■ 星花草/月花草 ■
シエラへ
鶺鴒族の正室になるということは、鶺鴒族の繁栄に貢献するということ。
それはそれは名誉なことで、拒むような娘はまずいない。
嫁入りを告げられた妹も例に漏れず、輿入れを快諾した。
しかし、兄である私は反対した。
妹にお告げが降りた同じ日に、私の元にもお告げが降りた。
そして、それはとても許し難い内容だった。
少女の兄だからこそ、受け入れがたいことだった。
輿入れの前日、私は妹の手を掴んだ。
『私』を侵す痛みに歯を食い縛りながら、逃げる為に少女の手を掴んだ。
逃げながら考えた。
頭痛が鳴り響く頭で考えた。
考えながら気づいた。
増していく痛みが終に思考までも飲み込んだことに。
本能的に死を予感した。
気づいたときには、翼を捨てていた。
正気を取り戻したのは船の上でだった。
大海を彷徨う小さな小舟の上でだった。
妹を連れて逃れることに私は成功していたのだった。
私の頭を膝に乗せて妹は泣いていた。
翼を捨てたときに飛沫を上げ、滴り落ちた血は全て黒く変色し、乾き、多くが剥がれ堕ちていた。
痛みは無かった。『私』に食い込む痛みも、力ずくで翼を引き抜いた背中の痛みも、綺麗さっぱり消えていた。
ただ、体が鉛になったかのように力が入らず重たかった。
それでも力の入らない腕を持ち上げて流れる涙を拭った私を、妹は憐れみの瞳で見下ろしていた。
それで全てを悟った。
船には祈りが込められている。
無事に岸へと戻れるように、と。
消えゆく意識の中で私は船へと祈りを込めた。
妹を大陸へ逃してくれ、と。
鶺鴒族に選ばれた体は風へと変わるだろう。
髪の一筋残さず消えて無くなるだろう。
それで良い。風になれるのならそれで、良い。
鶺鴒の翼は多くの風に支えられている。その支えの一柱になれるのなら、悔いはしない。
鶺鴒族を裏切ったことも。
妹の幸せを見届けられないことも。
自分が死ぬことも。
未練も無い。
私は笑って死ぬだろう。
妹の翼を支える風になれるのなら、本望だ。
「シエラ、行きなさい。お前の翼はどこまでも自由だ」
シエラ――私の妹。
お前の枷は全て私が断ち切ろう。
シエラへ 了
(白い翼を持つ種族。鶺鴒族の妹へと向ける、とある兄の独白)
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