第5話
一日目の予選、ここで勝ち越せば二日目の決勝へと進める。参加ソフトの実力はピンからキリで、プロ棋士よりも強いものもあれば、ようやくルール通りに動くようになったプログラムもあった。
エウルリアはアマとしてはそこそこだが、プロには及ばないという実力だった。しかも時折わざと悪手を指したりするので、強豪ソフト相手にはなかなか勝てなかった。
「みんなサクサク指すなあ」
「そりゃ考慮時間調節機能とかふつう考えないでしょ……」
「そうかなあ」
強いソフトは、ものすごい速さでバンバンと指していく。エウルリアも読みの速さは引けを取らないのだが、人間相手を想定しているためわざと考えているふりをしたり、指しかけてやめたりといったことをするため、時間ロスが生じるのだった。そのため1局は時間切れで負けてしまった。
「今からノータイム指しにできないの?」
「そんな、エウルリアの存在を否定するようなことできないよ」
空見はため息をついた。光明はかたくなだった。
そして4勝4敗で迎えた最終局。ここで勝たないと明日の決勝戦には進めない。しかし相手は無慈悲にも原泉チームの「原泉β」に決まった。
「うわあ、やったあ」
「一応うれしいんだ」
「ま、まあ。原泉さんは尊敬してますから」
相手はここまで全勝だった。力の差は歴然としている。
だが、対局が始まると意外なことが起こった。序盤で千日手模様になったのである。たまたまそういう変化に飛び込んでしまったようだった。
「これ、どうなるの?」
「指しなおしですかねえ。ただ……」
「どうしたの?」
「エウレリアは、いいと思ってるんですよ」
「ええ?!」
強いということは、形勢判断も優れているということである。原泉βは互角だと思って千日手をしているが、エウルリアは違った。
「とりあえず千日手で様子を見ることがあるんです。相手が局面をどう思っているかを知るために」
「無駄な機能……」
「でもこれで、互角だと思っているのが伝わったはず。時間は使っているけど……」
本来ソフトは指し手が決まっていればほぼノータイムで指すことができる。しかしエウルリアは人間相手の心理戦を想定しているので、千日手模様でも緩急のついた時間の使い方をしていた。
なんとかエウルリアは互角であることを認知して、千日手を受け入れた。その時には、持ち時間に大きな差がついていた。
千日手成立の瞬間、会場では歓声が起こった。強豪の原泉β相手にとりあえず「引き分け」になったからである。
「少年、やるな!」
梅野がやってきて光明の肩をたたいた。しかし彼は苦笑した。
「すみません、多分……指し直しで時間切れになります」
「むむ、そうなの?」
「時間切れの将棋を想定して作ってないので……」
「あらら」
光明の言葉通り、指し直し局では終盤に入ったところでエウルリアの時間が無くなって、負けが決定した。そしてエウルリアの予選敗退も決まった。
「よくやったよ、豊部君」
「ありがとうございます」
光明は複雑な表情をしていた。そして、「もっと戦いたいなあ」という声が、空見にだけははっきりと聞こえた。
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