暗黙の依頼

やみあるい

暗黙の依頼

ルクセルス王国の西、辺境の村ハーデル。

小さなこの村に特産品と呼ばれるような物は無く、そこに住む者たちは主に小さな畑の世話と森での狩猟による自給自足で生計を立てていた。

領主に取られる税は最小限。代わりに、守護も最小限。

人買いの世話になるほどの飢えは無いが、余分に分けられる程の仕事も無い。だからこの村で生まれた子供たちの多くは、村の外へと仕事を求めて旅立っていく。


農家の三男であるカッセルもまた、将来の仕事が無い子供の一人だった。だが、カッセルに悲壮感は無い。カッセルには夢があったからだ。

冒険者として大成するという夢が。


数年に一度の割合で村に訪れる行商人がやってきた日、カッセルは同じ境遇にあった幼馴染たち三人と、行商人の後を追う形で旅に出た。

そして彼らは、一月の後にルクセルス王国の王都ルクスに辿り着く。



王都ルクス。

そこは辺境の村しか知らなかったカッセルたちにとって、まさに別世界だった。


ここで俺たちは冒険者として、一攫千金をつかみ取るんだ。


カッセルは仲間たちに向けて、笑顔で告げた。仲間たちもまた、カッセルと同じような笑顔を浮かべている。子供たちの誰もが、その大きな都に希望を抱いていた。



初めから大きな仕事があるとは、カッセルたちも思っていない。

だが、王都について早速、冒険者ギルドに登録したカッセルたちは、自分たちへ勧められた依頼に落胆した。

ギルドに登録したての子供だけのパーティーに任せられる依頼は、俗に雑用依頼と呼ばれる依頼だけだ。庭の草取り、どぶ攫い、道路の掃除など。

村でしていた仕事と大差ない依頼の数々。いや、むしろ村では信頼があった分、こちらの方が受けられる依頼の幅は狭い。


一時は落胆したカッセルたちだったが、依頼を受けて報酬を貰わねば、生きていくことすら出来ない。カッセルたちが持っていた金は、ここまでの旅路でもう底をついている。カッセルたちは生きるために、雑用依頼の数々をえり好みせず受けていった。


依頼を受けて、仕事をして、報酬を受け取る。


最初は生きるのにギリギリの金しか稼げなかったが、どんな依頼でも手を抜かず、一つ一つ丁寧に依頼をこなしていった結果、カッセルたちのパーティーは冒険者ギルドから信頼され、より報酬の大きな雑用依頼を任されるようになっていった。


一つ一つの依頼の単価が上がったことで、受ける依頼の数を減らせるようになった彼らは、空いた時間で冒険者としての技量を磨き始める。そうしてカッセルたちは、少しずつ成長していった。


そんなある日の事。

いつものように集まって雑用依頼の完了報告を行うカッセルたちへ、受付嬢が笑顔で告げる。


「おめでとう! 今回の依頼で、ついに君たちのランクが上がったわよ」


受付嬢の名はエルカ。

カッセルたちが冒険者として登録した時に、その作業を行った受付嬢だ。同時に登録したカッセルたちのパーティー名、ハーデル冒険団を受理した受付嬢でもある。

村にいた頃から、大人というものに何かと振り回されていた彼らは、あまり大人というものに良い印象を持っていない。

だが、何かにつけてカッセルたちを気遣い、様々な情報を教えてくれた彼女にだけは、カッセルたちも少しだけ気を許していた。


「エルカ姉ちゃん。これで俺たち、ダンジョンへ行ける?」


真剣な表情で訊ねるカッセルの言葉に、エルカは少しだけ苦しそうな表情を浮かべる。



ダンジョン。

古代文明の遺跡、神が授けた試練の場、魔素の蓄積が引き起こす次元の歪み等と言われるそこは、魔物や罠が蔓延る危険な場所だ。だが、同時に一攫千金を狙えるお宝もまた、そこにはある。

魔物を殲滅しても、罠を全て解体しても、宝箱を余さず開けて回っても、いつの間にかそこには新たな魔物が、新たな罠が、そして新たな宝箱が生まれ出でた。

未だ、どのような術理が働いているのかも解き明かされていない不可思議な空間だが、冒険者たちにはどうでもいいことだ。彼らにとって何よりも重用なのは、そこがいつでも一攫千金を夢見れる楽園だということ。

