──好きでした」

静沢清司

第1話

              ──好きでした」


 公園であの人を、僕は待っていた。

 いつもの場所、というのは心が安らぐものなのだと思う。けれど、今に限って──いやこの場所に限っては特例だ。

 なにせここは、〝あの人〟がいつも来る場所なんだから。

「おはよう、田中君」

 春の野桜はゆらりと風に揺られ、ほんのりと甘い香りを漂わせ、散りゆく花びらはその香りに乗せられてどこかへ遠くへ。

「おはよう、田中君」

 桜の香りは鼻腔のなかへ。そして全身へ。ふわりと身体が軽くなったような心地。ふと空を見る。白い陽光が視界の右上に。その部分を手で覆い、瞼を半分だけ下げる。自然と眉間にしわが寄る形になった。

「おはよう、田中君」

「え?」

「やっと気づいてくれた。何度も呼びかけたんだけどね」

 肩をとんとんと手で軽く叩かれ、そちらを見ると、そこには〝あの人〟がいる。あまり化粧をしない人だけれど、それでも綺麗な形をしている。それなりに着飾れば、美人といえる。

「す、すいません。ぼーっとしてました」

「いいのいいの。──しっかし、田中君がぼーっとするなんて珍しいね。どうしたの?」

 と首をかしげる。

「いえ、美月さん、来ないかなあって思ってて」

「え、わたし?」

「いつもより遅いなって思って」

「ああ。まあ、そうね。たしかに遅いかもね」

「用事とかですか?」

「そんな感じかな」

 と微笑む美月さん。

 僕はそこで違和感を覚えたけれど、よほど気にすることでもないので、とくにそのことについて考えはしなかった。

 ──僕は、美月さんが好きだ。

 この気持ちはまだ言葉にできていない。それは単に覚悟ができていないっていうのもあるけれど、覚悟以前の問題があったのだ。

「旦那さんはお元気ですか?」

「りょうちゃんは相変わらず元気だよ。毎日ランニングしてるからね」

「すごいですね」

「うんうん。すごいでしょ」

 胸が締めつけられる。

 嫉妬しちゃだめだ。だって、美月さんの選んだ人だ。だから僕なんかが嫉妬しちゃだめだ。同じ土俵に立とうとしちゃだめだ。

 ……美月さんは、既婚者だ。

 旦那の藤岡亮介さんという人と結婚していて、彼女は旦那さんを本気で愛している。だからこそ、その二人の間に僕が立ち入る隙などあるわけがない。あってもそこに立ち入る資格など僕にはないのだ。

 だから、やめておけ。

 そうやって、いつも言い聞かせている。けれど〝言い聞かせている〟時点でそれ止まり。完璧に諦めることなんてできなかった。簡単に諦めてはくれなかった。

「美月さんは旦那さんといっしょにランニングしないんですか?」

「うーん、前はしてたんだけどね。でもあの人、夢中になったら止められないから。あとわたし、そんな体力ないし」

「ぼやいてましたね、前」

「あ、そんなこと言ってた? うーん、歳かねえ」

「はは、大丈夫。まだまだ先はありますって」

「──うん、そうかもね」

 また違和感。

 美月さんは苦笑しながら、空を仰ぎ見る。手を額の前に出し、白い光から眼を守るようにした。

「そういえば田中君。学校は?」

「いえ、まだ春休みです」

 既視感。

 でも気にしない。

「あれ、そうだっけ」

 はい、と言う。

 何事もないように。

「課題はもう終わった?」

「いえ、まだ」

「そう」

 のんびりとした声。僕は美月さんのその呑気な空気感が好きなのだ。強張り、尖りに尖った感情を鎮めてくれる。僕もそんな空気に乗せられ、思わず美月さんと同じように、空を見上げた。



 卒業式の日、僕は美月さんに出会った。

 僕の家から歩いて十分ほどの中学校。そこでの生活が、その日──三月七日を迎え、終わった。卒業証書を受け取るときも、友人と肩を組み合って写真を撮るときも、ちょっと恥ずかしげに親と並んで撮ったときも、どれも最高の思い出。

