第10話
機内に入ったドクは残りの乗員の安否を確かめる。彼らは横転時に座席から吹き飛ばされ、折り重なうように倒れていた。
吹き飛ばされた拍子に両脚が切断された者、顔の潰れた者、そして……。
ドクは大急ぎで遺体を横にどかし、下敷きになっていた男の状態を確かめる。
微かに……今にも途絶えてしまいそうなほど弱々しいが……脈はある。
「生存者だ! エコー5、生存者一名確認!」
バックパックを下ろし、大急ぎで処置の準備を始めた。
〈今の話は本当だな!?〉
ラーキンの興奮した声がイヤホンを通じて耳を震わせてくる。
「嘘なんかつくものか、本当だ。だが重傷を負っている。下手には動かせない」
出血多量、意識不明で呼吸も浅い。生きているのが奇跡という具合だ。
〈ドク。レスキュー隊がそっちに急行しています。彼らの到着まで、できる限り手を尽くしてちょうだい〉
本部の回線でシェイナも呼びかけてきた。こんな時でも声の調子は一定で、ひどく落ち着いている風だった。
「了解です、大尉!」
興奮混じりに返答した後でドクは後悔した。
衛生兵時代の教訓、数々の経験が即座に彼を諭した。平常心だと。
「クリッパー応答しろ。人手が欲しい」
はやる心を落ち着かせて仕事に取り掛かる。
「て、手伝いは要りますか?」
不意に頭上から囁くような、か細い声が聞こえてきた。
声の主はレイス。彼女の肉声を初めて聞いたドクは、戸惑い気味に顔を上げた。
彼女はひどく心配そうに機内を覗いていた。気を取り直したドクは敢えて和やかに応える。
「ありがとう、気持ちだけ受け取っておく。こっちは何とか間に合いそうだが、外の奴らが気がかりだ。危ないから味方が来るまでの間、隠れていた方が良い」
などと話している内に、クリッパーも機内に降りてきた。
「点滴バッグを持っていてくれ。下ろすなよ」
ドクは作ったラインをクリッパーに手渡す。
「助かるのか?」
クリッパーが言葉少なく訊いてきた。
「分からんが諦めない。おい、ズボンのベルトを貸せ、止血帯にする……」
処置が本格化し、置いてけぼり気味になったレイスは、通りの向こうにいるエコ賊を見やる。
謎の乱入者であるレイスに狼狽えていた彼らも、ようやく混乱から抜け出し、再び行進を始めようと息巻いていた。
そんな中、またDIYの鉄筋槍がエコ賊側から飛んできた。
「させない」
レイスは霧の手を伸ばして、地面に転がる墜落機のドアを掴む。そして腕を体ごと大きく捻ってフルスイング。
ドアが斜め下から上へと飛び上がったドアは、孤を描いて落下する槍の側面に衝突。明後日の方角へ弾き飛ばしてしまう。
レイスは勢いそのまま一回転し、今度はドアを投てきした。霧の手から離れたドアは、縦向きの高速回転でエコ賊に向かっていく。
まず群衆先頭の戦士の顔面にドアの角が直撃。派手に吹き飛んだ彼に押されて、左右後方の戦士達が次々と態勢を崩して倒れていく。
ストライク!
「お願いだから。放っておいて頂戴」
地面に降りたレイスは、恨めしげにエコ賊を上目遣いで睨む。距離が離れているにも関わらず、エコ賊の戦士達は彼女が放つ冷たい殺気を感じ取り、怯えすくみだした。
そんな時である。
「リユース! リユーズ! リサイクル!」
崩れ掛けた群衆をかき分けて、屈強な大男が最前列に踊り出てきた。
羽つき鉄兜に、空き缶を繋げて作った首飾り。硬そうな半裸の赤い体にはつぎはぎのDIY鎧。
どうやら一級戦士らしき大男は、釘バットならぬ鉄筋丸太を高々と掲げて吠えだした。
「グリーンウォッシイィングッ!」
「「ウォッシイイィンッッ!」」
レイスに気圧されていた他の戦士達がたちまち戦意を取り戻す。彼らはまた立ち上がるとDIY兵器を叩いて音を鳴らし出した。
彼らの凄まじい闘気にあてられたのか、はたまた強烈な光景に呆れてしまったのか、彼女は帽子を傾けてそっと顔を逸らした。
「なんて人たち……」
彼女の態度をよそにエコ賊の熱狂は最高潮に達する。そしてとうとう、一級戦士は鬨の声をあげてレイスめ掛けて突貫。
レイスは身構えて迎撃の姿勢をとる。半身になり、利き腕に霧を集めて異形の手を生成。真正面からぶつかりに来る敵を待ち構える。
両者の距離が狭まっていく。
残り100歩……80……50……。
……その時だ。
大排気量ヂーゼルエンジンのけたたましい咆哮が轟き、横の小道から都市迷彩SUVが飛び出してきた。
SUVは通りに出てきてもブレーキを掛けずに増速。進路上の一級戦士に衝突して、跳ね飛ばしてしまった。
予想だにしなかった展開にレイスは唖然とし、エコ賊もしん、と静まり返る。
