第29話 添い寝

「さっ、そろそろ寝よ。おいで」


 就寝時間となった時、瀬名さんが寝そべりながらベッドを叩いた。

 

 何故こうなったのだろうか……。

 

 俺が恐らく辻城さんと一緒にいた事で瀬名さんが不機嫌になってしまって、それで彼女が不意に謝ってきた。

 俺が償いとして頼み事してほしいと言ったら、瀬名さんが一緒に寝てほしいと。


 まさかの添い寝。

 それも有名モデルの超美人さんと。


「その、本当にいいんですか……? 俺なんかと一緒で……」


「『俺に出来る事があれば』とか言ったの誰かな? 私はちゃんと聞いたんだけど」


「……はい、俺です」


「よろしい。……来て」


 そんなエロい声音で言わないで下さいよ。

 

 しかし言質げんちを取られた俺に、拒否権があるはずもない。

 それに心のどこかで、瀬名さんのベッドに飛び込みたいという気持ちがあって……。


「失礼します……」


 雄としての本能に導かれるまま、そのベッドに入り込んだ。

 瀬名さんによって部屋の電気が消されていく中、俺は彼女の姿を見る。


 薄青のルームウェアから見える色白の手足……ほっそりとしていて綺麗な形。


 そして胸元から見える谷間が、実にクオリティの高いY字型。

 本人が88のFカップと言っていただけあって、破壊力がすごいというか……。


「勇人君が入っただけでポカポカするね……」


 悶々としている時、瀬名さんのうっとりとした表情が俺の目に飛び込んだ。

 そんな表情を見せられたら、こっちまで別の意味でポカポカしてしまう。


「ベッドに2人分入っていますので……狭いとか思ってませんか?」


「思ってないよ。……むしろこうしたかった」


「えっ?」


「勇人君を床に寝るって言った時、こう言えばよかったって後悔してさ。それが今叶ってよかったと思っているの」


「…………」


「――なんて冗談だよっ! 勇人君があんな頼み事するから、罰ゲームとしてやらせようと思っただけ!」

 

「さ、さいですか……」


 何だ冗談か……本当に冗談なのか分からないけど。

 それと、瀬名さんの声が裏返ったように聞こえたのは気のせいだろうか。


「確か勇人君、土曜に立て続けに仕事できたの聞いたよね?」


「ええまぁ。車の中で塚本さんが言っていたのを覚えています」


「それが終わったらさ、日曜に遊びに行かない? 月曜が祝日だからゆっくり出来ると思うから」


「遊びにですか……」


 思えば、高校進学してからまともに遠出をしていなかった。


 瀬名さんだって羽を伸ばしたい気分だってあるはず。

 リフレッシュを兼ねて連れて行くのは、決して悪い事じゃないはずだ。

 

「じゃあ、俺が行きたい場所でいいですか?」


「もちろん。勇人君が行きたい所ならどこでも」


「でしたら俺が知っている博物館にしませんか? 俺、実は恐竜好きなんで」


 先ほど給料やチップをもらっている。

 そこで俺が好きな博物館に行ってみようと思ったところ、瀬名さんが食いついてきた。


「ほぉ恐竜。私も興味あるなぁそれ」


「それはよかった。まぁ、瀬名さんがお気に召すのかは分かりませんけど」


「大丈夫だよ。勇人君が好きな場所なら、私も好きになれると思うから」


「ほんとですかぁ?」


 半信半疑で聞いたつもりだけど、瀬名さんは緩めた表情を返すだけだった。

 さっきの発言が発言だから、どこまでが本当でどこまでが冗談なのかよく分からない。


 でも彼女が博物館に対して興味あるのは嘘じゃないはず。

 瀬名さんと一緒に行けるというのなら楽しみだ。


「……ねぇ勇人君」


「はい?」


「もう住んでから1ヶ月近くは経ったんだし、そろそろ名前で言ってくれないかな?」


「……ナマエ?」


「うん、私を『佐矢香』と言って」


 ……名前……なまえ……。


 苗字を口にするのと名前を口にするのとでは難易度が違う。

 言えるかな、俺……。


「……さや……佐矢香……さん」


「……もう1回」


「……佐矢香さん……」


「……~~」


 あれ、瀬名さん悶えている……可愛いなぁ。

 名前呼び慣れてきたし、ちょっとからかってやろう。


「佐矢香さん、どうしました?」


「い、いや……」


「佐矢香さん、佐矢香さん、さーやかさん」


「んん……もういいから……」


 顔を両手で覆ったと思えば、そっぽを向いてしまう。

 

 そんな彼女の姿を見て、今度は俺が少しだけ悶えてしまう。

 何でこう、佐矢香さんは愛らしい姿を見せるんだろう。


「……そろそろ時間ですし寝ましょうか。瀬名さんお休みなさい」


「…………」


「……瀬名さん?」


 返事がない。ただの屍……じゃなくて。


 反応しないという事は、瀬名さんはそむけたまま寝てしまったという事か。

 意外に早いものだ。


 明日も学校なんだし、俺もそろそろ寝るとするか。

 そう思い布団の中に潜り込んで、夢の中に入ろうとした。


 ――ギュッ。


 ……何だ、身体に何かがくっついている?

 恐る恐る目を開けてみると、瀬名さんが俺の身体を抱きしめているじゃないか!


「せ、瀬名さん……?」


 やはり返事はない。

 目をつむりながら、すぅっと小さい吐息を立てているだけだ。


 だけど、彼女の豊満で柔らかいものが身体に当たっている。

 心なしか押し付けているようにも……。


 ――ムニュ……。


「……うわっ……」


 柔らかい、すごい、柔らかい。

 こんなの続けられたら、理性がどうにかなりそうだ。


 とにかく瀬名さんを起こさないよう、そっと彼女から離れた。

 何とか脱出はしたものの、未だ残る感触に戸惑いを感じてしまう。

 

 胸、大きかったなぁ……瀬名さんが寝たままだったのが幸か不幸か。

 ありえないとは思うけど、彼女がこれを覚えていない事を祈るしかない。




 その時、眠りに入った俺は気付いていなかった。

 寝ている瀬名さんの口角が微かに上がった事を。

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有名美人モデルと遠縁だったので同居になった後、彼女がちょっぴりエッチなポーズで撮影要求してくる~こんなポーズ、絶対仕事場ではやらないですよね?~ ミレニあん @yaranaikasan

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