4章 デート編

第27話 小春ちゃんと一緒に

 ある日の放課後の事。


 生徒達が一斉に帰宅を始めようとしていて、廊下がごった煮になっていた。

 俺と亮もバッグに教科書を詰め込んでいた時、辻城さんがこちらへと向かってくる。


「それじゃ友田さん、赤坂さん、また明日!」


「ああ、また明日」


「帰り道、気を付けなよ。君はモデルなんだからさ」


「そこは問題ないですよー。あたしほどのモデル、学生が知っているってくらいの知名度ですから!」


 亮が心配する中、辻城さんがそんな事を言ってきた。

 要は雑誌を読んでないと分からないレベルなので、普通に出歩いても問題ないという事だろう。


 それと彼女がまた明日とか言っているけど、実際は同じ仕事場に向かう事になっている。

 俺にバイトのシフトが入っている時、辻城さんもモデルの仕事が入っている場合があるのだ。


「確か辻城さん、モデルの仕事が入ってるんだよね。いい写真が撮れる事を祈るよ」


「何言っているんですか、友田さん。このあたしにかかれば、チャーミングな写真なんて1枚2枚造作もないですよ!」


 なんて調子の事を言いつつ、俺の肩に両手を置く辻城さん。

 その時に、彼女の口元が耳に近付いてきて。


「(とりあえずバス停で集合しましょう。一緒に行きたいんで)」


「っ!?……」


「(あっ、耳弱かったですか? さーせんです)」


 瀬名さんと辻城さんといい、何故性感帯を責めるのだ……。

 ちなみに亮はバッグに教科書を詰めるのに夢中で、辻城さんの囁きを聞いていなかったらしい。


「それじゃあ、これにて失礼します!」


 手を振りながら去っていく辻城さん。

 

 さて、あとで合流しなければ。

 バス停の場所は分かっているので、そこに行けば彼女に会えるはずだ。


「なぁ勇人、この後どうするよ? 久々に俺ん家来るか?」


 そう思っていた時、亮がそんな提案をしてきた。

 しかし残念、今日は先約がある。


「悪い、これからバイトがあるんだ。また今度にするよ」


「そっか。……なぁ、そのバイトって何だ? コンビニとか?」


 うっ……まさか尋ねてくるとは。

 ここは適当に誤魔化すしかない。


「まぁ、コンビニだな……。結構忙しいんだけど、給料は高いからさ……」


「ほんとかよ……?」


「ほんとかよって……何でそう思ったんだよ?」


「お前、何か誤魔化す時に目が右上に寄るからな。分かりやすいんだよ」


 マジか、それは俺自身でも気付かなかったよ。

 俺は冷や汗をかいたものの、亮は呆れるように一息ついた。


「……まぁ、どんなバイトしているかなんてお前の自由だからな。まさかサーヤ関連って訳じゃないだろうし」


「…………」


「まさかお前……」


「な、な訳ないだろ!? 俺がそんなバイトする訳ないない!!」


「だよなぁ。わりぃな、疑ったりして」


 こええええ……今一瞬、亮の目にハイライトが消えたぞ。

 ヤンデレ女子が怖いというのは知っているけど、ヤンデレ男子も大概だわ。


 ヤンデレ男子恐るべし……!

 

「俺はそのまま家に帰るわ。お前も帰り道には気を付けろよ」


「お、おお……分かった」


 正直、亮の近くを歩くのは怖いので、それは助かる。

 

