第40話 パワーポーション完成

「……なんか妙に疲れました……」


 アルジェントアルの自宅リビングにて。


 テーブルに突っ伏しながらリサがつぶやいた。隣ではシャノンが椅子の背へだらしなくもたれかかりながら天井を仰いでいた。


 客観的には単に里長ブルーノの屋敷で話をしただけなのだが……慣れないエルフの掟につき合わされた彼女たちにとっては気疲れのひとつも溜まるものだろう。


「……まー結果的にはよかったじゃねーか。これでアルも工房うちに住めるようになるってもんだ。……いや、やっぱよくねえ気が……」

「いやいい事だ。いい事なんだ。だから余計な心配は一切しなくていいんだ」

「丸め込もうとしている辺りにエミルさんの本心がにじみ出てますね……」

「なにを言っているのか分からないな」


 などと空惚そらとぼけていると、アルが「待たせたな」と荷物を手に姿を見せた。移住するための荷造りは済んだらしい。もっと時間がかかるものと思っていたが。


「存外早かったな」

「そりゃあワシはものを不必要に持たん主義じゃからな。付与術に使う道具もさして多くない。このくらいで十分じゃ」

「そんなものか」


「うむ。それよりも早く案内せい。早いところ町娘……仕事場を確認しておきたいからな」

「そうだな。戻り次第、さっそく仕事に取りかかってもらいたい」


 町の平穏を守る意味でも。


「おおよそ昼過ぎには戻れるでしょうね。帰ったらまずはご飯にしましょう」

「おう。野菜は抜きで頼むぜ」

「好き嫌いはダメですよー」

「えぇ~……」


 リサとシャノンは言い合いながらリビングを後にする。さて俺も、と彼女らに続こうとすると、


「そうじゃ。おぬしに言い忘れておった事があったな」

 背後からアルが声をかけてきた。


「どうした?」

「また会えて嬉しいぞ」


 振り返ると、口元をつり上げたアルの顔がそこにあった。


「俺もだ」

「なんじゃ。珍しく素直ではないか」

「こんな時くらいはな」


 アルがカラカラと笑った。






 工房へと帰宅して遅めの昼食を取った後、さっそくアルに作業を始めてもらう。


「…………」


 俺たちが用意した魔石を手にアルは集中する。アルの魔力が内部へ浸透しているのか、魔石全体が淡い光を放っている。そこへ時々、先端が針となっているペンのような器具でなにやら表面を引っかく動作をしていた。


 彼女が作業を行っている一方、俺たちはヒールポーション作りを進めていた。


「できたぞ」


 やがて、アルが付与術を施した魔石を持ってきた。俺の手に直接取り、魔力の状態を確認。


 うむ、品質に問題なし。


「助かった。ここからは俺たちの仕事だ。さあふたりとも、もうひとがんばり頼んだぞ」


 言いつつ、俺はお湯の煮立つ大鍋へ紅緋ベニヒ草と甘露草を投入。それから、受け取った魔石を金槌で砕き、乳鉢でさらに細かくすり潰す。


 魔石とはいわば魔力が結晶化したもの、つまり形を持った魔力そのものである。それに付与術を施す事によって、"結晶化した魔力"の性質そのものを変化させている。


 要するに、魔石を破壊し砕いても付与術の効果が解除される事はないのである。


 紅緋草の成分が十分抽出されたころを見計らい、アルの協力で得られた付与ファールを投入し――


「――これでよし」

 ようやく、本来の効能を持ったパワーポーションが完成した。





 "いにしえ印のパワーポーション"を完成させた俺はその足で冒険者ギルドへと直行。職員窓口経由でマイラ宛てに『パワーポーション調達の目処がついた』という旨の手紙を渡す。


 翌日の夕方にはギルドからの使いが来店。支援部長アレックス氏名義のパワーポーションの注文書を手渡された。


 もちろん受諾し、一週間後の期日までパワーポーション作りに精を出す。

 そして当日、マイラが工房へとやってきた。


「こんにちは。……あら? そちらの方、初めて見る顔ね」

「ああ。エルフの付与術士、アルジェントだ」


「よろしくなお嬢ちゃん。……いいふとももしとるな、さすらせ――もごっ」

「こいつこそが強化系ポーション作成の要なのだ。こいつの監督責任は俺がしっかりと果たすと誓う。だから警備隊に突き出すのは待って欲しい。頼む、この通りだ」

「……なぜ初対面の人を紹介するのに頭を下げて懇願するのかしらね……」


 マイラは困惑しているが関係ない。アルがお縄についた結果、ポーションの復権が頓挫……などという事態だけは避けなければならないのだ。許しをい願うのは当然であった。


「……ま、まあいいわ。それより、あなたの作ったパワーポーションはそれかしら?」

「ああ」


「効果を試してみても?」

「もちろんだ」


 財布を取り出しながら言うマイラに、赤い液体が詰まったビンを一本手渡しながら答える。


 受け取った彼女はひと息に飲み干す。それから、カウンターのイスの背を片手で掴んで持ち上げた。


「……この大きさのイスならもっと重さを感じるはずなのに。ぜんぜん感じないわね。なんならもう二、三個重ねても行けそうだわ」

 持ったイスを上げ下げしつつ、感心したように言った。


「なるほど。これなら現場もさぞ助かる事でしょうね。はい、これ代金ね」

 マイラは言いながら革袋をカウンターに置いた。


 ……いにしえ印のパワーポーションがあれば、町外壁の補修工事も大いにはかどる事だろう。それをきっかけにポーション本来の効能がファルマシア中に知れ渡り、やがてポーション主義ポーショニズムの精神が世界中で花と咲き誇り、ゆくゆくは大ポーション時代の幕開け――


「……エミルさーん。現実に戻ってくださーい?」

「……はっ!!」


 リサに頬をペシペシ叩かれ我に返った。


 危ない危ない。うっかり思考が一年後へ飛んでいた。


「……えっと、メーベルトさん?」

「う、うむ。確かに受け取った。ありがとうございました」

「ええ、こちらこそありがとう。それじゃ、私はこれで」


 そう言ってマイラは店を後にした。



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ポーション狂の詩(うた)~魔王討伐後に未来へと飛ばされたポーションマニアの勇者、ポーションがオワコン化していると知ったので復権を目指す~ 平野ハルアキ @hirano937431

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