第二章
第8話
久しぶりの家に帰ったわけだが、航が他人を家にあげたことなど初めてだった。幸い、普段から家をキレイにするようにしていたため、所謂ごみ屋敷といった惨状ではなく、むしろ対極に位置するかの如く整理された部屋だった。
「長く空けていたが、人がいないと汚くならないというのは本当だな。」
「ごみは、人の生活によって生じるものがほとんどだからね。そんなことより……」
「その話はいい。下らない勘違いだ。」
「勘違いなのはわかる! 航が犯罪者じゃないことなんてわかるよ。」
「ならいいじゃないか。俺は、樹奈にそう思われているだけで十分だ。」
「私が良くない!」
「どうして、お前がそんなことを言える?」
航は、少し怖い顔をして尋ねる。ちょっとした威圧だ。それは、想像通りかそれ以上に樹奈に効いたようで、彼女は返答にたじろぐ。だが、彼女にも譲れないものがあるのか、航に反抗する眼を向けている。
「だって、航は、これから私とずっと一緒にいるから! 航に変な目が向いたら、私もその目を向けられることになる! それが嫌!」
「いや、俺と一緒にいなければいいんだが。」
半ば呆れている。
「せっかく、あんなに旅行楽しんだのに、もう別れるなんて嫌だし。それなら、最初から航と行動なんてしないから。」
樹奈も少し拗ねたように答える。その様子に航はため息をつく。
「出会いよりも、別れのほうが嫌ってか?」
「それはそうよ!」
「そうだな。お前にとっては、そうなんだろうな。悪かったよ。仕方ないな。とはいえ、ずっと一緒にいる意味もなくないか? 第一、樹奈は大学に入れるのか?」
何かを考慮したかのように、航が謝る。樹奈は、意図してかその謝罪には全く触れなかった。
「そんなにセキュリティ厳しいの?」
「いや、緩いな。なんなら、出席も雑だから、多分授業も受けられるぞ。」
「私も授業受けてみようかなー。何学んでるの?」
「俺は法学部だから、法律とか政治学だな。」
「ふーん、つまんなそう。」
「人の学んでいるものに勝手な言い草だな。」
「だってー、つまんなそうなものはつまんなそうじゃん。」
「家で待っててもいいんだぞ?」
「えー、あの張り紙張ってくる人怖そうだもん。」
「ん? ああ、それなら怖くないと思うぞ。誰の仕業かは知っているが、それを知られていないと思って未だに辞めないアホだし、所詮は直接言えないビビりだしな。」
「相手のことをそんな風に思っているなら、なおさら誤解を解けばいいのに。」
「その価値すらない相手なんだよ。」
「でも、その人があらぬ噂を吹聴することもあるでしょう?」
「ああ、実にその状態なんだが。しかも、なぜかそんな奴に限って、人気があるんだよなあ。」
「世渡りはうまい的な?」
「そうなんだろうな。」
「厄介だね。」
「別にそうでもないさ。他人が俺をどう認識しようと俺には些細なことだからな。」
「ふーん。」
「それで、結局明日からは樹奈も大学に行くのか?」
「うん、その予定。」
「はいよ。多分ばれない。」
「多分?」
「そりゃあ、絶対の保証はできねえよ。」
「まあ、それもそうか。じゃあ、特別に私が夜ご飯を作ってあげよう!」
「え? 食材何もないよ?」
「は?」
「今日まで長い旅行だっただろ。そして、帰りに買ったわけでもない。」
「ああ、たしかに。じゃあどうするの?」
「今日はピザだ。」
「君、本当にお金に無頓着だね。ピザって結構高くない?」
「今日は割引とかないからな。一枚二千円くらいじゃないか?」
「もう少し節約しなよー。自炊大事だよ。」
「自炊とかしたことないけどな。」
「え? じゃあ、ずっと外食?」
「ああ、そうだな。楽だし、美味しいし、外食は良いよな。」
「いいや、良くないから。明日から私が作ります。外食しばらく禁止!」
呆れながらも、指を航に指してビシッと言った。
「やる気だな。」
「そりゃあもう。たくさんおごってもらっちゃったからね。これから挽回!」
「へー、悪いと思っていたのか。てっきり、なんとも思っていないのかと。」
「んな⁉ そんな無遠慮な人間だと思われていたの⁉」
「まあ。だって、人の金で十万円ショッピング楽しんだだろ……」
「あ、あれはさー。その、久々に出歩いたから、つい楽しくってね。」
樹奈はきまり悪そうにする。
「いや、べつにいいんだけどね。まあ、それが一番の出費だったし、今日のピザくらいは許せ。」
「なんでそうなるかはわからないけど、分かったよ。」
航はデリバリーのピザを頼み、二人でピザを食べる。人二人が寝られるほどの部屋数はあるため、二人の寝室は別だった。それに対して、樹奈は少しぶーぶーとブーイングを出したが、航はそれを無視して自分の部屋に鍵をかけた。
翌朝、鍵のかかったドアがドンドン、ドンドン、ドンドンと鳴っていたため、航は寝覚めの悪い朝となった。
鍵を開けると、予想通りの顔が目の前にいると思った刹那、樹奈が抱き着いてくる。その勢いが強かったのと、航が眠くて何の準備もしていなかったことで、そのまま倒れる。
「朝から元気だな。なんだよ。」
「朝だよ! 起きろ!」
「はあ? まだ早いだろ?」
「え? 今八時だよ?」
「まじ?」
「まじ。」
「急いで準備するぞ!」
「私はもう終わってるよ。」
グっと手を出すため、航は彼女の格好をようやく見るが、それを見て完全に目が覚める。
「コスプレ?」
「え、何?」
「あの、それはコスプレですか?」
「こすぷれって何?」
「ああ、いやどうでもいいことだ。何はともあれ、今すぐ着替えてくれ。」
「え? なんで? 学校って言ったら制服でしょ!」
「そもそもどこからその服を出したのかわからんが、大学は私服だよ……。」
「え、そうなの?」
「ああ。だから、今から着替えろ。」
「はーい。」
永遠の不幸と一瞬の幸福 桜怜 @sakurarei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。永遠の不幸と一瞬の幸福の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます