無題 (仮:私には関係ない王位継承戦)

アタオカしき(埃積もる積読の上に筆あり)

第1話


少女の小さい唇が、擦れるように動く。


それは独り言。


"幸せでいたいだけなのに"


分厚い両刃剣のような形をした眉。その下。極度に開かれた、碧く血走る碧い瞳。その双眸は頭上斜めから降り注ぐ輝かしい木陰の朝日、残像残すように流れる木々の幹、薄青い空できらめく。


かかとを超えて伸びた、手入れをされていないだけの長く青がかった黒髪は、乾いた碧い血がこびりついている。


走っている少女。その足がその長い髪を踏むたび、片手ひとつで折れる白い首は後ろへ倒れて、うなじの辺り、煩わしげな左手が髪を掴んで束ねて、さっと手放す。血で乾いた青の黒髪は、森かおる土汚れ帯びて地面に尾を引く。


(来た)


寝ることに適したその薄いひとつなぎの服は、獣道なき緑に深い森の枝木によっていくつか穴が開いている。それだけでなくもう一つの穴、それは走る少女の右手にあった。紫色に腫れたその手。くっついているだけの垂れ下がった右腕。


その時少女の耳は気配と僅かな音を捉えた。耳たぶを挟む、目のような鳥の羽の耳飾りが揺れる。


その気配と音、小さい少女の背中側にある茂みの影から、まっすぐ投げられた斧がひとつ。斧は少女の左腕付け根へ。




血走った碧い瞳は斧を捉えた。剣眉の少女は手のひらを壁のようにして、斧の軸に合わせる。空気に漂う魔力が収束し、その手のひら先に霧のようなもやがかかった。すると、まるで金属に衝突したかのような音が響き、しかし、少女の手から青い血が刃の形に滲み出た。


斧の重い刃によって脆く砕ける魔力の塊。


風切り音がまたひとつ。


その斧は囮だった。別の茂みから、より速いもうひとつの斧が、少女の腕を両断する威力で突き進んでいる。


(痛!)


剣眉の少女は左腕を肘曲げて折りたたみ、背中でかばう。その背中に体の熱が収束。斧の刃は髪と肌を薄く裂き、白い肌と服は血でにじんだ。斧はごとりと落ちる。


「ディル!」


剣眉の少女は細い喉から大声を出した。


同時に少女の耳飾りが、感じ取ったふたりの気配にぴくりと揺れる。動きのない気配は右手側、前方斜めの木の幹から。


少女は外から取り込んだ魔力と、内にある魔力を左腕に収束させる。力こぶのない平坦な白い左腕は、腰近く左下から頭上右横へと振るわれ、魔力を放出した。その力の波は大曲剣のようであり、木と気配を両断した。


少女は鈍い動きで左拳を作り、震えわせて開く。


左腕だけでなく、手足という末端から死んでいくような凍えに、少女は小さい頬を青くした。


内にある魔力は少ない。


「ディル!」


行き先の定まらない血走った碧い目を揺らして少女は走る。


左耳の傍矢の風切り音。


その音に小さな肩はこわばった。


後ろに流れる木の幹その影から。その矢に魔力込められた痕跡なし。矢は少女の頭を右後ろから貫くように、左へと森の深みに消える。


こわばった肩は緩みで下がった。


「ディル!」


再び左耳に風切り音。


矢は左手斜め前の大木に突き立った。


その一瞬、矢じり近くに箱のようなものを碧い瞳は捉える。


爆発。


矢を中心にして広がった、あらゆるものをなぎ倒す熱風が少女を覆う。それに付いていた箱のようなものから金属片飛び散り、少女は背中を地面に打ち付け横たわる。


(痛い痛い痛い!)


少女は光を失った。体から熱が流れていく。耳は体から離れたように音沙汰ない。


前方に圧迫感のある気配五つ、走る速度で近づいている。


少女の細く白い喉は血を吐くように震えた。


「ディル!」


少女は小さな足音を気配で捉えた。四つ足、両手に乗るその小動物。ねずみのような前歯を持ち、茶色の毛を持った、巻き尾を持つその生き物。それは気配をひそめ、少女と、その少女へ迫る五つの人影の間で止まった。


(ディル!)