それ故に冒険者たちは、危険と知りながらもダンジョンを目指す。



当然ながらカッセルたちも、ダンジョンを目指している。そもそもカッセルたちが、近場の街ではなく、わざわざ少し遠いこの王都で冒険者となったのも、ダンジョンが近いという立地を好んだからだ。だが、ギルドには最低ランクの冒険者は、ダンジョンへ入れないという決まりがあった。

ランクが上がったということは、それが可能になったということだ。


「え、ええ。そうね、もう貴方たちはダンジョンに入れる。まだ初級ダンジョンだけだけどね」


そこでカッセルたちは初めて、全力で喜び出した。

握った拳を突き上げる者、その場でピョンピョンと飛び跳ねる者、これまでの事を思い返して遠くに視線を向ける者、嬉しさに毀れた涙を袖で拭う者。

彼らは思い思いの方法で、その喜びを表現した。



それから数日後。

彼らは、冒険者ギルドの前に集まっていた。

稼いだ金で購入した中古の装備を身につけて、気合の入った表情で冒険者ギルドの扉を見つめる。


「いくぞ」


カッセルの声に銘々が頷き、少しの緊張と逸る気持ちを胸に、冒険者ギルドの扉を開けた。何度も繰り返してきたその所作が、今日は何処かいつもと違う。

冒険者ギルドの建物に入ると、併設されている酒場付近から一瞬、多くの視線が集まったが、それらはカッセルたちを認識すると、すぐに散っていった。

よくあることだ。気にせずにカッセルたちは、冒険者ギルドの受付へと真っすぐに向かう。

何人かいる受付嬢の中にエルカの姿を見つけたカッセルたちは、エルカのいる受付にやってきた。


「あ、ハーデル冒険団の皆……」

「エルカ姉ちゃん。俺たちはこれからダンジョンへ挑戦する。初級ダンジョン:ベルゼラの異端窟で出来る依頼を見せてくれ」

「やっぱり挑戦するのね」


悲し気な表情で聞き返すエルカに、カッセルたちは無言で頷く。

初めてのダンジョンに挑戦する冒険者が死ぬ確率は非常に高い。特にそれが、カッセルたちのような子供たちであれば尚更だ。戦闘の高揚感と初めての環境への好奇心で、ダンジョン探索への注意事項は思考から薄れ、或いは魔物たちにやられ、また或いは罠への警戒を怠って致命傷を負う。彼らは驚くほど簡単に死んでいく。

ずっと彼らを見守り続けてきたエルカにしてみれば、全力で彼らを引き留めたい。だが、一介の受付嬢に過ぎないエルカに、冒険者たちの行き先を変える権利などありはしない。

それでも、出来ることはある。


ハーデル冒険団は、冒険者ギルドからしても将来有望とされる者たちだった。

雑用依頼に手を抜く者たち、力を過信して講習や訓練を受けぬ者たち、碌な準備もせずに依頼を受ける者たち。そんな者たちが大半のひよっこ冒険者たちの中で、ハーデル冒険団の者たちはしっかりと信頼を積み重ね、技量や知識の研鑽に従事してきた。

そういうひよっこ冒険者たちは、いずれは冒険者ギルドに無くてはならない人材となる。途中で死ぬことさえなければ。


そんな冒険者たちを手助けする為の仕組みが冒険者ギルドにはあった。

エルカはギルド内を見回し、該当しそうな冒険者を探す。そうして、ある所でその視線は止まった。酒場で昼間から酒を飲む一人の男。彼ならば、大切な彼らの命を預けることが出来る。あとは、それをハーデル冒険団の皆に認めてもらうだけ。

だがそこでエルカは、ミスを犯した。


「はあ? なんでわざわざ、知らない冒険者を俺たちのパーティーに入れなきゃいけないんだよ!」


自分はこの子たちに信頼されている。だから、私の話を聞いてくれるはず。そう信じていたエルカにとって、子供たちの拒絶は想定外だった。

だが、実際の所、エルカの考えは少し的を外している。

子供たちは確かにエルカを他の大人たちよりも少しだけ信頼していた。エルカの言うことならば、他の大人たちからよりは少しだけ耳を傾ける。だがそれが、自分たちの意に反するような事であれば、たとえエルカの言葉でも飲めはしない。


