第39話 里長からの試練

 そんなこんなで里長の屋敷へと到着。

 扉をノックし、出てきた使用人が開口一番、


「なぜ人間たちがここにいる!!」


 からの、


「いらっしゃいませー! ささ、どうぞどうぞ!」


 で、すんなりと応接室へと案内された。もうこの程度では動じない。黙ってテーブルに着く。


「…………」

 さして待つ事なく里長が応接室へと入ってきた。外見的には老人の男、里のエルフの中でも特に長命な御仁である。


「……アルジェントよ。彼らは人間ではないか」

 里長は俺たちへ挨拶もせず、目を合わせようとさえしない。アルに対してのみ、険しい表情を向ける。


「うむ」

「お前も知っておるだろう。掟で『里長は軽々しく人間と会話をしてはならない』と定められておる事を」


「うむ」

「なんの用で来たのかは知らんが、私はその人間たちの相手をするつもりはない。そこを理解しておるのか?」


「うむ」

「そういう事だ。……だから、私はアルジェントだけに声をかける」


 里長は硬い口調でそう告げたあと、


「――みなさん、エルフの里へようこそいらっしゃいました! 私が里長のブルーノです! よろしくね!」


(……エミル。このめんどくせえのにいつまでつき合えばいいんだ……)

(……もうしばらく我慢してくれ……)


 小声のシャノンにそう答えた。


「……よろしくね!」

「「「……よろしくお願いします」」」


 こちらへ目線だけチラチラ送りながら再度言う里長ブルーノに、俺たちはなんの感情も込めずに挨拶を返した。


 正直、少しイラッときた。


「ところで、そちらの男性。見覚えのある顔ですが……」

 ブルーノが尋ねてくる。なお、顔はあくまでアルに対してのみ向けられている。


「お久しぶりです里長。勇者エミルです」

「エミル。……まさか、エミル・メーベルトですかっ!?」

「ええ。ゆえあって魔王討伐後、現代に飛ばされました」


 俺は紋章を見せ、それからざっとこれまでの経緯と里に来た目的を説明した。


「――なるほど。つまり強化系ポーション作りのため、アルジェントをファルマシアの町へ連れて帰りたい……と」


「はい。しかしながら、アルが里の外で暮らすのは掟で禁じられていると聞き及びまして。一方で、あなたに功績を認められれば可能な範囲で望みをひとつ叶えてもらえる、これは他の掟より優先される……とも聞いております」

「ええ」


「つまり、あなたに俺たちの功績を認めていただければアルを連れ帰る許可をいただける、という事でいいのですね?」

「その通りです」


 俺と目を合わそうとせずブルーノは答えた。正確にはチラッチラ視線を寄越しつつ、なおかつ目は合わせないという面倒くさいうえに鬱陶うっとうしい態度であった。


「なあじーちゃん。エミルの『魔王倒した』って功績じゃダメなのか?」

「あ、それはノーカンで。里関連の功績でお願いします」


 ……まあ、しょせんは内輪ノリの掟だからな。細かい道理やら統一性やらは突っ込むだけ無意味だろう。そういうのは軽く流すに限る。


「どのような事をすれば認められるのでしょうか?」

 リサが尋ねる。


「そうですな。なにしろ我々が長きに渡って守り通してきた掟を曲げろ、と言うのですからな。相応の覚悟を示してもらわねばなりません」


 アルは確か『最近できた掟』と言っていたはずだが……ええい、どうでもいい事は流せ俺。


「そのためにも、あなたがたには私からの試練を乗り越えていただきましょう」

「試練?」

「ええ。これまでの事例ですと、そうですな――」


 ブルーノは目線を上にやる。


「――食器洗いや買い忘れたタマネギの調達、さらには倉庫の奥にしまい込んだ荷物を取ってきてもらっております」


「……エミルさん……」

「…………慣れろ。こういう種族なんだ」


 いい加減げんなりしているリサに、俺は努めて感情を出さないように言った。


 というかその話しぶり、さては結構な数のエルフが里の外に出ているな?


