壊れたオルゴール(short)

Tempp @ぷかぷか

第1話

「ペゾイ、行こう。このゲートにはなかった」

『うん。でももう少し』

「駄目だ。時間だ。次に出る船は2ヶ月と6日後だ。乗らなければ時間が狂う」

『けれども次に来られるとすれば80年は先だ』


 オレグは僕の頭を撫でる。僕は諦め、文字を綴るのをやめた。

 僕が無理を言っているのはわかっている。けれどもそれは僕にとっても大切なことだ。声が欠けてから、随分経った。そしてその声が歌っていた歌を、もう思い出せない。

 僕が生まれてから随分と長い時間がたった。僕の生まれた帝国は、この宇宙のとても広い範囲を制圧している。遠く離れれば離れるほど、様々なものがずれていく。速度や、重力、様々な要因によって、遠く離れれば離れるほど、例えば時間の進み方などが相対的にズレていく。だからそれを調整するために、様々な尺度を刻んだ計測器である僕が本国と各所領を移動し、時間や重力や光といった様々な尺度を調整する。原始的な方法だけれど、その相対的な差異の調整にはこの方法がずっと使われている。

 この星系の首都にたどり着いたのは15日前で、僕は7日間この星系の尺度を調整し、残りの7日間は声を探した。僕の声は大昔に、こんな風に慌ただしく移動する中でどこかに落としてしまった。それ以来、僕は音程の調節ができない不完全な計測器になってしまった。

 今はオレグが僕の補助に単機能の音の調整器を持ち歩いている。


「ペゾイ。そのうち見つかる」

『そうかな。でもそれだって600年も前のことだ。もう見つからないかもしれない』

「見つからなくても大丈夫だよ。君の声の代わりの調整器は僕が持ち歩いているから」


 オレグは優秀な調整家だ。オレグが僕の代わりに調整器を作らなければ、そして僕の補助をしてくれなければ、欠陥品の僕はおそらく廃棄されていただろう。それに深く感謝しているけれど、そのせいでオルグは僕につきっきりになってしいる。だから早く見つけないと。


 ペゾイがずっとそう思っていることをオレグは十分に知っていて、そしてペゾイの完璧なオルゴールが二度と見つからないことも知っていた。

 オレグの調整の腕は随一のものだったし、ペゾイを調整できる腕を持つのもオレグぐらいだった。けれどもオレグはペゾイの音の美しさと完璧さにその自信は打ち砕かれ、そして一目惚れをした。だからそれを盗んで自ら補助に立候補し、決して見つからない所に声を隠した。つまり、自身が持つ調整器の中に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壊れたオルゴール(short) Tempp @ぷかぷか @Tempp

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