第72話 【番外編】肉食べたい。
「肉食べたい」
昼下がり。
ベッドの上に転がり天井を見つめながらそう呟いたのは、別になにか特別なことがあったからじゃなかった。
祝い事があったわけでも、筋トレをしたわけでもない。
が、ふとした瞬間にそう思っていて、口に出したらその思いはさらにはっきりした輪郭を持っていく。
そして、もう確信していた。
『俺は今ものすごく肉が食べたい』と。
その気持ちが、原動力となった。
村のために少し働いてから、肉にしよう。
俺はその思いで寝転がっていたところから、ようやっと起き上がる。
今日は朝ごはんと昼ご飯の時間以外は、ひたすらベッドにいたから、身体がなまっていた。
腕や足を延ばしながら、俺は着替えを行い、家を出る。
「ぼっちゃま! こんな早い時間に起きるなんて。もう身体は大丈夫なのですか?」
そこで出くわしたのは、おつきのメイド・メリリだ。
彼女は洗濯物を干しながら、不安げに俺を見る。
身体のことを心配されているのは、昨日が原因だろう。
村の家々に防風性を貸与するため、『有形生成』魔法で大量に囲いを作ったのだ。
その結果、魔力切れでダウンして、ずっと寝ていた。
まぁもちろん、単純に眠たかったというのもあるが。
「肉が食べたくなってな。今日の夜、お願いしてもいいか?」
俺はメリリに、単刀直入にこう尋ねる。
こう言えばだいたいは、了承してくれるのだけれど……
「え、お肉ですか。んー……ちょっと、ハム以外のものは今切らしてますね……」
待っていたのは、衝撃の肉なし宣言であった。
「まじか」
俺はショックから、一言こう呟いたきり声が出なくなる。
いきなり、肉へと繋がるはしごを、ばっさり落とされた気分だった。
「ぼっちゃま、大丈夫ですよ。メリリが豆からお肉に似た料理を作ってさしあげますから!」
「……ありがとう」
返事もつい曖昧なものになる。
そりゃたしかに、大豆でもなんとなく似た味が作れることは知っている。
が、俺は本物の肉が食べたいのだ。
できれば、いつか食べたクロツキノワくらい、うまい肉――。
そこまで考え至って、気づいた。ないなら、用意すればいいのだ。
「なぁメリリ。肉さえ用意したら、作ってくれるか?」
「もちろんですよ! できることなら、なんでもします。ぼっちゃま甘やかし専用メイドですから」
「助かる。じゃあ、俺、少し出かけてくるよ」
「えっと、どちらへ?」
「少し狩りに」
俺はそう残して、彼女の元を離れる。
そうして向かったのは、村の集会所だ。
そこで、村人に混じって魔道具作りをしていたセレーナにも、狩りへと出る件を報告しておく。
「……そう、いいわね、お肉。楽しみにしてる。そろそろ、捌きたいと思っていたの」
すると返ってきたのは、こんな発言だ。
食べることより捌くほうを楽しみにしていらっしゃるらしい。
とても元深窓の令嬢とは思えない。
まぁでも、これで捌き担当も、料理担当も確保できた。
あとは狩るだけだ。
俺は集会所を出ると、まずは村の外れにある檻へと向かう。
そこで俺は聖獣・サントウルフのブリリオを外へと連れ出すことにした。
『いかがしたアルバ殿』
「ちょっと狩りに行こうと思ってな。ついてきてくれるか? できるだけ早く移動したくて名」
『なるほど、アルバ殿のお役に立てるのならお供しよう』
一人と一匹さっそく森の中へと繰り出す。
するとすぐにネズミ型のモンスター・ラットーが飛び出してきた。
いくら肉でもネズミ肉はさすがに食えない。
そのくせに、チューチュー鳴いて煩わしい。
『いかがする?』
「無視でいいよ。あれは食べられない」
無駄なところで、疲労したくなかった。
俺はブリリオに跳びかかってくるそれらをすべて避けてもらい、さらに森の奥へと進む。
目当ては、とにかく肉。
できれば、美味しく食べられるやつ……!
そう思って血眼であたりを見わたすこと約数時間。
どうにも食用に適した魔物が見つからない。
そうして夕刻にさしかかって、あたりは暗くなりかかってきたときに、ついに見つけた。
なんのことはない草陰に、居眠り中のクロツキノワが。
『……今度はいかがする?』
「んー、悩ましいなぁ」
正直、ぐらついた。
だがしかし、魔物とはいえ、寝ている奴を襲っていいものか。寝込みになにかしてくる奴が俺は心底嫌いなのだ。
そんな嫌な奴に、俺がなりかねない。
しばらくブリリオの上で葛藤した結果、俺はそのクロツキノワをスルーすることを決める。
そんな俺の善行(?)を神が見ていたのかもしれない。
少し先で俺は、イノシシ型の魔物・チンギャーレに出くわしたのだ。
『三度目だが、いかがする?』
「倒すよ。ブリリオは少し離れててくれ」
俺がブリリオの大きな背から降りると、ブオー、と叫びながら彼らは三頭まとめて一気に襲い掛かってくる。
その角は、かなり鋭い。もし貫かれたら、簡単に肺が破れるとか聞いたことがある。まぁまぁな危険種だ。
……が、今の俺には危険度とかどうでもよかった。
チンギャーレは、もはや肉にしか見えていない。
俺は彼らがちょうど突進してきたところで、高く跳びあがる。そうしながら発動したのは、『縮突』。
風属性魔法をナイフに込めることで、ほんの一瞬のみ、その刃渡りを伸ばして、突きを見舞う技だ。
それを三連続で、チンギャーレ三匹それぞれの首元めがけて放つ。
着地してから、三匹の様子を見れば、もう息だえていた。
「ちょっと多すぎるなぁ、これ。傷なく倒せたし、質のいい肉が取れそうだけど」
俺は外れで見ていたブリリオにこう投げかける。
『……とんでもない早業だな、さすがだ我が主は。末恐ろしい』
「え、大根おろし?」
『いや、なんでもない。アルバ殿は、もう肉のことしか考えられないらしい。とりあえず帰って、早く肉を食べた方がいい。チンギャーレは、我が運ぼう』
「助かるよ。ブリリオにも、フスカにも食わせてやる」
そこから俺は、ブリリオとともに村へと戻る。
三匹も倒してしまったこともあった。
このままでは肉が腐ってしまいかねないからとセレーナの発案で、俺たちは村人たちも誘い、お肉パーティーを開催することになる。
「最高ですよ、アルバさん! やっぱりあなたは救世主だ! 俺たちにもこんな施しをしてくれるなんて」
「やめてくださいよ。ただ俺が肉食いたかっただけですよ?」
「またまた謙遜しなくてもいいですよ。俺たち村人はあなたにとても助けられてるんですから」
……謎にまた評価されることとなってしまったが、ともかく。
熟練の技術を誇るメリリの調理のおかげもあり、俺は望み通り、最高の肉にありつくことができたのであった。
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