「ハーデル冒険団は俺たちのパーティーだ。どんな危険があったとしても、俺たちの力で乗り越える。今更、大人の助けなんて必要無い」


彼らにも誇りがあった。他人から見ればどんなに小さなものであっても、それは何よりも大切なもの。

積み上げてきた信頼、磨いてきた技量と知識、集めていたダンジョンに関する情報。子供たちの力で成し遂げてきたそれらが、彼らの誇りを育てた。


だが、子供たちに拒絶されても、それでエルカが子供たちのことを見捨てる理由にはならない。エルカはもう、自分では無理だと察して、先ほど見つけた冒険者へすぐにここまで来るように合図を送った。不甲斐ない受付嬢だが、あとは彼に任せるしかないと。

合図を送られた男はため息を一つして、手にしたジョッキに残る酒を一息で飲み干すと、見るからに嫌そうな表情でこちらに近づいてきた。



暗黙の依頼。

冒険者たちの間でそう呼ばれるこの手の依頼は、非情に面倒くさい依頼だ。なにせこれはあくまでもボランティアであり、正式な依頼ではない。それゆえにギルドからの報酬が貰えない。代わりにギルドからの覚えこそよくなるが、同時にこういった依頼を任されやすくなると言うデメリットもついてくる。

それでいて相手をするひよっこどもは、冒険者のご多分に漏れぬ、一癖もふた癖もあるような者たちだ。

冒険者たちにとってそれは、とても面倒な依頼なのである。

それが男の表情の理由だ。

それでも彼はギルドがこの依頼を出すのに適当と判断している冒険者の一人。こんな表情をしていても、依頼で手を抜いたりはしない。

エルカは自信をもって、ハーデル冒険団の皆に男を紹介する。


どんな屈強な冒険者がやってくるのかと身構えるハーデル冒険団の面々だったが、やってきた男の姿を見た途端に、その緊張は霧散した。

ハーデル冒険団の面々が紹介された男に抱いた第一印象は、冴えないおっさんだ。

不精髭を生やし、髪はぼさぼさ、酒の匂いを抜きにすれば、臭いということは無いようだが、見るからにいい加減な男。とはいえ、その辺りは冒険者としてはごく一般的。

問題は線の細い外見と、草臥れた装備品の数々。武器も短剣を一本、腰に差してはいるけれど、それ以外を持っている様子はない。その姿は、戦いを得意としているようには見えなかった。

胡乱な瞳になるハーデル冒険団の面々だったが、先ほどまでの反発は鳴りを潜めている。なにせ紹介されたこの男は、自分達でも勝てるほどに弱そうなのだ。

だが今度は、男を仲間にする意味が感じられなくなった。一体、何のために使えなさそうな男をパーティーに入れなければいけないのか。

何処か男を見下したかのような感情が混じる視線を受けつつも、男は特に気にした風でもなく、ハーデル冒険団へと近づいていく。

そうして唐突に、カッセルへ語り掛けてきた。


「報酬はどうする予定だ」

「ああ?」


唐突にやってきた男は、まだ何一つ聞かされていない。少なくともカッセルが見ている間に、エルカがこの男へ今の状況を説明した様子はない。なのに男は、初めから何もかも分かっているというように、そう聞いてきた。むしろ、カッセルたちの方が、男の言わんとする事に追いつけない。すると男は、もう一度言葉を足して訊ねてきた。


「ダンジョン探索の分け前だよ。どうやって分ける予定なんだ?」

「パ、パーティー内で等分する予定だけど」

「ほう、そりゃいいな」


何が良いんだとカッセルたちが訊ねる間もなく、男は矢継ぎ早に言葉を続ける。


「どうだ、俺を雇わねえか? お前らダンジョンに潜るんだろ? 俺はこの辺りのダンジョンには何度も潜ってるんだ。色々と役に立てると思うぜ? 見ての通り、戦闘ではあんま役には立たねえが、罠の発見は得意分野だし、ダンジョンのマップも一通り頭の中に入ってる。初めて潜るダンジョンのガイドとしちゃ、かなりお買い得だと思うぜ。ああ、もし、役に立つか不安ってんなら、分け前は俺の仕事を見てから決めてくれてもいい」

「ま、待てって。俺たちは誰もパーティーに入れる気は……」

「他人を入れるのが心配か? だが、冒険者を続けていくってんなら、よくあることだぜ。ダンジョンによっては必要な職業も人数も変わってくる。これからもダンジョンに挑むってんなら、柔軟に対応していかねえと。お前らはもう、一端の冒険者だろ?」