粉々に砕けた顎は動かすにはためらわれた。


胸の内で名を呼ばれた木ねずみ、ディルはその巻き尾を伸ばし、先端に魔力、黄緑の刃を宿す。少女はそこにありったけの魔力を重ねがけする。


爆発によって裂けた少女の頬から血にじむ涙が落ちた。


そして木ねずみの。


一閃。


人影五人は腹から赤い血をじとり。

碧ににじむ涙のしずくは再び頬の崖から落ち。


一閃。


血肉が飛沫にはじけ飛ぶ。


一閃。


影は分たれふたつ。


はらわたと碧の涙しずくは同時にびしゃり跳ねた。


「はあ、はあ、はあ」


剣眉の少女は、体の熱を目へ集める。


黒は晴れ、光は戻り始めた。


脊髄、体の芯は鋭い冷たさに鈍る。


(来るの………遅いよ)


顎がなくなったゆえに、正しい発音で慣れ親しんだ言葉を話すことができない。


開かれたまぶた、右横倒しの視界には近づいてくる茶色の木ねずみ一匹。


目の熱を体へ移し、分けるように左腕へ通してようやく動いた指先は、その木ねずみの横腹を撫でる。


美しさのあった白い腕。青黒く焼けただれていることが、少女の碧い目に映った。


心臓は一度押し固まるように内側へ強く脈打った。しかしこぼれるようにその緊張は弱まる。


"幸せでいたかっただけなのに。民とか、王冠とか、兄さまとか、姉さまとか何でもよかったのに。どうでもいいし何でもよかったのに。何もしてないのに"


木ねずみは背の曲がった二本足で立ち、鼻をむずむずと動かす。そのねずみの、人の赤子より小さいだらりとした両手が揺れた。


(いいなあディル。おまぬけさんだからなーんにもわかんなくて。フィリスなんで人間なんかに生まれちゃったんだろ。もー疲れた)


剣眉の少女は血走った目を閉じ、大きく息を吸う。


少女の、端に残った小さな唇のかけらは木ねずみへ向けて笑みを作った。


(痛たたたたた!)


少女の服、その胸部、腹部は水玉の血模様が浮かんでいる。


(じっとするのもつらいとか。どうしよ、ディル)


少女は目を開ける。


開けられたその目は暗く濁った。


そのとき。


まっすぐ飛ぶ傘のような杭槍。斜めに進んできたそれは木ねずみを串刺し、少女の腹に刺さってねじ込む。尾に付いた骨傘のような房は少女を固定した。房の爪は胸の下と下腹部に食い込んでいる。


(あ…………)


背中の骨が、半分削られたことを少女は感じた。


痛みは重い泥のように少女を浸透する。腹の中潰れた木ねずみだった肉塊から魔力奪って体を温めた。


くびれのある人影ひとつ、杭矢飛んできた方向から現れる。


少女はその人影の顔を、光薄れる目で眺めた。


(アウェンツ兄さま………楽にやってくださいよ)


「ハルフィリス殿下、失礼いたします」


少女の血走った碧い目は、人影を映している。革で作られた外套を纏い、短剣を右手に持つ男装のその影。見上げるそこからは、外套頭巾の日陰で暗くなった、ぶどう色の目が捉えられる。


"うーーーーんと遠い世界の端で静かに暮らすからそのまま帰りなさい。伝統とか何とでもなればいいし今なら見逃してもいい"


動かす顎がない少女は、仕方なく心の中、疲れた声で命乞いした。


近づく人影は膝を折り、左手に短剣を構え直す。


それを見つめていた時ふと、意識が逸れる。


少女は己のつむじ近くに小石触れていることに気が付いた。


その石の周りのみ米粒のような白い花が咲いている。


「巡る祝福御身にありますように」


ぶどう色の目をした人影は、軽く打ち込むかのように短剣を首元まで引き上げる。


少女はだらりとした腕に体の熱全てを込めて動かし、その小石を掴んだ。


瞬間、人影は右腕を伸ばし、手首砕くように少女の左手押さえた。


"痛い!"


「おやめいただけませんか。苦しいだけです。わたくしも、あなたも」


人影が手を止めたことに、少女は目を細める。


"家族がいるの?"


