じゃないんだから」

「やだなぁ。計算間違ってるよ。一回は今回だから、一食千円なら二回食べずに済ませればいいって話だって」

「何それ」

「でもね、おしげ。間違ってるよ。それ」

「あー、やっぱりねー。私の間違いだよねー。勘違い勘違い」


 おしげは、わかってるよ。と言わんばかりにウンウン頷くと、千夏は当たり前。と話を続ける。


「私が一食千円も使うわけないじゃない」

「へっ?!」

「平均して五百円くらい」

「えっ?! 五百円?!」

「やっぱり、贅沢しすぎかなぁ」


 千夏は近づいてきたおしげにポンポンと肩を叩かれる。


「奢ってあげるよ」

「はっ? な、なんで? 臓器、あげれないよ」

「私のことを何だと思ってるの。奢るの止めるよ」

「ごめん。ありがとう」


 千夏は頭を下げてお礼を言ってから電話をかける。


「何しているの?」

俊史としふみも呼んでるの」

「ゲっ!」

「無理?」

「しょうがないわね。最近、許可をもらって別のバイト始めたから余裕あるんだ」

「じゃあ、母親……」

「それだけは絶対にダメ!!」


 おしげが即時否定すると、千夏はニコリと笑う。


「ほんと、いい奴だよね。おしげは」

「ほんと、勘弁して欲しいわ。姉弟揃って」


 千夏がおしげのことを盗み見ると、彼女はいつもより鋭い視線を焼き肉屋に向けていたが、口元は少しだけ緩んでいるように見えた。そして、千夏に見られているのを察して、黙ったままお店に向かって歩き出す。おしげがカランカランと入り口の扉を開くと、食欲をたっぷりそそる匂いが流れ出してくる。遅れまいと千夏が店の中に入ろうとすると、ミンミンゼミが何かを思い出したかのように鳴き始めた。

 

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クラスの美少女が住む神社で働くことになった僕は何故か巫女服を着ることになりました。 夏空蝉丸 @2525beam

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