「……ちょっと仲間たちと相談する」


一端の冒険者。その言葉が響いたのか、カッセルは少し考えるそぶりを見せた後、仲間たちを連れて少し離れ、円陣を組んで相談を始めた。


ハーデル冒険団の面々は暫く話し合った末に、男を雇ってみるという意見に落ち着いた。決め手となったのは二つ。戦闘能力で男に優位を保てると感じたことと、役に立たなければ分け前を無しにすればいいという所から。


「お前を雇うことにした」

「ありがとう、絶対に損はさせねえぜ。ってなわけで、自己紹介だ。俺は斥候のリクス。得意分野は罠の発見や解除、あとは運良く宝箱を見つけた時の鍵開けも任せろ。だが、戦闘は援護程度で、お前ら任せになると思う。そんでお前らは?」


カッセルが代表して雇う旨を男に伝えた所、男は早速とばかりに自己紹介を始めた。そうして、カッセルたちハーデル冒険団にも自己紹介を促してくる。

剣士カッセル、剣士リブロ、魔術師セリア、狩人ナーナと、ハーデル冒険団の面々も、自身の名前と職業、そして出来ることを話していく。

そうして一通りの自己紹介が終わったところで、彼らは受付嬢からダンジョン内での依頼を受けると、ダンジョンに向かった。



初級ダンジョン:ベルゼラの異端窟。その名の由来や歴史はともかく、そこは王都ルクスから半時程歩いた場所にある洞窟型のダンジョンだ。階段を降りて地下へ進む形式のダンジョンで、空間全体がうすぼんやりと光っている為に視界の確保については問題が無い。

出現する魔物はホブゴブリンやハードスライムなどの弱い魔物たちの亜種が多く、同じ魔物だと思って挑むと痛い目を見る。

そして、罠は――


「ストップ」


先頭を歩いていたリクスは抑えた声量で鋭く告げると、横へとずれて地面を指し示した。


「分かるか? これが、このダンジョンで多く見られる矢の罠だ」


ハーデル冒険団の四人がそこをよく見ると、平らな地面の一部が少しだけ浮いている。誰もが言われなければ、気が付かなかったであろう罠。ダンジョンについての情報は十分に集めてきたと自負していた彼らの自信は、それであっさりと消え去った。

矢の罠はたとえ作動しても、当たり所が悪くなければ、多少の傷程度で防げるものだ。だが、ダンジョン内では、そんな傷程度であっても致命傷に繋がる可能性がある。

罠を見ることで、すぐさまそこに思い至った様子の四人組に、リクスは内心でにやりと笑った。生意気なひよっこ共だが、受付嬢に目を掛けられるだけのことはある。

それは退屈なボランティアが、リクスの中で少しだけ楽しくになってきた瞬間であった。



初めての戦闘の相手は、一匹のホブゴブリン。それは特に何事もなく、終了した。

リクスが援護するまでもない。ハーデル冒険団は息の合った連携で、危なげなくホブゴブリンを屠った。

だがそれは、何も不思議な事では無い。彼らはランクが上がった後、ダンジョンでの戦闘を見据えて、街の外でゴブリンやスライムとの戦闘を行っていたのだ。ゴブリン数匹を相手取り勝てる実力があるのなら、それより半歩程強い亜種のホブゴブリン一匹であっても問題なく戦える。

罠に関しては予想外だったが、戦闘は十分に対策済みだ。

ベルゼラの異端窟の第一階層では、大抵魔物は一匹で現れる。それを安定して狩れたということは、彼らは少なくともベルゼラの異端窟の第一階層を歩き回る権利を有するということだ。


ダンジョン探索は順調に進んでいった。戦闘はもっぱらハーデル冒険団に任せ、リクスは罠の発見と現在位置の確認だけに注意する。またリクスは新しい罠を見つけるたびに、立ち止まり彼らに詳しく解説していき、ハーデル冒険団の四人組も真剣な表情でその解説を聞いた。



暫く探索を続けた後、彼らはある広間に辿り着く。

広間の中心にはホブゴブリンが三匹。今まで問題なく倒してきた魔物だが、それは一匹であればこそ。元々群れで行動する性質のホブゴブリンが相手となれば、数以上の強さを考慮しなければならない。