その目をみて、人影は口を開く。


「はい。わたくしを待つ家族がいます」


少女は口端と目線を下げ、庇護欲煽る顔を作った。


"そう。ならわたしが守ってあげる"


「ですが……申し訳ございません」


血走った碧い目は、どす黒く凍った。少女の心の中で、人影の首は飛び、顔は握り潰され、豆腐のように元の形が分からなくなった。


構えられた短剣はまっすぐ少女の額へ。


『気づいたね。ああそうだ石だよ』


その切っ先は、まるで止まったようにゆっくりと迫った。少女の頬伝う涙も同じように。


頭に短剣刺さった己を想像していた少女は、動かない体で心の中首をかしげる。


世界は灰色に止まった。


『そこだ、その石だよ。その石が話してる』


ほとんど止まったような進みの中、握った手を通して思念が流れ込んでいる。短剣と同じように動き鈍い顔に少女はひねくれた弱い笑み浮かべた。


(馬鹿じゃん)


『(君を)助けたい』


短剣は爪一枚分少女へ進んだ。


『そうされると傷つくな……悪い悪魔がささやいているんだ。ここはお約束通り、目の前の敵を殺せと命じるところじゃないか』


(知ってる。物語の悪役みんなそうやって主人公の仲間殺り返す)


『伝わってないのか。君を、助けたい』


(へんなの)


尖った先端はまた爪一枚分進んだ。


『いつでもいい。強く願うだけだ』


(願うだけでどうにかなるなら今頃布団の中で本読んでるし)


『きっと、それは叶う』


(…………………)


短剣は元の速さを取り戻す。切っ先は血で汚れた少女の額に触れた。



そして再び世界は灰に濁る。


『なーんちゃってびっくりした?叶うんだよ?その助けをする』


少女はその声で、怪しい石が腕組みしているのを幻視した。


濁った世界は澄んだ色に流れ出す。


少女は心の中でさえ、黙っていた。


『………………そうか』


短剣は少女の額に突き刺さった。その柄は額ぶつかるまで深く刺しこまれる。


石を掴んだ少女の指は緩んだ。


人影は右手で少女の額を押さえ、そこから短剣が引き抜かれる。白く綺麗な顔に、ぱっくりと割れた傷がひとつ。


刃には根のように細く張り付く碧い血と細かい脳みそのかけら。


その白い粒混じった碧い血がそこからどろり重く垂れた。


人影の肩が、吐く息とともに下へ、脱力したように落ちる。


人影は涙をこらえて、雲の輪郭を目線でなぞり始めた。


そうして四つ大きな輪郭をなぞり終えた時。


千切れかけている少女の右手は、石を握り込まされた。


少女のただれた左腕は熱帯び、蛇のように飛びついて人影の喉掴む。立ち上がった少女の目は、鈍い色で生気がなかった。


頭巾外套から覗く、その口端は食いしばる歯がむき出されている


爪食い込んだ喉。人影は少女の肘関節目掛け短剣を振るう。


それよりも早く、人影の喉笛はその細い左手に引きちぎられた。


少女の、千切れかけた手へと体の熱が集められる。断面から蒸発するようにあたたかさは漏れた。


死んだ心の中で、想像する。布切れ破くように人影の両腕を肩から根こそぎもぎ取ることを。


熱はまだあったが、太陽の熱はない。少女の体は冷え切った。


その碧い瞳は日陰に沈む。


死んだ目をしている少女は顔から倒れ込んだ。


「こはっこほっ」


人影は後ずさりながら立ち上がり、懐から厚手のなめらかな布を取り出す。剥された喉へそれを押し当てた。布は青く湿っていく。


碧い血を浴びた石は揺れるように振動し、少女の手から離れる。


『ああ………ほんとに』


両膝を付いてしゃがみ込む人影。


「こっほこほ…………すぅーはぁー」


外から塞がれた喉を通る空気は静かになっていく。


『そっくり。死んでも意地張るなんて。そして頭もいいし思いついたことをやるだけの度胸もある。(君を)ただ知っているだけなのに、誇らしいというか、自慢気な気持ちになる』