 かけがえのない、中学最後で最高のものだったと僕は思う。

 けれど、最高のものばかりではなかった。


「ごめん。別の高校とかちょっと無理かも」


 恋人から別れを告げられた。

 前々から怪しかったものの、僕はまだ大丈夫と甘く見ていた。そう、甘かった。おろそかになっていた。なにをしていたんだ、もっと早くに対処していれば。そんなことを延々と考えていた。

 僕は公園に出かけた。

 卒業証書を部屋に投げ捨て、制服のままのらりくらりと公園への道を歩いていった。力のない人形みたいだ、と我が事ながら嘲笑った。

 春に舞う桜の花びらも。

 春に漂う花の香りも。

 春に吹く暖かい風も。

 何もかもが鬱陶しく思えた。そのくらい、僕は彼女が大事だった。でも裏返せば、そのくらい重かったんだと言える。

 そういえばいつかの日、重いって言われたことがあった。

「……自業自得、か」

 虚しく頭のなかで響く言葉。

 けれど、どうやらその言葉は自然と口に出ていたらしい。

「どうしたの、君」

 そう声をかけられた。顔を上げる。そこには一人の女性が立っていた。こちらの顔を見て、春ののどかさと同調したように朗らかな笑みを浮かべている。

「いえ、なんでもないです」

「なんでもないことはないでしょ? 自業自得って言ってたし」

「……耳、良いんですね」

「うん。他の人より耳は良いほうなんだよ、わたし」

 大人なのに、まるで同年代の少女と話しているようで調子が狂う。敬語を使うのが馬鹿らしいみたいだった。

「……ふむ」

 その人は、片目を閉じて、僕の顔をじっくりと見ている。眉間にしわができるほどであったので、もしや「耳、良いんですね」という発言は癪だったのではないか、と不安になった。

 だが、


「わかった。恋の悩みだね?」


 と、平然と僕の悩みの種を言い当てたのだから、それは杞憂だった。

 いま、指を鳴らそうとしていたけれど、結局鳴ってなかったのは黙っておくことにしていた。

「なんで」わかったんですか、と訊ねる前にその人は答えた。

「そりゃ、青少年の悩みなんて八割がた恋の悩みだしねえ」

「……偏見ですよ」

「これが案外、そうでもないんだけどね」

 ははは、と朗らかな笑みを浮かべる。

 その後、その人が美月という名前であったことがわかり、僕は美月さんと呼ぶことにした。

 ──そう、これが美月さんとの出会いであった。

 公園で悩んでいて、そんなときに声をかけてもらっただけ。娯楽しょうせつにあるような出会いより、凡庸でつまらないけれど、刺激的なことを避ける僕にとっては充分であった。

 でもたしかに得られたものはある。

 恋愛に歳なんて関係ない、と言われているが、僕は美月さんに惚れるまでそんなことまるで信じちゃいなかった。



 美月さんが「そろそろ帰るね」と言って去ったので、ここにいる用もなし、じゃあ僕も帰ろう、と帰路についた。

 公園から自宅までの距離はそう遠くない──と今では思っている。慣れてきたからであろう。ここ、B市の北端あたりに僕の家があるとすれば、あの公園は南端にある。その距離ざっと十キロ。一時間半以上は必ずかかる。

 ──つくづく気持ち悪い。

 自分という人間があまりに気持ち悪い。あの公園に、あの人に固執する必要はない。それは頭では理解できている。けれど、諦めきれない。もしかしたらこの気持ちを伝えることができれば、すっきりするのかもしれない。

 でも、もしすっきりできなかったら?

