第26話 勇人の必死の看病
お粥は全部、瀬名さんの胃袋に入った。
その後に俺は風邪薬と水を持ちだし、瀬名さんへと渡す。
「どうですか具合は?」
「さっきよりはマシになったかな……でもまだ身体がだるい……」
弱々しく返事しつつ、錠剤を飲む瀬名さん。
この薬でよくなれば御の字なのだけど……。
そう思っていた時、瀬名さんが自分のパジャマを見下ろしながら、不快そうに眉間にしわを寄せていた。
「……ごめん勇人君、タオル持ってきてくれない? 汗で気持ち悪いの……」
言われてみれば、汗のせいでパジャマが張り付いている。
かすかにブラの影が見えてしまって……って俺は何を考えているんだ。
「すぐに持ってきます」
奥のタンスに、タオルがしまってあったのを覚えている。
そのタオルを持ってくると、瀬名さんがこちらに背中を向けた。
「ちょっと失礼……」
プチ……プチ……とそんな音がしてくる。
これは間違いない、ボタンの音だ。
これは逃げるべきかと思いきや、瀬名さんはタオルを身体の中に突っ込んでいった。
なるほど、さっきのボタンはタオルを入れやすくする為だったのか。
まぁさすがにそんな展開なんてないよな……仮にも瀬名さんは熱を出しているんだから余計失礼だし。
とりあえず逃げる必要はなくなったので、その様子を見守る事に。
「……ああ……その……」
「ん?」
ただそんな時、瀬名さんが困った顔をしながら振り返ってきた。
挙動不審に目を泳がしていたものの、覚悟を決めたのかこちらを向いて、
「背中届かなくて……勇人君拭いてくれる?」
「…………」
俺も目を泳がしてしまった……。
これ、色んな意味で大丈夫なんだろうか……でも瀬名さんは本気で困っているし、それを突っぱねるのも……。
「……俺でよければ……」
「うん、お願い……」
恐る恐る、瀬名さんがパジャマを脱がしていく。
現れる色白の背中。汚れいっぺんも見当たらない柔肌は、俺を動揺させるのに十分だった。
さらに彼女が器用にブラのホックを外す。
ブラが外された事で、さらにエロさが……。
「し、失礼します……」
女性の肌って、ごしごし拭くと痛むらしいからな……。
傷つけないよう、そっと表面の汗だけを拭う。
「んっ……」
それでも感触のせいか、瀬名さんの背中がピクリと震えてしまう。
俺は少しだけタオルを離した。
「すいません、痛かったですか?」
「だ、大丈夫……我慢はしているつもりだから……」
「……分かりました」
きっと俺以上に彼女は恥ずかしいのだろう。
それでもこうして拭いていられるのも、俺を信頼しているからこそ。
それを応えないで何が男か。
俺は瀬名さんを楽にしたい一心で、背中の汗を拭きとる。
そうして終わった時には、俺はややでかい一息をついていた。
「ふぅ……! 終わりました……」
「ありがとう……おかげで助かったよ……」
瀬名さんの嬉しそうな顔がこちらを見た。
ちょっとエッチっぽくなっちゃったけど、彼女の助けになれたんだからよしとするか。
「いえ、こちらこそ……。それと風邪ひくんで早く着た方が……」
「うん……」
瀬名さんが服を整えている。そんな中、俺は気を紛らわす為に台所に向かった。
いざスポンジを手に取って鍋を洗おうとした時、背後から瀬名さんの声が聞こえてくる。
「勇人君」
「はい?」
「もし……もしもだよ。今さっきの姿を撮影してほしいって言われたらどう思う?」
「……いきなり何言っているんですか。さっきのって、背中を晒したやつですよね?」
「うん、ちょっと聞きたくなっちゃったの」
俺はその様子を妄想……いや想像をした。
背中を露わにした瀬名さんと、そのあられもない姿を撮影する俺……。
「……実際にやったら鼻血ものですね。撮影どころじゃない」
「勇人君は実際にやりたい?」
「……やりたくないという嘘になりますけど……」
「へぇ……」
「へぇって何ですか、へぇって」
「やっぱりなぁって思って。…………勇人君のエッチ」
……おふう。
何故だろうか。カチンと切れる訳でも呆れるように息を吐く訳でもじゃない。
そう言われた時、俺の中で何かがゾクリと沸き立ったのだ。
もしかして俺は……瀬名さんみたくMだったのだろうか。
「と、とにかくまだ寝てて下さい……まだ治っていないんだから」
「はーい」
目をそらす俺の言葉に、瀬名さんが布団を被ろうとしていた。
俺がもう一回見れば、彼女がニコリと微笑んでくる。それで俺はまた目をそらしてしまう。
瀬名さんの行為はともかくとして、微笑んでいられるほど症状がいくらか和らいだのだろう。
俺の看病が無駄じゃなかったと分かって、どこかホッとする思いだった。