圧迫感ある巨大な気配。人影は喉塞ぎながら弾けたように振り返る。


そこには外套を纏い頭巾で顔隠す、肩幅の広い人影。


抜いた剣肩に担いだその人間は木々を突き破り、なぎ倒し、喉塞ぐ人影へ刃を斜めに振るう。


ぶどう色の目をした人影は、身をかがめて躱した。


『ほら起きて』


石は、うつ伏せに倒れる少女の胸元へ自らをねじ込む。熱帯びた石は冷え切った少女の体を、心臓通してあたためた。


血しぶきが木の葉を叩く音響く。


「あ……」


刃を避けた喉押さえる人影。しかし剣筋は止まることなく回るように動いて、追尾して人影を薙ぐ。刃はその腹を裂き、背骨、肺、肋骨を両断した。


『起きて。ここから(武器を)抜いて』


石の表面、広がるように黒い穴が現れる。


人影は、人間1人両断した勢いのままに剣を掲げ、剣眉の少女へ降り下ろした。


世界は灰色に濁る。落ちる刃は動きを止めた。


『まだ起きないつもり?』


石は、あたたかくなった少女のその左腕と右手、割れた額を治した。灰色の世界で、泡立つように肉は元の形と成す。


少女は心の中で目を開いた。


『契約しよう、(君の)願い叶えるために何でもする』


(言ったね)

『だから』


少女は石の穴へ左手を入れた。体の熱を、触れた肌通して送り込む。


引き抜くと同時、世界は澄み切った。少女の腹へ降り下ろされる剣は元の速さを取り戻す。


寝転がる少女の手には、三日月のような柄のない曲剣。それは振るわれた。


人影が降り下ろした剣は折れ、木々を飛び越えて見えなくなる。


残った刃で、少女の剣を受けた。しかし少女の刃は人影の胸板を裂く。


弧描く月の刃は大柄な人影を叩き飛ばした。


胸に傷を負った人影は木の幹に背中を打ち付け、直ちに立ち上がる。


少女は寝そべったまま碧い目でそれを眺めた。


人影は跳ねるように元来た道へ踵を返した。離れていくにつれ、存在感とその速度は小さくなる。


手に持った刃へ、少女は熱を注いだ。


伸びる刃。持ち手はそのままに、刃はその幅を大きく、その身を大きく。


刃は少女の丈三倍となった。


横倒れた体勢で、少女は地面に対し水平に斜め上へと薙ぐ。


風のような斬撃嵐のように吹き荒れた。


力が弾け飛ぶ轟音と飛ぶ首のように伐採されていく木々。


人影の命吹き飛ぶ気配。それに少女は笑みを浮かべてゆっくり頷く。


少女は射す日差しに目を細めた。


三日月のような剣は魔力の塵となり煙のように消える。


治っていた顎を動かす少女。


「疲れた…………」


石が右手から離れ、転がる。


『ふふ』


(うるさい)


『いや、少しね』


少女は目を閉じる。


(何なの。別にお前なんかいなくてもハルだけでどうにかなったし)


『その左手、違和感ないかい』


少女は重いまぶたを開け、左手開く。その手には、手首まで伸びた生命線のある、いつも通りの左手がある。


『穴に手を入れただろう。くくく、汚れてしまったね』


寝転がる少女は眉をひそめて、白く細い自らの腕近くに転がったその石をみつめる。


『その穴、尻の穴なんだ』


少女の瞳が白い点のように小さくなり、まぶたは目の裏にめり込むほど弾けて、持ち上がる。


少女は左手に魔力の小槌を生成し、石目掛けてそれを降り下ろした。


『ぐわあ!』


石はぷすぷすと煙を上げて土にめり込む。


『冗談だよ。尻の穴だったんだ』


少女は目尻を吊り上げるように石を睨み、魔力の小槌を降り下ろす。


石はまた沈み、火花散った。


『ぐは!う、嘘だよ。鼻の穴だ』


振り上げられる小槌。連打。


ガラスが割れるように地面は砕ける。空気は地震起きたように震えた。


『ぎゃ!待って耳の穴だよ。や!冗談冗談本当は尻の穴だ』


横に伏せていた少女は立ち上がり、光の天誅下すように冷たく石を見下ろす。


『待った!』


(何お前)


