第9話 最終兵器勇者

——おお勇者よ、死んでしまうとは情けない


いつもの声に少女は答える事もなく、棺の蓋を押し開ける。

何度も何十回も繰り返した光景。


——飽きないの?


赤髪の少女にかけられた言葉が蘇る。

これが、飽きるという事なのかと思える程度には、感情が芽生えていた。


彼女はあの扉の向こうで出迎えてくれるだろか?

それとも、いつもの彼が相変わらずの剣を携えているのだろうか?


これも、小さな感情の変化であった。


棺から起き上がると、一歩踏み出す。

そして、いるはずのない人物と視線が交差する。


「……」


赤髪の少女は、勇者の知らない感情を顔に浮かべていた。


「…なぜ?」

「…ちッ違うの!?」


少女はただなぜここにいるのか聞きたかっただけなのだが、レベッカはそう捉えなかったようだ。


「…どうしたの?」


なぜか後ずさる彼女に、勇者は首を傾げた。


「どうしたって…」


少女の言葉にレベッカは気づいてしまった。

自分が彼女に恐怖を抱いていた事に…。


二人の距離が、明確な境界線となって現れた瞬間でもあった。


——潮時かな


いや、あの時既に…。

それが、彼女の闇を垣間見て、今になって気づいたのだ。


「…お別れを言いにきたの」


レベッカは心を落ち着かせて、彼女に最後の言葉を伝える。


「…お別れ?」

「ええ、この都市を出るわ」

 

その言葉に反応はない。

二人の間に静寂が訪れる。

 

短い旅の思い出が脳裏を駆け巡っていく。

もう会う事はないだろう。


「…そう」


少女は抑揚のない声で答えた。

だが、その瞳からは涙が流れ落ちていたのだ。


「…ッ!?」


レベッカは思わず、彼女に抱きついた。

理由はわからない。

それでも体が勝手に動いていたのだ。


「…教えて…この冷たいものは何?」

「…涙よ」


彼女は化け物なんかじゃない。


「…胸の奥が…変…これが痛み?」

「…ええ、あたしもよ」


彼女には自分と変わらない心があるのだ。

痛みを感じるのだ。

 

レベッカの瞳から涙が溢れ出した。

月明かりが二人を優しく包み込んでいた。


それから数日後、レベッカは旅立つ事になる。

彼女が怖いからではない。


「ゴブリンエルフが西の大地にね…」


少女を救う手がかりを探す旅に出るのだ。

ただの冒険者に、この国はこれ以上の秘密を明かす事はないだろう。


だから、旅に出るのだ。

彼女は自由な冒険者…根無草なのだ。


「…いってらっしゃい」

「ええ、行ってくるわ」


二人はそれぞれ別の道を歩む事となる。

だが、これは新たな物語の始まりに過ぎない。


ここは魔族と魔物が大地を支配する古の大陸。


過去に存在したというヒトという種族は、この大地を魔大陸と呼んだ。


もはや、人の存在しない大地なのだ。



おわり

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最終兵器勇者 少尉 @siina12345of

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