 俺達は高校を出た後、校門辺りで別れる事にした。


 そして次に辻城さんだ。彼女がいるというバス停まで早歩きで向かう。

 その場所に着くと、スマホをいじっている辻城さんの姿が見えた。


「あっ、友田さーん」


「ごめんお待たせ。確か行き先は中村スタジオだよね?」


「はい。ちょうどバス停がスタジオ近くにありますので、これに乗ればすぐですよ」


 彼女と一緒にいるのを見られるのは面倒なので、一応周りを見回した。

 いるのは雑誌読まなそうな眼鏡男性の上級生くらい。こちらに注目してなさそうなので問題ないだろう。


 しばらくしてバスが目の前に停車してきたので、すぐに乗り込んだ。

 中村スタジオが存在する街に向けて、バスが出発をする。


「にしても友田さん、友達の赤坂さんに黙っているなんて悪い事しますねー」


「人聞きの悪い事を言わないでくれよ。マジでバレたら俺の命がないんだから」


「えっ、そこまで?」


「多分そこまで」


「はぁ。まぁそういう事にしますね」


 今の辻城さんは瀬名さんみたく変装していない。だというのに、乗客の誰もが彼女の事を見ていなかった。

 これが瀬名さんとの知名度の差だと思うと複雑な気分だけど、かといって知名度があるとファンが寄っていくので難しいところだ。


「あっ、それよりも友田さん」


「ん、何?」


「長い事同居しているみたいですけど、瀬名さんとはどこまで行きましたか?」


「……!?」


 小声で口にした台詞は、俺にはすごく効いた。

 言った本人はというと、涼しそうな顔をしているのだけど。


「いきなり何を……?」


「いきなりも何も、一緒に住んでますのであんな事やこんな事があるのかなぁって。ちょっと興味あります」


「……ないよ、断じてない。誓って言うよ」


「へぇ、そうですかぁ。それは残念です」


「何で君が残念そうに思うんだ」


 瀬名さんの扇情的なポーズを撮影したり、彼女を緊縛プレイをしたり、果ては抱きつかれたりしているけど、それはノーカンのはずだ。

 人によっては違うだろうけど、少なくとも俺はそう思いたかった。


 そもそもこんな事、例え辻城さんの前でも口が裂けても言えない。


「まぁ、いずれは食われるかもしれませんね。瀬名さんは年下好きだって聞きましたし」


「それ、塚本さんも同じ事言っていたな。でも俺なんかが瀬名さんと……」


「瀬名さんと?」


「……いいや、何でもない」


『俺と瀬名さんは釣り合うのだろうか』と言いたかったものの、やめにした。


 何度も言っているように、瀬名さんは日本で有名なモデルでもある。

 このところ一緒に住んできていい感じになっているけど、その事実は変わりないのだ。


 ……とか言っていると、何故か心がズキンと痛む。

  

 釣り合うかなんて自嘲した途端にこれだ。つまりこれはそういう事だろうか?

 でも『瀬名さんは有名モデル』という事実が、俺のその感情を委縮させているような気もした。


「友田さん」


 そんな考え事をしていた俺に、辻城さんが声をかけてきた。

 振り向いてみると、彼女が神妙な顔つきでこちらを見つめていたのだ。


「……どうしたの?」


「いえ、友田さんは深く考え事をしすぎだと思います。もっと気楽に考えてもいいんですよ」


「……はぁ」


「なんて、あたしの大した事のない助言ですがね。とにかく今日の仕事ぶりをちゃんと見て下さいね! 見なきゃ損です!」


「わ、分かった……」


 ぐいっと近付いてくる辻城さん。

 瀬名さんのとは違うものの、彼女からもいい香りがして少し戸惑ってしまった。


 それよりも「気楽に考えろ」か……。

 

 そう発言したという事は、辻城さんが俺の悩みに気付いていたという事になる。

 問題は何故気付いたのかというところだけど、一応心に刻んでおこう。


 そんな中、窓に見慣れた場所が見えてくる。

 中村スタジオが存在する街だ。


 俺達は次のバス停で降り、中村スタジオへと到着する。

 するとその出入り口前に、瀬名さんと塚本さんの姿があったのを確認した。


「佐矢香さん、塚本さん! おはようございます!」


「ん? あっ、小春ちゃん、勇人君……ん?」


 こちらへと顔を上げた瀬名さん。

 ただすぐに眉間をシワを寄せて……?


「どうしました、瀬名さん?」


「いや……やけに2人がくっついているなぁって」


 くっついている? ……あっ、確かに辻城さんとの距離が近い気がする。

 言われるまで気が付かなかったよ。


「えー、そうですかぁ? 気のせいだと思いますけど」


「そう? ならいいけど……」


 辻城さんが弁明するも、瀬名さんの表情は変わらない。


 まるで何かを疑っているかのよう……。

 俺はどうすればいいのか分からず、不安になってしまった。


「塚本さんもそうですけど、何でここに? 普通は楽屋では?」


「佐矢香が外の空気を吸いたいって言ったんだ。2人を待っていたというのもあるが」


「そうだったんですか! 待ってくれてありがとうございます!」


「ううん、大丈夫だよ。勇人君も学校お疲れ様」


「は、はい、ありがとうございます……」


 外の空気を吸うのは素晴らしい事だけど、一方で瀬名さんの空気が明らかにおかしい。

 今でも、俺と辻城さんを見比べつつ微妙そうな顔をしているし。


 これはマズい。怒らせるような事をしちゃったかな……。



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 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 第4章開始です。

「面白い」「続きが気になる」と思った方は、ぜひとも☆や♡やレビューよろしくお願いします!

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