太陽の光降り注ぐ。


剣眉の少女のつむじを木陰の日差しが照らし、透けたように少女の目は太陽の碧空にきらめいた。


新芽のように土から顔をのぞかせた石は、肉の目を開けた。ひとつ、濁った灰色の瞳。


少女の目に映るのは、その色ではなく、腐ったりんごの色した茶の目。


『自己紹介もできないくらい(自分のこと)何も覚えてないんだよね。ただ……これは伝えられる』


石はまばたきひとつ。


『この石は精霊だよ、昔人の体に宿っていた』


剣眉の少女は顎上げるように石を見下ろす。


(嘘)


『嘘じゃない』


(嘘)


石はまばたき3回。


『(君祝福されているのか。バレてるじゃないか)しまったな』


(じゃあ何なの)


少女は小槌を突きつける。


『正直に言おう。人間だった。今は精霊』


少女は嗤うように鼻を鳴らす。


『何だい……?』


(いつ精霊が見分けられるって言った?尻の穴がある悪霊さん)


石のまぶたが閉じられると、そのまぶたは口のように歪み、人間のような歯を見せて笑い声をあげる。


『ああ……これは』


少女は耳を触る。耳飾りが千切れていることに気づいた。


壊れた耳飾りに代わって、少女の耳は気配の音を捉える。接近する、人間を思わせる気配三つ。


(ご苦労。さよなら)


少女は北へ向かって歩き出した。


石の瞳は、小さく遠くなる少女の背中をみつめる。


すると石は、糸につながれ引かれたように、少女の後頭部を直撃。


「痛った!」


『やあ』


少女は頭を抱えて振り返り、ぼとりと落ちた石を見つめる。


その碧い目は痛みで三重丸が浮かんだ。


少女は正面向いて歩みを再開する。


体捻って背後見た時、少女の鼻先端に石迫る。


太った腹のような二重顎になる程度、首を後ろへ傾けた少女。


追尾するように、石は少女の額に激突した。


「あう!」


右手が杭で貫通したときよりも強い痛み。少女は己の頭にあの石がもぐりこんだと錯覚した。


ぼとり石は落ちる。


『やあやあ』


まぶたの隙間からいぼだらけの舌を出す石。


「きも」


少女は背中を前にして進む。小槌を右手に生成し、じっと石を睨む。


うさぎのように脚を強く折りたたみ、強く跳ね、距離を取った。


一度、二度、三度。


石は再び少女へ向かって飛んでくる。


『やあやあやあ』


少女は腕重くしならせ小槌を右から左へ振るって石叩く。


吹き飛ぶ石。


木の幹をぶち抜いて石は飛び続ける。


見下すように鼻を鳴らす少女。


とんぼ返りをする石は、同じ木の幹穴を通って少女の額に激突した。


「ぎゃあ!」


『やあやあやあやあ』


ぼとり落ちる石。


少女はその石を、自らの魔力浸透させた金属板仕込まれている革靴で蹴り上げる。


巻き上がる土と雑草と共に斜め上へ飛ぶ石。


はっと少女は周りを見渡し耳を澄ます。


接近する気配は、様子を伺うように一定の距離を保っていた。


少女は全身に巡らせる魔力の循環を増加させる。


『やあやあやあやあやあ』


斜め上から飛んできた石を、小槌は地面斜め下へ向かって叩きつけた。


稲妻走るようなひび割れ、石は地面にめり込む。


直後少女の足元かかと付近から土はむくり隆起。


少女は振り返りながら小槌を上から下へ振るった。


『やあやあやあやあやあやあ』


小槌、柄の部分に石が掠る。軌道逸れたそれは少女の耳たぶを叩いた。


通り抜ける石、戻ってくる石。


(うっざ)


少女は魔力の小槌を溶かすように消す。


歯を食いしばって痛みこらえ、少女は石を両手で掴んだ。


『やあやあやあやあやあやあやあ』


少女の白い鼻筋は嫌悪に皺寄せられる。


石は湖面跳ねるように右手で投げられた。


何もない場所、壁ぶつかったように石は戻ってくる。


少女は再び魔力の小槌を握りしめ、北へ向かって走り出した。






























石を叩いた。石を叩いた。石を叩いた。石を叩いた。石を叩いた。石を叩いた。


『やあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあ』


少女の碧い目は四重丸にうろたえた。


碧い血で汚れた青い黒髪は馬の尾のようにその速さゆえなびいてうねり、その速さゆえ石の飛ぶ様も比肩する。


矢の如く迫る石を、少女走る勢いそのままに回転しながら小槌で叩き払った。


砕ける小槌。


砕けるそれの真ん中から石は矢のように。


『やあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあ』


「ぎゃん!」


白く小さな額にぶち当たる石。


少女は足を止めてうずくまった。


乾いた碧い血で汚れたその小さな手は赤く腫れる額をこする。


石はころりと雑草の上に転がった。


(付きまとうな!)