「ホブゴブリンが、三匹」

「どうする? 稼ぎとしてはこれまでの道程で十分だろう。依頼の品も手に入れている。あれの相手をする意味は少ない。俺はあくまで臨時のガイド役だ、決めるのはお前たちに任せる。だが一つ、挑むことへのメリットも伝えておこう。ここは知る人ぞ知る宝箱スポットの一つでな。あれらを倒すと低確率で宝箱が現れる事がある」


リクスの告げたメリットに、それまで及び腰だったハーデル冒険団の四人は一転、俄然やる気となった。だがそれはそれとして、今度はどうやってあの三匹のホブゴブリンを倒すかが問題となる。

ハーデル冒険団の前衛は剣士カッセルと剣士リブロの二人だけ。狩人のナーナは主に弓を使った後衛だし、魔術師のセリアは言わずもがなの後衛だ。三匹を相手とするならば、せめてもう一人前衛が欲しい。


「少しの間であれば、俺も一匹なら引き付けておけるぜ?」


リクスの言葉が決め手となって、ハーデル冒険団は三匹のホブゴブリンを、最後の標的とすることにした。リクスの想像した通りに。



別にリクスは、彼らを死なせたい訳では無い。

彼らの慎重さや、学習意欲は素晴らしい。実力はまだまだ年相応な部分もあるが、きちんと学ぼうという意思や、危険を回避しようという意識は、冒険者として大切なものだ。きっと彼らは優秀な冒険者になれる。リクスはこのダンジョン探索において、ハーデル冒険団の面々をそう評価していた。

だからこそリクスは、彼らの初めてのダンジョン探索を、このまま平坦な結果で終わらせたく無かったのだ。冒険者ならば冒険をしてこそ、だ。

たとえその結果に落胆したとしても、それもまた思い出となる。

勿論、危険はあった。だが、リクスの見立てでは、ホブゴブリン二匹なら彼らであれば十分に倒せる相手だ。


「よし、行くぞ!」


カッセルの声を合図に、彼らは広間へと入っていった。

リクスは事前の宣言通り、ホブゴブリンの一匹をひきつけて、腰に差していた短剣で応戦し、その場に引き留める。その間にハーデル冒険団が、残り二匹のホブゴブリンを倒す。


多少の苦戦はあったが、ハーデル冒険団は二匹のホブゴブリンを倒すことに成功し、その後リクスの受け持っていたホブゴブリンも全員で倒した。


最後の一匹にトドメを刺した瞬間、広間の中央に木箱が現れる。

ハーデル冒険団は、見事当たりを引いたのだ。


「やった! 宝箱だ!」


これまで堅実な探索を心がけていた面々だったが、さすがに今日一の戦いを乗り越えた先に見つけた宝箱には、喜びを露わにしていた。

そうして彼らは、現れた宝箱へと無防備に走り寄る。


「待てっ、不用意に――」


近づくな。そうリクスが言葉を放つ前に、宝箱に仕掛けられた罠が作動した。

罠の名は落とし穴。近づいた者たちを第一階層から第二階層へと一直線に強制移動させる危険な罠だ。落下によるダメージはそれほどでもないが、第二階層では出てくる魔物の危険度が違う。


「チッ」


自分の迂闊さに舌打ちを一つしたリクスは、床に空いた穴が不可思議な力によって閉ざされる前に、その中へと飛び込んだ。落ちたハーデル冒険団の四人を追って。



辿り着いたのは先ほどと似たような地形の広間。そこには十を超えるホブゴブリンや、ハードスライムが群れていた。


「よりにもよって、か」


ダンジョン探索において、気を付けなければならない物の筆頭に挙げられる罠部屋。魔物部屋と呼ばれる、魔物が密集した危険な部屋。

ハーデル冒険団とリクスが落ちたのは、そんな部屋の中心だった。


「おいっ、無事か? お前らっ」

「う、うぐぐ」「くっ」「いたぁ」「あたた」


リクスの声に反応して、四人分の声が上がる。それで全員の生存を確認したリクスは彼らの側に移動した。

魔物たちは突然降ってきた五人の侵入者たちに驚いて、動きが止まっている。だが、程なくして襲い掛かってくるだろう。


「ひっ、ま、魔物がっ」

「落ち着けっ」


周りの状況に気が付き、驚くハーデル冒険団の面々を短い言葉で黙らせ、リクスは周囲を観察する。


「いいか。俺が合図をしたら三秒間だけしっかりと目をつぶれ。それで奴らに隙が出来る。カッセル、リブロ、ナーナは協力してホブゴブリンを。セリアは魔術でハードスライムを狙え。必ず固まって行動しろ」


有無を言わさぬ声音で告げると、リクスは何処からか丸い玉を取り出した。


「さあ、いくぞっ」


その合図と共に、ハーデル冒険団の面々は言われた通り目を瞑り、リクスは手に持った丸い玉を地面へと投げつける。

地面とぶつかった瞬間、丸い玉は強烈な光を周囲へとまき散らした。

それからきっかり三秒後。

ハーデル冒険団の面々が目を開けると、周囲を取り囲んでいたホブゴブリンたちは、その目を両手で覆い、苦しそうに何かを叫んでいた。

そんなホブゴブリンの間を、黒い影が通り過ぎていく。その度に、ダンジョンの床にホブゴブリンたちの血しぶきが跳ねる。

ハーデル冒険団の面々も、慌てて近くの魔物たちへ挑みかかっていく。リクスの言っていた言葉を忠実に守り、皆で固まり一匹一匹確実に。



「あの、ありがとうございます。それと、その、すいませんでした」


その後、リクスの案内で何とか第一階層まで戻ってきたハーデル冒険団は、恐縮した様子でリクスに礼を言い、続けて自分たちの失態を謝る。

魔物部屋を出た後も、リクスは様々なアイテムを使い、襲い掛かってきた魔物たちをうまく無力化していった。ハーデル冒険団もトドメを刺すのに手伝ったりはしたが、もはや自分たちの方が強いなどとは口が裂けても言えない。罠にかかってしまったことも含めて、何もかもが申し訳なかった。


「いや、俺がもっとしっかりと注意しとくべきだった。お前たちにとっては初めての宝箱なんだ、舞い上がっても仕方がない」


だが、そんなハーデル冒険団の面々に対して、リクスは逆に頭を下げる。

いつもなら子ども扱いされたと反発していたかもしれない。だが、リクスの真剣な表情が、彼らにそんな思いを抱かせなかった。むしろ、ハーデル冒険団の面々が抱いたのは安堵だ。


冒険者に夢を抱いていたとはいえ、平穏な村を半ば追い出されるように旅立ち、初めて暮らす街で頼れるのは仲間たちだけ。唯一、冒険者ギルドの受付嬢エルカは少しだけ信頼していたが、エルカはあくまでギルドの受付嬢でしかなく、冒険者である彼らとは立場が全く違う。

そんな中で初めて頼れると思えた冒険者リクス。そんな彼にハーデル冒険団の面々が好感を覚えるのは、無理からぬことだった。


「リクスさんは、すごく強いっすよね? なんで戦闘能力は期待しないでくれなんて言ったんすか?」


帰りの道中、慣れない敬語を使い、カッセルは疑問に思っていたことをリクスに訊ねる。


「いや、戦闘が苦手なのは本当だ。俺の本職はあくまで斥候。だが、それじゃソロでの探索はキツイからな。だから、苦手な部分をアイテムで補ってるんだ。その分、戦闘での出費がかさむわけだが」


リクスはそう説明しつつ、何処からともなく幾つかのアイテムを取り出し、ハーデル冒険団に見せた。投げナイフや広間で使った閃光玉、煙幕玉など、様々なアイテムが何処からともなく出てくる。


「あ、すいません。俺たちの為に、たくさん使わせちゃって」

「俺だってピンチだったんだ。そもそもお前たちだって、しっかり戦っていただろ。あれは必要経費さ」


ベルゼラの異端窟を出る頃には、すっかりハーデル冒険団の面々はリクスを慕い、懐いていた。



それからもハーデル冒険団は何度か、リクスを誘ってダンジョン探索を行う。彼にダンジョン探索のイロハを教わりながら。

ある時、パーティーに所属していないというリクスを、ハーデル冒険団は、パーティーメンバーに迎えたいと言ってみたことがあった。

だが、その答えは


「気持ちは嬉しいが、俺はソロでの活動が性に合ってるんでな。だが、また人数が足りない時には、誘ってくれると嬉しいよ」


というもの。代わりにリクスは、才能のあった狩人ナーナに、ダンジョン内での罠の見破り方や宝箱の解錠方法などを教えた。

彼らはリクスから様々な技術を教わり、少しずつその技量を磨いていく。



そして数年後。

彼らは王都ルクスでも、屈指の冒険者パーティーへと育っていくのだった。

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