第7話:お願いにゃんポーズ
「ほ、本題?」
しまった。思わず、素の声が出てしまった。
「血のデーモンを討伐するほどの実力を持つ、貴方達二人に依頼がありまして」
「は? そんなの断――」
「拒否権はありません。これは上からの命令です」
ぴしゃり、と俺の否定は斬られてしまった。マズい、会話の主導権を完全に向こうに握られてしまっている。
「いや、上って……俺は民間人だぞ」
「残念ながら、上はそう思ってはいませんよ。なんせ血のデーモンを討伐した人材ですから。貴方は気付いているかどうかは分かりませんが……各国の暗部や大手傭術士事務所が貴方を狙っていますよ。スカウト目的なのか、それとも身柄を拘束してその秘密を暴こうとしているのかまでは分かりませんが」
……うん。なんかそんな気はしてたよ。
「そういう意味で、貴方はなかなかに聡い。こんなビルに事務所を構えられると、
流石は第十三情報中隊、と言ったところか。
俺がわざわざ、こんな汚くてセキュリティガバガバなビルに事務所を構えている理由にすぐに気付きやがった。
例えばだが、もしこの事務所に襲撃をかけたら、間違いなくすぐに騒ぎになる。なんせ壁と天井が薄いせいで、上下左右の部屋に物音は筒抜けであり、特に下に住んでいるドルムはちょっとでもうるさくすると、すぐに怒鳴り込んできやがる。
さらに歓楽街が近いせいもあってか、闇医者、マフィア、喧嘩士……などなど、俺以外の住人もなかなかに頭おかしい連中が多く、なんとも愉快なビルとなっている。俺なら絶対にここに住んでいる連中には喧嘩は売らない。
一番賢いネズミは、虎の穴に住むネズミってことだ。
「たまたまだよ」
ま、その辺りの理由は後付けだけどね! 一番の理由はやはり馬鹿みたいに安い家賃だ。その分、ビルのオーナーには頭は上がらないが。
「ご謙遜を。まあでも、ここにいる限りはもう心配はないでしょう。なんせ我々がこうして直にやってきたのですから」
「ははーん、そういうことか」
なぜ第十三情報中隊の隊員がわざわざこうして訪ねてきたのか、というところに納得がいった。
これは言わば、今リアルタイムで俺を監視しているであろう連中全員へのアピールなのだ――〝我々が手を出した以上、横入するなら覚悟しろ〟、という。
俺、なんか一気に人気者になったな! 嫌な方向で!
「逆に言えば……我々次第で、貴方はどうにでもなるということです」
「脅し?」
「いいえ。お願いです」
「だったら、猫のポーズしながら、〝お願いにゃん〟って言ってもらわないとなあ……そういう風習が俺の故郷にあってさ。やっぱり伝統は俺みたいな若い連中が引き継いでいかないと」
あ、なぜかレーネさんから凄い殺気を感じるよ!
「依頼内容については、後日我々の施設にて説明します。今回は大規模作戦を想定していまして、貴方以外の傭術士や事務所にも声を掛けていますので」
「いや、お願いのポーズは?」
まだ粘る俺氏。クール系美女のお願いにゃんポーズを見れるなら、死ねる覚悟がある。
「斬りますよ?」
レーネが笑顔で抜刀。
そのあまりの速さに、その刃が俺の喉元に突きつけられたその瞬間まで気付かなかった。
間違いない。この人は間違いなく手練れで、すぐに手が出るタイプだ。
「斬ってもいいけど、厄介なことになると思うよ? 俺だって一応傭術士の端くれとして抵抗するし、そうなったら騒ぎになってアラ大変。交渉決裂したら……上官に叱られるかもねえ。そもそも、まだ底の見えない切り札を抱えてる俺に対して、そんな安易に武力行使してもいいのかにゃあ?」
なんて余裕ぶっこいて言っているが、内心はドキドキである。俺はいつか、自分の舌が原因で死ぬ気がする。
「貴方は本当に……はあ……分かりました」
「ん?」
「お、お願い……にゃん」
そう言って――
レーネは真顔で、青筋を額に浮かべながら猫のポーズをしたのだった。その瞬間を俺は密かに携帯端末で撮影しつつ、顎を撫でる。
「うーん……もうちょい可愛らしくできない? もっと子猫の気持ちになってさ! 媚びの精神が足りてないよ!?」
「殺す」
魔導剣が翻り、俺の首を刈ろうと音速で薙ぎ払われる。
あ、俺、死んだわ。
と思った瞬間、俺の右手が勝手に跳ね上がって、迫る刃を弾いた。
「……? 私の剣を弾いた?」
「あっぶねえ! 今本気で殺そうとしたろ!?」
当然、俺はレーネの剣には全く反応ができていなかった。だから俺の右手が跳ね上がったのも、一瞬だけ極薄の血刃を展開して剣を弾いたのも、全部メア子の仕業だろう。現に魔力がごっそり減った感覚がある。
「今のは……なるほど、まさかそれが貴方の切り札……?」
「何の事やら」
俺はとぼけるしかない。
「……まあいいでしょう。話は以上です。日時は追って連絡しますので、必ず来てくださいね。それと……紅茶、ありがとうございました」
まるで何事もなかったかのように、レーネが立ち上がり玄関へと向かっていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。その大規模作戦とやらは、何が対象なんだ。秘密主義のお前らが民間人まで駆り出すのってよっぽどだろ」
なんとかそれだけでも聞き出そうと、俺は慌てて立ち上がった。
そんな俺に、レーネは振り返りもせず扉を開け、背中を向けたままこう返したのだった。
「……そうですね、これだけは教えてあげます。討伐対象は東セザーラン州の古代遺跡、〝古アレイド城跡〟にてつい先日観測されたデーモンです。個体名〝王のデーモン〟――クラスは……
王のデーモン――そして血のデーモンと並ぶ、マックスヤバい奴である証である、智天級というクラス。
「それでは、また」
そうして、思わぬ来客はとんでもない置き土産を残して去っていったのだった。
これが――死闘と激闘の始まりであった。
〝デーモン狩りのデーモン〟の追憶 ~世界最弱の傭兵、世界の敵であるデーモンとなる。人間に戻りたければデーモンを狩れと言われたので、白兵戦最強の人外少女とバディを組むことに~ 虎戸リア @kcmoon1125
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