◇◇◇
そうして夕方になって、俺はもう一度瀬名さんに体温計を渡した。
「……うん、だいぶよくなってる」
「本当ですか?」
瀬名さんが俺に体温計の数値を見せてくれた。
36度7分。確かに最初の頃よりぐっと下がっている。
それに瀬名さんの顔色も良くなっている気がした。
「よかったです。でもまだ安心は出来ませんので、明日までに安静して下さいね」
「分かった。……本当にありがとうね勇人君。休みをとってまで看病してくれて」
「俺は瀬名さんを放っておけなかっただけです。同じ釜の飯を食っている間柄として」
正直、これはちょっとした照れ隠しでもある。
あの瀬名さんを看病したという事実に、俺は言い表せない特別感を抱いていた。
それが顔に出ないよう努めていたはずだけど……。
「……本当は照れている癖に」
「……っ」
「ほらっ、図星になった。勇人君は顔に出やすいね」
言ったそばからバレるとは……。
瀬名さんが、してやったりと言わんばかりの小悪魔な笑みを浮かべている。
全くこの人は……。
「今日の夕飯は俺が作ります。何かリクエストはありますか?」
「ないよ。勇人君の作ったご飯なら、何でも大丈夫だから」
「じゃあ、冷蔵庫の有り合わせで何とか。待ってて下さい」
俺は冷蔵庫がある台所に向かおうとした。
するとテーブルに置いてあったスマホから着信音が鳴り出す。
手に取ってみれば、相手は辻城さんのようだ。
「ちょっと失礼します」
「分かった」
俺は台所から奥の洗面所にルート変更。
電話に出てみると、辻城さんの慌ただしい声が発せられた。
『友田さん! 同居した人が風邪をひいたって聞いて! それって佐矢香さんの事ですよね!?』
「まぁうん、そういう事だ」
やはり辻城さんは気付いていたか。
俺と瀬名さんが同居しているのを知っているから、そこで瀬名さんの容態に察したと。
『だ、大丈夫なんですか!? もしかして
「落ち着いて。別に危篤じゃないし、瀬名さんの容態も回復している。明日頃には元通りになっているはずだよ」
『そうですか……よかったぁ……。あたし、瀬名さんに何かあったらって思うと気が気じゃなくて……』
安堵の息を漏らす辻城さん。
彼女にとって瀬名さんは大事な人なんだから、心配するのは当たり前だ。
瀬名さんは本当に良い後輩を持ったよ。
「もし仕事で会ったら、瀬名さんを
『そりゃあ、もちろんです! あの友田さん!』
「ん?」
『ほんとに、ほんとにありがとうございます! 佐矢香さんを看病してくれて、あたしも嬉しいです!』
「そ、そう……? まぁどうも……」
参ったな、辻城さんにもお礼を言われるなんて。
俺もちょっと嬉しいかな。
「とりあえずそろそろいいかな? 瀬名さんの面倒見たいから」
『おっとすいません! では次の日にまた会いましょうよ!』
「ああ、じゃあね」
『はい! 本当にありがとうございました、友田さん!』
この言葉を最後に通話が終わった。
辻城さん、律儀というか何と言うか……。
「お待たせしました。すいません、ちょっとした世間話してて」
「おかえり。それじゃあ相手が誰なのか聞かなくてもいいかな」
「まぁ」
辻城さんは同居の秘密を知っているけど、逆に瀬名さんはその事情を知らない。
なので混乱を避ける為、あえて電話の相手が辻城さんだと明かさない事にした。
さすがに隠していても仕方ないので、追々語る事にはなるとは思うけど。
「……ああそれと、仕事場で辻城さんに出会ったら風邪の事を言って下さいね。隠しても雰囲気とかでバレると思いますし」
「小春ちゃん? まぁそのつもりだけど……急に何で?」
「辻城さん、瀬名さんが風邪をひいたなんて知ったら慌てふためくでしょうから。だからそんな事になったら、彼女を安心させて下さい」
「……確かにそうよね。うん、そうする」
遠まわしな言い方になってしまったものの、一応助け船は出せた事だろう。
辻城さんは良い子だから、これくらいはさせてほしい。
「さて、今度は俺が風邪にならないよう気を付けなければ」
「勇人君はその辺は大丈夫なの?」
「免疫は丈夫な方で。でも万が一の事がありますからね」
「そうか。もしあなたに風邪が移ったら、ちゃんと看病してあげるね」
彼女のウィンクが俺を襲う。
病み上がり特有の色気さもあって、これは心臓に悪い。
「……ありがとうございます……」
こんな感じで色々あったものの、翌日になると瀬名さんの容態は完全に回復した。
俺はというと、昔から身体が頑丈な為か移されたとかそういうのはなかった。
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