第28話 佐矢香さんからの頼み事

「はいOK!! 今日もお疲れ様!!」


「お疲れ様です」


「おつかれでーす!!」


 数時間に及ぶ撮影が繰り広げられた後、ディレクターからOKのサインが出た。

 

 瀬名さんと辻城さんの撮影はこれにて終了。

 彼女達が楽屋に戻る中、俺はスタジオ内の機材の撤収作業に入る。これが今日の仕事でもあるのだ。


「いやぁ、相変わらず友田君は力持ちだね! 今回も助かるよ!」


「いえいえ、これくらいはどうって事ないですよ」


 重たい段ボールを片付けている中、ディレクターが俺に話しかけてきた。

 彼はバイト初日の際、撮影を仕切っていた人でもある。


「君って高校生なんだろう? それなのに、大人にも負けないくらい荷物を軽々持ち上げるとは」


「実家の近くに何でも屋がありまして、その手伝いをしている内に力が付いたんですよ」


「なるほどなぁ。しっかし、うちのスタッフも君を見習ってほしいものだ。すぐ重い荷物を押し付け合うからなぁ」


「ハハッ……そうですか……」


 もしかして、俺に重い荷物が来るのって押し付けられているからとか?

 と、ディレクターが辺りを見回してから、俺にそっと近付いてきた。


「これ、よければ受け取ってくれ。俺からのお礼だ」


 何と懐から1万札を取り出して、俺のポケットに突っ込もうとしていた。

 給料は塚本さんからもらう予定だというのに。


「いや、さすがに受け取れませんよ……」


「いいよいいよ。君は俺の息子みたいなもんだからさ。チップだと思って遠慮せず受け取ってくれ」


「……そう言うのでしたら」


 2回しか会ってないのに息子認定とはこれ如何に。

 とはいえご厚意を無下にする事も出来ないので、その1万札をポケットに忍ばせる事にした。

 

「ほんとにありがとうございます。では仕事の続きしますので」


「おお、頑張ってくれ!」


 まさか予想外のギャラがもらえるとは。

 申し訳ない気分だけど、でもちょっとだけ得した気分だ。


 そうして撤収作業を従事したのは、かれこれ30分くらい。

 やっと終わらせる事が出来た後、俺は瀬名さん達が待っている楽屋へと足を運んだ。


「失礼しまーす。やっと終わりました」


「あっ、勇人君お疲れ様」


 瀬名さんと辻城さんは紙コップの水を飲んでいたようだった。

 近くにウォーターサーバーがあるので飲んでみようかなぁ……と思ったところ、辻城さんが近付いてきた。


「お仕事お疲れ様です! 友田さん、さっきのあたし達どうでした?」


「ああ、すごくよかった。辻城さんのワンピース姿とか中々だったよ」


「そりゃあ照れますねぇ! あたしも友田さんがお仕事頑張っていると思うと、俄然とやる気が出ましたよ!」


「そうか……どうもね……」


 我ながら照れてしまって首元をかいていた。

 そんな事を言われたら嬉しく感じてしまうじゃないか。


「……ふーん」


 ……なんて思った瞬間、瀬名さんがジト目で俺を見ていた。

 さっきのとまるで同じだ……。


「……えっと、瀬名さん……」


「何でもないよ」


「いや、まだ何も言ってないですけど……」


 これ、絶対に何でもなくないよな。

 

 それに俺は目撃してしまう。

 こちらを射殺うちころすくらいに睨んでいる塚本さんの姿を。


「随分遅かったじゃないか。仕事長かったか?」


「ま、まぁ……荷物が多かったので……」


「そうか。とりあえず暗くなった事だし、私が皆を送るよ。夜道は危険だからな」


 そうは言ってくれるのは嬉しいけど、まだ打ち解けられていないみたいだな。

 

 さすがに仲良くなってほしいとか、そういう厚かましい事は思っていないつもりだ。

 ただギスギスしているのもどうかと思うし、何とか改善はしたい。


 それと、未だジト目をしている瀬名さんの視線が痛い……。

 身体に穴が開きそうだ……。


「ありがとうございます! ではお2人さん行きましょうか!」


「おお……」


 俺達はスタジオから出てから、塚本さんの車に乗り込んだ。

 

 改めて時間を確認すれば、夜の8時くらいになっている。

 確かに女の子2人が出歩くにはデメリットが多いだろう。


 乗っている途中、塚本さんが瀬名さん達に仕事の話をしていた。

 俺はモデルじゃないので話に入らなかったけど、これからは野外撮影やイメージ広告など色んな仕事があるんだとか。大変そうだ。


 しばらくして、最初に辻城さんの家……というか団地が見えてきた。

 降りた辻城さんが「失礼しまーす!」と手振りをするので、こちらも同じように返す。 


 それから長い事走った後、遂に瀬名さんのアパートへと到着。

 俺達が降りるや否や、塚本さんが運転席から身を乗り出した。


「では佐矢香、次の撮影もよろしく頼むぞ」


「ええ、分かりました」


「ああそれと……はい友田君、お疲れ様」


「あっ、どうも……」


 渡されたのは1枚の封筒。

 先月分の給料のようだ。


「来週辺りから忙しくなるからな。もし休憩が必要だったら私に言うんだぞ」


「はぁ……」


「じゃあ、私は『ヤジマ』に戻る。またな」


 車が音を立てながら走り去っていった。


 塚本さん、俺を警戒したと思えば気遣ったりとよく分からないな。

 まぁ、業務上という線もなくはないけど。


「……あっ、瀬名さん。これ受け取って下さい」


 俺は封筒から3万円を取り出して、瀬名さんに差し出した。

 それを見て目を丸くする瀬名さん。


「えっ、何で?」


「住んでもらっている身として払わない訳にはいかなくて。……あっ、4万の方がいいですか?」


「そういう意味じゃなくて……。それは勇人君のお金だし、勇人君が好きに使っても……」


「それじゃあいけないんです。どうか受け取って下さい」


「えっと……じゃあうん」


 恐る恐るながらも、瀬名さんが3万円を受け取ってくれた。

 これで彼女の支出を抑えてくれれば、こちらとしてありがたい。


 そのまま俺達は部屋の中に入る。

 最初は扉を開ける事にすらドキドキしていたのに、すっかり馴染んでしまったものだ。


「……勇人君、ごめんね」


 その時、瀬名さんが何故か申し訳なさそうに謝ってきた。

 俺が面食らったのは言うまでもない。


「どうしました、急に?」


「さっき給料の半分をもらっちゃったし……。それに仕事の時、勇人君を睨んでいたじゃない? あれで気分悪くしちゃったかなって……」


「睨んでいたというかジト目……じゃなくて、俺は別に気にしていませんよ。なのであまり思い詰めなくてもいいと思います」


「そう言われてもね……」


 なだめたつもりだけど、まだ納得していないようだ。

 さて、どうするか。 


「……もしよかったら、俺に何かしてほしいとか言って下さい」


「してほしい?」


「ええ。出来る限りの事はしますので」


 皿洗い、風呂洗浄……そういった地味な仕事をやるつもりだ。

 しかし次の瞬間、瀬名さんから思いもよらない一言が。


「じゃあ、私と添い寝してくれない?」


「……へっ?」

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