少女の目は引っ張られる紐のように強く細まっている。


『話が違うな。契約したじゃないか』


少女は口を開きかけ、耳澄まして周囲を見回す。


『まだ名前を教えてもらっていない』


(もううるさい邪魔石タブネリュリ)


雑草の上、石は転がって少女の足元近く。


『石の名前はそれだ、邪魔石タブネリュリだ。さあ名前は?』


(うるさいってば)


少女の耳に、気配三つ。引き離されていたそれらは接近している。


(あれどうにかして)


北へ駆け出す少女。人の幅と同じ程度の木々の間突き進む。


『具体的にどうしていい?』


少女は額を両手で押さえながら石を睨む。


(自分で考えて)


石は三度、小刻みに揺れた。


少女は息を飲む。


気配は消えた。


少女の足が止まる。


(なにした)


『幸せにした』


「あ?」


威嚇するように下歯を僅か剝きだし、首をかしげる少女。


『君は何が好き?好きな事共有出来たら嬉しいだろう』


少女は気配があった方向、石から離れるように背後直線上を引き返す。


『やあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあ』


少女は魔力の小槌をとっさに生成し石を地面に叩きつける。


止まる少女の足。そこにはひとつの石があった。


その石を中心に、米粒のような花弁の花がじわじわと広がり始めている。


やがてその成長は止まった。


邪石タブネリお前」


少女は言葉を失う。


『この目見てもまだそんなこと言うつもりかな』


石はひとつ目を開く。その目は腐ったりんご色。


(何した)


『(君)誰[王様の]の子供?』


「わたしが話をしている」


少女は威圧するように魔力を漏れ出させた。


『今のでわかった。その目、怖がることなんてまるでいない。利用することすら考えてる。やっぱり王様の子だ』


(失せろ)


少女は北へ歩みを進める。


『それは意志に関わらずできない。そういう契約だ』


少女は歩きながら眉をひそめる。


『示した契約、あれは偽物。それに本当の話するはずだったのに君が切り上げたんだ』


唇を固く引き結んでいる少女は攻撃的な涼しい顔、その目に滝のような汗を流す。


『似てるなあ。そういうところ』


(誰に何が似てるの)


『知ってる人だよ。もう生きてないけどね』


少女は歩き続ける。


『死んだんだ。きっと寿命で』


離れる少女と石。


石は少女の後頭部めがけ飛ぶ。


(も〜〜やだうざいきもい)


『やあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあやあ』


少女は小槌生成し叩き落とす。


少女は剣を掲げるように両腕上げた。剣の形に魔力は収束。


落雷のようにそれは降り下ろされた。


斬撃の衝撃及ぶ範囲、重力が反転したように土の塊が浮かぶ。


『気は済んだかい』


石はまぶたを目のように歪めた。


「うざいんだってば。契約を破棄する」


『そう簡単に』


少女は糸を指に巻くように回し、引っ張る。


『破られるのか…………ますます君から高貴で懐かしい香りしてきたよ』


石は鼻のような穴を表面にふたつ開ける。


少女は吸わせるように土汚れ巻き上げて石を踏みつけた。


(さよなら)

『さすがだね』


少女は北へ歩く。


『贈り物用意してあげよう』


石は日差しに目を細め、閉じた。


『(君の)お兄さんお姉さんたちほんとに………だから(君だ)って何度も何度も』


落ちくぼんだ空洞の瞳。石はまぶたを唇のように動かし声を発する。それは理を変える力持った言葉。


「でもよかった」


何度も彼女は死んだけど結果的に生きる道を選んでくれた。


開けられるのは灰色に濁る瞳。


開く目覚めはおこったことを忘れさせる。


「なぜならすべては夢だった」




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