攻略の時間だ


 振るわれた一刀は、本来であれば脅威になりうることすら有り得なかった。

 最早、伝説としてしか語られない聖剣や、鍛え上げられた鋼の剣でもない。


 特殊な事情など一切ない、ただの粗雑な木刀。六階級どころか、二階級程度の火魔法でも炭に出来てしまうだろう。

 その程度の武器であった────弘法筆を選ばずとは言うが、流石にその域を超えている。


 ステラノーツ達からすれば玩具以下の、そこらの枯れ枝と大差ないような木刀。

 それが、ノクタルシアの作り上げた火の壁を、容易く打ち破った。


「────ッ、ラ・フラム・レイス!」


 けれども、ノクタルシアは、ただ打たれるままにはならなかった。

 先日のレティシアとの短い攻防で、彼女は飛躍的な成長を遂げていた──それこそ、思考の空白を、意図的に埋めてしまえるくらいには。


 既に頭角を現していた彼女の才能は、あの一瞬にも満たない戦闘でさえ、美しく磨かれていた。


 防御を破られ、回避が不可能であることを反射で理解したノクタルシアは、ただ杖を向ける。

 高速で振るわれる木刀をただ見据え、熱線を撃ち放った。


 その判断は的確だった。一点に凝縮した炎の光線は、下手な七階級の盾魔法ですら貫ける。

 これ以上ないほどに正しい選択──けれども、木刀それを振るっているのは、あのであることを、ノクタルシアは忘れていた。


 ただの一刀。ただの一振り。魔力が込められている訳でも無ければ、特別何かしらの力が働いている訳ではない。

 本当に、ただの素の身体能力。備わった能力を、十全に伸ばし切った、人としての最高峰。


 その一撃は、


「だから、甘いんだって。死ぬぞ? ノクタルシア」


 ゾッとするような声だった。普段、学校で聞くような、あの時前に立ってくれたような、安堵を伴う声音ではない。

 逆だ──あの時、レティシアに向けられていた殺意が、今はノクタルシア達に向けられている。


 冗談でも無ければ、取り繕ってつくられたものではないことが、ノクタルシアは肌で感じ取り、そのまま衝撃が身を貫いた。

 熱線が木刀を避けるようにして逸れ、一刀がノクタルシアの身体を吹き飛ばした。


「テラ・トゥルエノ・ブーストッ!」

「ん、この前より速くなったな。ステラノーツ、ブーストの使い方が分かってきたか?」


 魔法には、四つある属性のほかに、八つの種類が存在する。

 例えば、レイスは光線。ブラストは砲撃。シルドは盾と言ったように。


 ブーストは、その内の一つ。身体強化の魔法だった──雷の魔法トゥルエノを基にしたステラノーツは今や、音速にすら並んでいた。

 バチリと、雷音が響く。


「せんせーの、アドバイスのお陰かな~?」

「そりゃ教師冥利に尽きる──でも、。さ、どうする? ステラノーツ」

「なぁっ、ちょ、うっそ~!?」


 ほとんど雷と同化したと言っても良いステラノーツより早く、木刀は振るわれる。

 辛うじて回避したステラノーツに、追い縋るようにイサナは踏み込んできた。


(うそ──嘘嘘嘘! 有り得ないでしょ~!? せんせーは今魔法が……魔力が使えないのに! 素の身体能力で、こんなのって……!?)


 そう、有り得ない。どれだけ鍛えようとも、普通であれば、人間が音速に迫るなんて無茶苦茶は通らない。

 ──しかし、その男は勇者であった。道理を蹴り飛ばして無理を通す、そういった人種。


 かつて、最後の勇者と呼ばれた少年の実力。その一端。

 それが向けられているという事実が、ステラノーツの肝を震わせた。


(死ぬ……殺す気だ。せんせー、冗談じゃないよ~)


 それが分かった上で、ステラノーツにはイサナが、手加減しているという事実に気付く。

 頬を掠める一撃が、見据えてくる眼差しが、未だに倒れ伏していない自分自身が、そのことを証明していた。


 それでも魂を直接撫でるような殺気が、半端なままでは殺すのも止む無しという、イサナの本心を感じ取らせていた。


「ジオ・トゥルエノ・レイス!」

「良い援護だ、セレナリオ。狙いは申し分ない……けど、威力が足りないな。この程度なら、もっと手数を増やした方が良い」

「かっ、は──」

「フィアちゃん!?」


 幾重にも重なり広がる雷の光線を、イサナはするりとすり抜ける。

 ついでと言わんばかりに振るわれた木刀が、しっかりとフィアを胴を捉えた。


 重々しい音が響く、けれどもフィアの小さな身体が吹き飛ぶことはなかった。


「うへ~、いったぁ……けど、捕まえたよ、せんせー」

「──氷魔法か。やるな、ステラノーツ」


 魔法とは、基本的に火、水、土、風の四つに分けられる。けれどもそれは、飽くまで基本に過ぎない。

 例外の雷を除き、魔法の属性は無限に広がっている──例えば、水と風の魔法を上手く織り交ぜれば、それは氷に変わると言ったように。


 無論、それは簡単なことではない。二つの属性を完璧な配分で織り交ぜるなど、魔法に近しい種族である妖精種であろうとも容易ではない。


 しかし、フィア・ステラノーツは天才である。美しい金髪が示すように、何よりも雷魔法を得意としながら、他の魔法も決して見劣りしない程度に扱う彼女は、間違いなく次代の魔法使いにほど近い少女だった。

 自身の胴体ごと木刀を、そしてイサナの手まで瞬時に凍らせた胆力は、称賛にすら値するだろう。


「テラ・フラム──」

「見事だ、だけど頼りすぎ。死を覚悟しろって、俺は言ったはずだぞ?」


 トン、とイサナが片手でフィアを押す。

 ただそれだけで、フィアの身体からは氷が剥がれ、今にも炎を撃ちだそうとしていたクララの方へと吹き飛んだ。


 不格好にフィアを抱き留めたクララごと、転がるようにして距離を空けた。

 瞬間、その距離は零になった。


「え──」


 軽い音と共に蹴り飛ばされた二人が、耐えきれずに宙を舞った。ちょうど、ノクタルシアと合流するように三人が集まる。

 それを見ながら”よいしょ”と軽い声と共に、イサナが着地した。


「さて、と、これで実力差は分かったよな? それじゃあ、これからは攻略の時間だ。何、対魔王戦の練習だと思え。俺も、俺が魔王だと思って、殺す気で行くからよ」


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俺は魔王を倒せなかった。 渡路 @Nyaaan

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