第25話 買い物から終わった後……?

 俺達はこのゲーセンで色んなものを遊んできた。

 カーレース、ロボットバトルゲーム、UFOキャッチャー……ちなみにUFOキャッチャーは何も取れなかったけど、そこはご愛嬌だ。


 そうして長い事ゲーセンをやっていたせいで、当初の買い物を忘れかけてしまっていた。

 俺が思い出した事で、瀬名さんも慌てて買い物に行こうってなって、それから食材やら洗剤ならを入手する事に成功。


 そのまま俺達はアパートに帰宅。

 テーブルに大量の荷物を置いた後、俺はドカッと座り込んだ。


「ふぅ、疲れたぁ……」


「だから私が半分持つって言ったのに……大丈夫?」


「見た目ほど重くないですから。むしろ疲れたのは服とかゲーセンの方です」


「色々あったものね。あんなにもはしゃいだのいつ振りだろ」


 俺も同じ気持ちだ。


 よく亮とゲーセンで遊んだりしたけど、ここまで楽しんだのは久し振りなのかもしれない。


 それに今回、瀬名さんの変装がバレずに済んでよかったと思う。

 ユニコンのポスターを見る限り、あそこでバレていたらキャァキャァ集まるのは不可避。買い物どころじゃなかっただろう。


「新しい服も買えたし、勇人君が付き合ってくれたおかげだよ。ありがとうね」


「俺はただ感想を言っただけですけどね」


 とは言うものの、彼女が思うのならありがたく受け取るとしよう。

 その瀬名さんが買い物袋を漁りながら、中の食材を取り出している。


「今日はトマトスパゲッティ作るよ。勇人君も手伝って……クシュン」


「大丈夫ですか、瀬名さん?」


「うん、ちょっと鼻がムズムズして……そんな大した事じゃないと思うよ」


 そうは言うものの、俺は彼女の鼻が少し赤い事に気付いた。


 もしかして風邪をひいた?

 

 心配にはなったけど、しかし鼻炎の可能性もなくはない。

 下手に騒ぐよりも様子を見た方がいいだろう。


「念の為、食べた後に薬を飲んで下さいね」


「うん、そうしておく」


 その後、俺達は出来上がったトマトスパゲッティを完食。

 瀬名さんから先に風呂に入るよう言われ、俺はその通りにする事にした。

 



 今思えば、これはミスだったのかもしれない。

 この時、俺はある確認をしていなかったのだから……。



 ◇◇◇


 

 いつも通り、朝を迎えて目を覚ました俺。

 身体を起こして背伸びしてから、ベッドに寝ているだろう瀬名さんに振り向いた。


「瀬名さん、起きてま……」


 ――だけど、そこで言葉が詰まってしまった。

 

 佐矢香さんが顔真っ赤にして、微かにうんうん唸っている。

 今回ルームウェアじゃなく薄赤のパジャマを着ているけど、その表面にはうっすらと汗がにじんでいた。


 これはもしや……。


「瀬名さん、大丈夫ですか? 瀬名さん?」


「……ゆ、勇人君……ごめんちょっと無理かも……」


 目を開けた瀬名さんから発せられたのは、か細い返事だった。


 俺は「失礼します」と伝えてから、彼女の額を触れる。

 ……かなり熱い。間違いなく風邪だ。


「えっと、水と冷えピタ持ってきます! あと体温計ってどこに!?」


「食器棚の近くに救急箱があって……そこに……」


「分かりました! ちょっと待ってて下さい!」


 まさか瀬名さんが熱を出すなんて。


 俺は焦りながらも水のコップや冷えピタ、そして体温計を用意する。

 すぐに冷えピタを瀬名さんの額に貼ってから、水を入れたコップと体温計を渡した。


「……38度……マズいねこれは……」


 水を飲み干した後、体温計を取り出す瀬名さん。

 微熱どころじゃないと知り、俺の不安が増していく。


「昨日、薬飲んでなかったんですか? 確か俺そう言ったはずですけど」


「……忘れてた……」


「えっ?」


「勇人君が風呂入っている間に飲もうとしたんだけど……その時に洗いものしなきゃと思って……そのまま……」


 ああ……そういう事か。

 

