気合入れてけよ



「ま、そういうことだから、なるべく頑張って生き残れ。以上!」

「ちょっと待ってくださいせんせー!? どういうことですか!?」

「どういうことも何も、言葉通りの意味なんだが……?」


 ユメルミア学園に用意された、やたらと広いグラウンド。

 四~五階級程度の魔法であれば、揺るぎすらしない作りとなっているそこは、模擬戦をする場としてはあまりにもちょうど良かった。


 というか多分、模擬戦を行うことを前提に作られた場所なのだと思う──そうでもなければ、ここまで強固な作りにする必要はない。

 俺が勇者であり、先生だとしても、内容を含めて、放課後この場をあっさりと借りれたことが、それを裏付けているようだった。


 眼前で、杖を構える生徒は三人。

 全員見知った生徒────つまりは生徒会。


 俺のリハビリも兼ねていることを考えれば、戦力的にはちょうど良いだろう。


「まあそう不安がるな、今回は聖剣は使わないから……つーか、使ったら今度こそ死にかねないからな、俺……」

「それはそれで、大丈夫なの~?」

「それはどっちの意味合いでの『大丈夫?』だ? ステラノーツ」


 相手として不足があるのではないか、なのか。

 それとも、それでもまだ、俺が強すぎるのではないか、なのか。


「当然、相手になるのかという意味合いだと思うけれど……」

「なら良かった、そのくらい強気でいてくれないと困る。お前たちには、次代の魔法使いになって欲しいっていう、期待があるんだからな」

「それなら尚更、私はイサナくんが心配なんですけど……」

「おい、セレナリオ。せんせーって呼べって言ったろうが! ちゃっかりそっちの呼び名で定着させようとするんじゃない!」


 油断も隙も無いとはこのことである。可愛らしくテヘペロとかしても許さないからな……!

 ちょうどいい機会だし、ここで一発ボコって先生としての威厳を取り戻すのはありかもしれなかった。


 いや、生徒をボコって取り戻した威厳に、どれほどの価値があるのかという話ではあるのだが……。

 どちらにせよボコらなければいけないのだから、まあ仕方ないよね! と自己弁護に近い言い訳を置くことにした。


「ま、でも、そんなことが言えるくらいリラックスしてるなら、前置きはいらなかったな。この模擬戦は授業じゃない──本気で殺す気で行くぞ、気を引き締めろ」 

「────ッ!」


 臨戦態勢へと入った三人を見据えて、柄を握りしめる。無論、握っているのは聖剣じゃない……どころか、刃すら付いていない木刀だった。

 模擬戦どころか、ただの練習用に作られた安物だ。


 だけど、それで十分にすぎるくらいだ。

 どうせ剣なんて、どれだけ素晴らしいものであろうとも、いずれ折れるものなのだから。


 結局のところ、使い手次第なのだ。

 聖剣だってそれは変わることはない。ただ、振るう者によって、剣はどれだけ生きるかが決まっている。


 この木刀の寿命は今日いっぱいだ──少なくとも、今日が終わるまでは折れることはない。俺が今、そう決めた。

 トン、と軽やかに土を蹴る。うん、今日のコンディションはそれなりだな。


「ラ・フラム・シルド!」

「お、的確だな。でも見立てが甘い、俺の移動速度はこの前見たばっかだろ? ステラノーツ」


 展開された炎の盾は、六階級の高等魔法である。

 ただの木刀であれば、むしろ触れた瞬間焼き尽くされるだろう──だから、判断としては的確だった。


 けれども致命的に間に合っていない。だいたい、武器が剣しかない戦士をここまで近づけた時点で、及第点には程遠かった。

 キュッと足を捻る。それだけで、炎の盾の裏側に回った。


「いいえ、これで正解なのよ、せんせー。ジオ・アクア・ランス!」

「残念、実は不正解なんだよな、これが」


 ノクタルシアの杖から鋭く放たれたのは、水で構成された幾本もの槍だった。

 五階級魔法──質を落とす代わりに、速度と量を上げたのだろう。


 選択自体としては悪くない。なるほど、これなら多少の油断だって、帳消しにできてしまうだろう。

 でも、既にここまで踏み込めた時点で、『多少』ではなかった


 迫りくる槍を、一本ずつ切っ先を当てて破壊する。そうするのに、俺は数瞬ほどもの時間を必要としない。

 粉砕された水の槍が、指向性を失ってその場に落ちる。


 バシャリと出来上がった水溜りに、間髪入れずに雷光が映った。


「テラ・トゥルエノ・ブラスト!」

「七階級──やるな、セレナリオ」


 言葉より早く、空から雷の砲撃は落ちてきた。

 逃げ場を与えない、面制圧の為に編み出された攻撃魔法──しかし、それはその範囲攻撃性ゆえに、脆いものでもある。


「気を付けろよ、

「な、あっ──?」


 バッサリと雷が真っ二つになって、その欠片がキラキラと舞った。

 勝利を──あるいは、そうでなくともダメージを見込んでいた三人と、改めて目が合う。


「お前ら、俺を嘗めすぎ……俺は勇者だぞ? 本気で、殺すからな。気合入れてけよ」


 言葉と共に、木刀を振るう。

 それは反射的に盾を作ったノクタルシアを、それごと叩き穿った。



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