「で、里長。ワシらの場合はどんな試練を乗り越えればいいのじゃ?」

 アルが口を開いた。


「うむ。……よく聞くがいい、人間のお客様たちよ――」

 ブルーノは居住まいを正し、急におごそかな態度を取り繕ったうえで告げた。


「草むしり――里の脅威となる魔物討伐を果たしてくるのだ。さすれば、アルの移住を許可しようではないか」


「いま草むしりって言いかけましたよね?」

「言いかけたな」

「さては勇者がいるから、これ幸いと面倒事を押しつけおったな?」


 三人からの容赦ない指摘にも里長は眉ひとつ動かさない。どこか遠くを見る目で完全に無視を決め込んでいる。


「この試練、果たしてお客様がたに乗り越えられるかな。……さあゆけいっ!! お客様がたの武勇の証、見事――」


「失礼。その前にいいでしょうか」

「……なんですかなエミル殿。せっかくいい感じだったというのに……」


 右手を前方に『バッ!!』とかざした姿勢のまま、ブルーノは言った。なお重ねて言うが、この期に及んでも顔はあくまでアルにのみ向けられている。


「魔物討伐とだけ言われても困ります。どの魔物からどのような被害を受けているのか、まずは情報をいただきたい」


「うむ、そうですな。……彼奴きゃつが姿を見せたのは十日ほど前……かの魔物は前触れもなく現れ、我らが里の平穏を脅かし始めた……おおっ!! なんという理不尽であろうかっ!! 人々の心に恐怖が芽生え、やがて不信と猜疑が――」


「語りは手短に頼みます」

「エミルさんもたまに似たような事言い始めますけどね……」


 無視。


「――なんやかやあって、とにかくみんな困っておりますっ!! だからなんとかしてくださいっ!!」

「まとめていただき感謝します。で、魔物の名は?」


「うむ。魔物の名は、その名は……その名は――」


 ブルーノは妙な溜めを作りつつ、反応をうかがうようにこちらへチラッチラ視線を送ってきた。


 だいぶイラッとした。


 俺の内心に気づいているのかいないのか、ブルーノはやたら長い間をおいたすえにようやく魔物の名を口にした。



「――その名はトロルッ!! 恐るべき力を持った邪悪なる巨人っ!!」


「「「…………」」」



 俺、リサ、シャノンが顔を見合わせる。


「勇者エミル殿には、ぜひともかの巨人を討伐していただきたいっ!! そして里を覆う暗雲を振り払い、再び平和の光を――」


「……そいつなら来る途中に倒しましたが」

「――え?」


 俺は収納魔術ストレージからトロルの魔石を取り出し、ブルーノへ手渡した。


「死骸も回収しております。ここでは狭いので外に出しましょう」

「…………」


 俺は応接室の窓を開き、ストレージから取り出したトロルの死骸を庭へと放り出す。


「ご確認ください」

「…………」


 ブルーノは目を点にしつつ、庭に倒れるトロルの死骸を眺める。


 なにしろこの辺りでは普段トロルは出没しない。まず間違いなく、俺たちが倒したトロルこそが里の平穏を脅かしていた個体であろう。


「いかがでしょうか?」

「…………あ、はい。助かりました。ありがとうございました」


 手順を踏んだ展開を期待していたのをまったく無視され、算を乱されたためだろう。芝居がかった語りを忘れ、ブルーノは気のない返事を寄越した。ついでに顔も普通にこちらへ向けられていた。


 最初からそうしてくれ……と言いたいのをこらえ、俺は畳みかける。


「ではアルの移住許可をいただきたいのですが」

「……あ、はい。許可します」


「感謝します。……ではアル。準備をしてくれ」

「…………」


「アル?」

「……なんじゃこの茶番は……」


 ……俺に言われても困る。


 その後適当に挨拶を済ませた俺たちは、微妙な空気の漂う屋敷を立ち去りアルの自宅へと戻った。



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※お知らせ

誠に勝手ながら、次回で一旦終了とさせていただきます。

ご了承下さい。

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