 俺も風呂から出た後、その確認をとっていなかった。

 どちらかが悪いという訳じゃない。強いて言えばコミュニケーションエラーがそうさせてしまったのだ。


「とにかく、今日は大学休んだ方がいいです。モデルの仕事はなかったですよね?」


「なかったね……。私の事は気にしないで、勇人君は学校に行ってて……寝れば治ると思うから……」


 なんて言う瀬名さんの姿は、普段の時とは程遠いものだった。

 

 それどころか俺に心配させまいと振舞っている。

 相変わらずの優しさに心を打たれつつも、俺には答えが決まっていた。


「……いや、俺も休みます。1日看病します」


 弱りきっている瀬名さんを置いて学校に行くなんて、俺には出来なかったのだ。

 そう口にしていた俺の言葉に、瀬名さんが驚きを隠せない。


「いやいやそれは……勇人君の単位に響くかもしれないし……」


「1日くらいどうって事はないですよ。学校にも何とか連絡しますんで」


「でも……」


「これは俺のわがままとして受け取って下さい。このまま学校に行くなんて、心配でおかしくなりそうなんです」


 なんか自分を客観的に見ると、変わった事をしているなぁと思ってしまう。

 ここまで他人に対して看病したいなんて言ったのは、恐らく初めてだろう。


 相手が有名な瀬名さんだから? それとも同居させてもらった恩があるから?


 俺の何が突き動かしているのか、俺自身でもよく分からなかった。


「……分かった。遅れた分の勉強を手伝うって事でいい?」


「ありがとうございます。あっ、大学には瀬名さんから連絡して下さいね。俺がしちゃったらアレなので」


「……うん……」


 何せ俺は瀬名さんのアパートにいない事になっている。

 心苦しいところだけど、瀬名さんもその辺は分かっているようで安心だ。


 という訳で、俺と瀬名さんはそれぞれの学校に連絡した。

 俺の方は「遠縁の奥さんが病気になってしまい、夫も仕事に行っているので看病してあげたい」と嘘の報告をしたところ、先生から了承の返事をいただく事が出来た。


 それからすぐに消化のいいお粥を用意。

 精気もつくよう玉子も入れて、仕上げに万能ねぎをまぶす。 


 我ながら上手く完成できたそれを、布団に寝ている瀬名さんのところへと持っていった。


「瀬名さん、温かいうちにどうぞ」


「あっ、お粥……ありがとう……」


 瀬名さんがゆっくりと身体を起こす。かなり辛そうだ。

 普通なら恥ずかしいところなんだけど、この場合そうは言ってられない。


「もしよかったら、俺が口に入れましょうか?」


「そう? ……じゃあ口移ししてくれる?」


「……よし、じゃあ行きますよ」


「えっ? あっ、あの……」


「知ってますよ、冗談だって。瀬名さんにそんな勇気ないですし」


 何せ彼女、俺に着替えの手伝いをしてほしいと言った矢先に顔を赤くしたのだ。

 そんな彼女が口移しを出来るとは思えない。


「むぅ、勇人君のいけずぅ……。そこまで言うなら、本気でやらせてもらっちゃうよ……?」


「今の状態で何言ってんですか。ほらっ、口開けて下さい」


「はーい……」


 俺がスプーンでお粥を掬ってから、瀬名さんの開いた口に入れる。

 それをゆっくりと咀嚼そしゃくする瀬名さん。


「ん……美味しい……」


「よかったです。まだいっぱいありますので」


「ありがとう……勇人君……」


 熱の影響で気だるげで、それでいてどこか色気づいている。

 もしこの状態で口移しをしようものなら、俺のボルテージがおかしくなってしまうだろう。


 それに瀬名さんの唇がプルンとしていて……見ていて恥ずかしくなってしまう。


「勇人君……顔赤いよ? もしかして……」


「いや、風邪のせいじゃありませんよ。次行きますよ」


「う、うん……」


 悶々とした気持ちを振り切るように、俺は瀬名さんにお粥を与えていった。

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