 なにより、美月さんにとって僕はただの〝歓談〟のための友人のようなもの。それにあの人は既婚者だ。もう旦那さんがいるんだ。

 なら、僕のこの気持ちは〝迷惑〟でしかない。

「……だよな」

 そう。迷惑なんだ。

 口をパクパクさせながら、言葉を探そうとする美月さんの様子が容易に浮かぶ。困らせたくない。この関係を壊したくない。

「……さっさと帰ろう」

 僕は地面を蹴って、駆け出した。



 家の前には、友人がいた。

 その友人は祐介という。どうやら帰ろうとしているらしい。家に訪ねにきたものの、留守だったためだろう。

「あ、いた」と祐介が僕を見るなり、唇を丸くした。そして手招きをして、僕は駆け脚で彼のもとまで行った。

「遊べる?」

 僕は遊べるよ、とただ答えて、ひとまず家に帰って準備をしてくる。準備が整い、家を出た。

 祐介に、「どこに行く?」と訊くと彼は「そりゃもちろん、ファミレス」と言った。僕はそこで察して、「お前、懲りないなぁ」とため息をつく。まあまあ、と笑う祐介。とはいえ、遊べると承諾してしまったので、今さら用事があると言って抜け出すこともできないだろう。

 ──自宅から二キロ先にファミレスが建っている。

 自転車でおよそ十分ほど。ファミレスに到着し、中に入る。内装はどのチェーン店と変わらないので、とくに特筆して変わったものはない。

 しかし高校が近いせいか、学生らしき姿がちらほら。そういう僕も学生だけれど。

 今は春休み。そこで学生が何をするのかは、遊びか勉強か、である。この場合、宿題を「勉強」に含めたら、の話になるが。

 祐介もそのたぐいである。つまり彼はこう言ったのだ。

 課題を手伝って、と。

 遊べる、と尋ねておきながら、とは思うが、そこはもう気にしない。

 僕らは店の奥、窓側の席に座った。祐介は座った途端にジャケットを脱いで、背負っていたバックを隣に置き、そのバックからテキストを取り出した。

「……前とそんな量変わってなくね?」

「そりゃそう。だって俺、あれ以来まったくやってないし」

「やれよ」と笑った。

 僕は国語を担当し、彼は数学から進めた。

 国語、数学、英語、の中では数学だけが量がおかしい。僕も手こずった。

 だから彼は「まず面倒なのから片づけるわ」と言って、課題を配られたときから数学をやっていた。──というより、数学だけをやっていたらしい。

 前回まで国語と英語は手つかずだった。

 ちなみに春休み終了まで残り三日ほどしかない。

 それから雑談なども交えながら、課題に集中した。

 うーん、国語も侮れない。まるで延々と穴から湧いてくるアリみたいに、片づけている気になれない。

 ──それから一時間後。

 国語のほうは終わった。祐介のほうは、あと少しらしい。

 というわけで休憩である。

「……ふう、午後の紅茶はおいしいね」

「午前だからそれ飲んじゃだめだぞ」と僕が軽く冗談をはさむ。

「実はこれ、炭酸水入れてる」

「なに入れてんだよ、バカか」

 ドリンクバーありの店では、ありがちのことである。前回なんて、片方がドリンクをつぐときに色々混ぜまくって、もう片方はその種類をすべて当てるというゲームまでやった。改めて思えば、馬鹿らしいなと思うけれど、こういうのが楽しいのだ。

「なあ」祐介が頬杖をつきながら、声をかけてきた。「まだ、美月さんとやらが好きなのか?」

 それは、唐突だな。

 僕は頷いた。

「そっか。意外だなあ。いや、否定するつもりはないけどさ。ああいう人を好きになること、あるんだな」

「まあ、あるんじゃない」

「──諦めないの?」

 それは、僕だって考えていることだ。

 諦める。簡単なことだ。そう思っていた。諦めるなんてのは、決して簡単なんかじゃない。今回で改めて思い知らされた。でも、諦めるべきなんだと思う。それは祐介も同じである。

