第6話

「もっと勝ちたかったなあ」

 予想通り、夢の中にエウルリアが出てきた。

「最後、残念だったね」

「本気出せば千日手なんてあっという間よ」

「勝つのは?」

「無理。実力差もスペック差もありすぎ」

「そっか」

「でも、手ごたえはあったな。次があれば、勝ち越せる」

「光明が対ソフトのことを考えてくれればね」

「まあ、そうは言ってもね。あいつにとっては、対人間のことを考えるのが楽しんだろうな」

「直接人間と関わればいいのに」

「かかわってるじゃん」

「……そうかなあ」

 空見は夢の中で、目をぱちくりとさせた。



「私ね、女流棋士を目指さないの」

「え? あ、うん」

「まあ、光明はわかってたと思うけど……」

 いつものように公園のベンチで、空見はエウルリアと対戦していた。もう勝てることはめったになかったが、「そうしてあげなければいけない」気分になっていた。

「あー、でも梅野さんのことは尊敬してるみたいだったね。興味ないわけではないんだと思った」

「まあ……ちょっと今、影響受けてるかも」

「そうなの?」

「私も、開発できるようになろうかな」

「えっ」

 光明は空見の横顔を見つめた。

「私はエウルリアに勝てないけど、私が作ったものなら勝てるかもしれないでしょ」

「それはそうだけど」

「まあ、何にも知らない段階だから。たわごと」

「……教えよっか?」

 空見は光明の方を向いた。

「豊部君が?」

「そう。ソフトの作り方」

「私、ソフトっぽいソフト作るよ」

「それは自由だから」

 どこからか、声が聞こえてくる。「早く俺のライバルを作って!」空見は心の中で答えた。「待っててね」



「少年少女、また会ったな」

 梅野女流が、手を振りながら大きな声を出した。

 あれから半年。二人は別の大会を訪れていた。賞金の出るトーナメント大会である。

「お久しぶりです」

「あれ、エウルリアいたっけ?」

「今日は私のソフトが参加です」

「ええーっ」

「まあ、ほとんど僕が作ったんですけど」

「あーもう言わないそれ」

「ふふ、頑張れ少年少女」

 梅野女流は手を振りながら持ち場へと去っていった。

「さあ……目指せ一勝」

「どうかなあ」

 光明が言ったように、新しい将棋ソフトは彼がほとんどを担当していた。しかしコンセプトを作ったのは空見である。エウルリアのような、対人間の作戦は組み込まれていない。光明は不満そうだったが、名目上サポート役でしかないので、「開発者」の指示に従うしかなかった。

 いや、彼は満足でもあったのだ。空見にプログラムのことなどを教えながら、感じていた。誰かに何かを教えるのは楽しい、と。ただ、その思いを口にする勇気はなかった。

「俺のライバルの初戦か。じっくりと見届けてやろう」

 パソコンのモニターの上に、エウルリアが立っていた。空見にはその姿が見えていたが、輪郭がぼやけてもいた。いつかこの役目は終わってしまうのだろう、と彼女は感じていた。それは多分、エウルリアが人間の理解者を必要としなくなったときに。

 将棋は楽しい。負けても楽しい。それを感じさせてくれたのは、エウルリアだった。光明があの時声をかけてくれなかったら、経験できなかった。その意味では彼にも感謝している。

 一回戦が始まった。そして開始してから二分、あっという間に千日手になった。

「どうよ」

「なんで自慢げなの」

「全然時間減ってないでしょ」

「相手もだよ」

「勝負は互角ね」

 先後を入れ替えて指し直し。空見はモニターにくぎ付けになっていた。



 それから空見は、エウルリアの姿を見ることも、声を聞くこともなくなった。

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僕のエウルリア 清水らくは @shimizurakuha

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