そんな中、SUVの助手席から男が一人、散弾銃片手に降りてきた。
頭の両側面は剃り上げて、余った長い赤毛は後ろに束ねた凶悪面の男。
ブラックドッグズのラーキンである。
「り、リサイク……ル」
SUVに跳ねられた一級戦士がうめき声を上げながら上体を起こそうとする。そんな彼に、ラーキンは即発砲。散弾を一級戦士の胸に撃ち込んだ。
「文明舐めるな!」
ラーキンは高らかに叫び、散弾銃のポンプを引いた。
一級戦士が死んだことで、エコ賊の戦意は一気に喪失。彼らは我先にと、先頭を争うように逃げ出し始めた。
「ラーキンだ。敵は退却、墜落現場はクリア。レスキューはまだかよ?」
〈シエラリーダー。あと二分って所だ。油断はするな、引き続き警戒を頼む〉
「了解。アウト」
ラーキンは通信を切った後、面倒くさそうにレイスの方を向いた。
気まずそうに俯くレイスに、ラーキンも何を言って良いか思いつかず、頭を掻いた。
「……また会っちまったな」
ようやく出てきた台詞は、ひどく陳腐なものであった。
レイスは俯いたまま、一度だけ小さく頷くだけ。気まずい沈黙を避けたくて、またラーキンから声を掛けた。
「事情は聞いた。仲間を助けてくれたんだよな、アンタ。ありがとう」
「……ち、近くに……居たから」
たどたどしくてか細い声が返ってきた。レイスはそれ以上何も言わず、また黙る。
「あー……2回も助けてもらった手前、こういうのも何だがよ。ハイダーの力は、無闇に人前で出すな」
「は、はい……だー?」
ようやくレイスが顔を上げた。ひどく困惑している様子に、ラーキンは「まさか」と呟く。
「テメエ。自分が今どうなってるのか、分からねぇってんじゃあ無いよな」
一歩前に出るラーキン。反対にレイスはラーキンの顔圧に怯えて二歩後退。
「ど、どうって」
「<窓>から生きて返ってきたアンタは、ハイダーになっちまった。それは知ってるのか、どうなのか!?」
「だ、だだだ……だから、その"はいだぁ"って、いったい……」
狼狽えだしたレイス。翡翠の瞳が潤みだして来た事に気付いたラーキンは、舌打ちをして追求をやめる。
(こいつ。何にも知らねえで<窓>をぶっ壊して回ってたのかよ?)
そうこうしている内に、サイレンが聞こえてくるようになった。レスキュー隊が近づいて来ているのだ。
ラーキンは墜落ヘリとレイスを交互に見て、しばし沈黙。それから何か思いついたのか、車から紙切れとペンを持ってきた。
「今日は見逃す。だが、テメエの持ってるハイダーの力は、不用意に人前に見せるな」
彼は忠告しながら紙面に殴り書きをしていく。
「もし何か困ってるような事があれば、コイツを頼れ。テメエと同じ<窓>帰りの女だ。喧しいが悪い奴じゃない」
そう言うと、連絡先の書かれた紙切れをレイスに突き出した。
「ブラックドッグズのラーキンに紹介されたと言えば、分かる筈だ」
「……あ、ありがとう……」
レイスはオドオドしながら紙切れを手にすると、霧に姿を変えて飛び去っていった。
〈おい、ラーキン〉
ファズの呆れ声がイヤホンから聞こえてきた。
「奴は敵じゃない」
〈そうなんだろうけど、重要参考人でもあるのよね、あの人。保安局が煩いわよー〉
と、シェイナが他人事のような口調で続く。
「乗員救出、そもそもの元凶である過激派幹部の追跡でそれどころじゃありませんでした。だよな、新入り?」
ここで別行動を取らせていたナギーに話題を投げた。
〈え、ええ。ライラさんと手分けして、全員逮捕したッス。いやー、本当に手こずった、手こずった。で、ですよね、ライラさん?〉
どうやらナギーは傍らの保安局捜査員に水を向けたらしい。
(大暴投だ!)ラーキンが頭を抱えていると、ライラが通信に割り込んできた。
〈……すまないが、容疑者逮捕に専念していたんで事情をうまく呑み込めていない。いつものように後で報告書が出るんだろう。それを見て判断するさ〉
などと答えるライラ。彼女はどうやら目を瞑ってくれるようだ。ラーキンは小さくため息を漏らした。
〈みんな終わった気になってるんじゃあない。一人死にかけているんだぞ! ラーキン、手が空いているなら手伝いに来い!〉
〈そうだ〉
ドクとクリッパーが抗議してきた。
「……了解。そっちに行く」
ラーキンは一度天を仰いだ後、墜落ヘリに向かって駆けて行った。
(了)
[パイロット版]ブラックドッグ・ザ・グッドラック 碓氷彩風 @sabacurry
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