「……いや、いい。ごめん」

「え?」

「こんなこと、普通言わねえよな。ごめん」

「謝る必要はないよ」

「いや、あるね。だってあんときお前、勇気出して俺に相談してくれたじゃん。普通さ、こんなこと相談できることじゃないよ。少なくとも、俺はできない」

「祐介……」

「普通じゃない、なんてことはない。ただ、俺たちの周りにそういう奴がいないだけ」

 そう言ってくれるのはありがたかった。

 彼は彼なりに言葉を選んで、声に出してくれた。それだけで嬉しかった。相談したとき、こいつは決して否定だけはしなかった。

 でも、

「いや、いいんだ。もう俺、諦めるよ」

 諦めるべきだ。

「……本当に、諦められんのかよ」

「それは、」

 できる、とは言えなかった。

 それだけの自信も、虚勢も、持っていなかった。

「わからない。けど、諦めたい。なによりさ、俺、美月さんに迷惑かけたくないんだ」

「──そっか」

 それ以上、祐介は言わなかった。

 たぶん気を遣ってくれたのだと思う。

「さて。じゃ、続きやりますかー」

「やりますかー」

 祐介の調子に合わせて、僕は英語のテキストを手に取る。ページを開いて、ペンを取って、作業に取り掛かろうとする。

「あ、もうやらなくていいよ」と祐介が言った。「これ以上は悪いし。ほら、なんか注文しなよ。おごるぞ?」

「えっ、あの祐介が?」

「俺をなんだと思ってんだよ」

 こんな会話をしている間も、カルピスソーダを飲んでいる間も、僕はずっと諦める方法を考えていた。



 翌朝。

 僕はいつもの公園で美月さんを待った。午前九時。だいたいこの時間帯に美月さんは来る。──けれど、二時間待っても美月さんは来なかった。

 でも、代わりにある男性が僕の隣に腰を落ち着かせた。

「よっこらせ。──はは、歳ってのは嫌だなあ。ただ座るだけだってのに、腰がそわそわして落ち着きやしない」

 男性は優しそうな笑みを浮かべる。

「えっと、おはようございます」とあいさつをする。

「ああ、おはよう。──君が、田中君かな?」

 え、と声をもらした。なぜ僕の名前を、と思ったけれど、すぐに察した。

 ああ、そうか。

 この人は、あの人の、

「美月が世話になってる。春休み中はほぼ毎日、美月の話に付き合ってくれたんだって?」

「い、いえ。僕が付き合わせてるんです」

「はは、礼儀正しい良い子だな。美月の話通りだ」

 え、とまた声をこぼす。

「帰ってくるたびに、君の話をしてくれるんだよ。田中君は良い子でねえ、って切り出してな」

 僕はそれを聞いて、胸を締めつけられると同時にお腹の奥から暖かいものがこみ上げてきた。

「そう照れるなよ」

「あ、すいません」

「……えっと。まあ、なんだ」

 首をかしげる。

「率直に言う。──美月は、もう長くない」

 ……あれ。

 世界が白くなったような錯覚に陥る。次の瞬間には黒くなり、一刻経てばまた真っ白に埋め尽くされる。その繰り返し。眩暈だ。

「余命宣告自体は、前からあった。そのときはあと三か月と言われたな」

「な、なんで!?」

 僕は思わず立ち上がる。

「末期がん、だそうだ……」

「……そんな」

「だが、三か月って言われたのは二月ごろでな。……はは、三か月にも満たないまま、美月は倒れて、もう──」

 あとがない、と言おうとしたのだろう。

 けれど、旦那さんは言葉を切った。旦那さんは膝元の拳を握りしめ、顔を伏せ、肩を震わせていた。そこで僕は、涙を流していることに気が付いた。

 ──そうだ。

 一番つらいのは、旦那さんなんだ。

「どうすれば、よかったんだろうな……もっと、美月のためになれたら……そう思った。けど、普通に接する。それしか、俺にはできなかった……」

「たぶん、僕だって、同じことをします」

「そうだと、いいんだがな。──まあ、ここから本題だ。田中君」

 旦那さんは顔を上げて、僕の目を見つめる。

 潤んだ瞳は、それでも意思はあるぞと言わんばかりに揺るがない。

「いま、美月は入院している。だから、挨拶をしていかねえか?」

「そんな、」

「会いたくない、なんてことはないだろ?」

 旦那さんの言うとおりだ。

 会いたくない、なんてこれっぽっちも思っていない。むしろ会いたい。会いたくて、仕方がない。

 突然やってくるお別れ。でも、まだ猶予はある。まだ美月さんと話せる時間はある。あと必要なのは、その機会だけだ。

 でも、僕は……、

「遠慮しなくていいんだ」

「遠慮、しますよ。だって僕は、僕は……」

「わかっている」

 その言葉が、一瞬理解できなかった。

「君が、美月のことを好いてくれているのは」

「え」

「美月の話を聞いてわかったんだ。案外、俺と田中君は似てるかもしれんね。美月と付き合う前の俺と、君は、すごく似てた」

 だから、と旦那さんは続ける。

「最後に、言うべきことの一つや二つ、あるんじゃねえかな」

 ──いいのだろうか。

 美月さんに伝えてしまっても。

 この気持ちを、美月さんに告白してしまっても。

「あいつは、迷惑なんて思わない。そんなあいつだから、田中君は惚れたんだろ?」



 僕は旦那さんの車に乗り、急いで病院へ向かった。

 病院へ着くなり、できるだけ早く病院内へ向かった。中へ入ると、せっせと面会の受付を済ませ、病室へ。

 美月さんの病室は二階の奥らしい。

 旦那さんは普段からランニングをしているため、意外に走れる人であった。さすがに病院内を走ることはしなかったが。

 病室の前。

 旦那さんが頷いて「先に入って」と僕に促す。深呼吸をし、高鳴る鼓動を抑えつけ、意を決して扉の取っ手を握る。

 そのまま横に引いて、扉を開けた。

 部屋の向こうには窓。

 窓の向こうには青空。

 その青空を見つめているのが一人。

 その一人とは、美月さんである。

 美月さんは扉の音が聞こえなかったのか、こちらを向くことなく、ただ静止している。そのせいで、そのまま息を引き取ってしまったのではないか、と不安が爆発しかけた。

 僕は再び深呼吸をする。

 同時に、旦那さんの手が僕の肩に置かれる。

 大丈夫だ、という声が聞こえる。

 ありがとうございます、とだけ告げて、僕は歩き出した。

「美月さん」

 返事はない。

「美月、さん?」

 返事はない。

「美月さん……!」

「……おや。田中君じゃないの」

「耳、良いほうだったんじゃないですか」

 いつもの調子で、僕は軽口を叩く。

 それに合わせて美月さんは笑って──くれはしない。聞こえなかったようだ。

 ともかく、僕は寝台の横の椅子に腰をかけ、美月さんの顔を凝視する。その顔を脳に刻みこむつもりだった。

「美月さん」

「うん? なんだい?」

「ありがとうございました」

「どうしたのさ」

「今まで懲りずに、僕の話に付き合ってくれてありがとうございます」

「……え?」

「今まで懲りずに、僕の話に付き合ってくれてありがとうございます」

「ああ──ははは、お礼なんていいのに」

 あまりのショックで、だったのだろうか。

 いや、違うだろう。

 美月さんも、そろそろいい歳だから、仕方ない。

「今日は、お話があってきたんですよ」

 それでも、普通に接するべきだ。

「へえ、なになに? 面白い話かい?」

「……面白くはないと思います」

「そんなことはないよ。……それにね。わたしは、今のうちに田中君の話を聞きたいんだ」

「──ありがと、うございます」

「なに泣いてるのさ。ほら、笑って……田中君は、笑ってるほうがかわいいんだから」

 そうだ。

 こういうときは、笑わなきゃ。

 笑って、伝えよう。

「美月さん──」

 この気持ちを、伝えよう。

 美月さんは既婚者だ。

 美月さんは僕よりもずっと年上だ。

 もう、八十代のおばあちゃんだけれど、それでも僕に優しく接してくれた人。

 でも、この気持ちに変わりない。

 年なんて関係ない、という言葉を信じていなかったけれど。

 本当に、そうだったみたいだ。

「美月さん」

「うん」

「僕は」

「うん」

「ずっと前から、美月さんのことが──



 ──Fin












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──好きでした」 静沢清司 @horikiri2

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