ギャンブラー精神だと思うんだよな


 正直なことを言ってしまえば、誰を次代の『魔法使い』とするのかについて、俺は誰を選んでも大差ないなと思っていた。

 無論、ユメルミア学園の生徒は、誰もが高水準の魔法使いだ。それ自体はれっきとした事実であり、これまでシャリア達が積み上げてきたものは、全く無駄でなかったことの証明である。


 300年前にこれほどの魔法使いがこれだけいれば、魔物達との戦いそのものを変えられたと、そう思えるほどに彼女らは強い。

 けれども、その程度なのである。


 戦局を変えられたほどではないし、歴史を変えられたほどではない。


 最強と呼ぶほどでも、至高と呼ぶほどではない。贔屓目無しで優秀ではあると思うが、時代を変えられるほどではない。

 シャリアの後釜になれると思えるほどの生徒は、ざっと見ても見つかりはしなかった。


 というか、見つかる訳が無いのである。

 英雄は、平和な場所からは生まれることがない存在だ。


 追い詰められて追い詰められて、生と死の狭間に身を置かれ続けた者たちの中から、やがて奇跡みたいに生まれるたった一つの希望。

 シャリア・マルドゥークがそうだったように、俺がそうだったように。


 こういう育成機関だけで誕生しうる者というのは、きっとどれだけ条件が揃っていたとしても、きっと『その程度』でしかない。

 そしてそれを、シャリアや師匠が分かっていない訳がない──だから、これは本当に、土台でしかないのだろう。


 あるいは才能のあるなしを見極めるだけの、ただの篩でしかないのか。

 少なくとも、ユメルミア学園という場所は、英雄をそのものを生み出す場所ではないらしい。


 本当に言葉通り、見定めるところ。

 だから多分、俺に必要なのは──


「──ギャンブラー精神だと思うんだよな」

「また頭のおかしいことを言い出したなあ、少年。君はどうして時たまそういう、理屈に合わない意味不明なことを言い出すんだい?」

「嫌ですね、師匠。理屈には沿ってるって、いつも言っているでしょう」


 グラウンドで魔法の授業受ける生徒達を、ぼんやりと屋上から眺めながらそうぼやく。

 やれやれ、これだから思考の回転が足りないお婆ちゃんは困ったもんだぜ。


「おっと、思考には気を付けろよ? あんまりおいたがすぎると泣くからな、私は。それはそれは見事な号泣するぞ」

「脅し方が斜め下すぎるだろ……」


 しかも思考の自由が許されてなかった。クソッ、俺の人権が見当たらないぞ!


「ま、冗談は置いといて。実際、誰がどう覚醒するかは分からないでしょう? となればやっぱり、勘で選んで期待するしかない。そういう意味合いでだって言ってるんです」

「そりゃまた、世界を賭けた大博打だねぇ。勝算は見えてるのかい?」

「やだなあ、師匠。勝算が見えてたらギャンブルなんかしませんよ」


 そう、見えていたら徹底的に鍛え倒している。片鱗の一つでもあれば、それだけで十分すぎるくらいだ。 

 そして、それが見えていないからこそ、ギャンブルなのだ。


 人は追い詰められた時にこそ真価を発揮する──なんて過激な思考は持ち合わせてないが、追い詰められた時に乗り越えられる人と、そうでない人で二分されるとは思っていた。

 多くの人が乗り越えられなくて、だからこそ、乗り越えられた人にみな期待する。


 だからまずは、追い詰められなくてはならないのだと、そう思うのだ。


「それはそれで、前時代的な考えだねぇ」

「前時代的な人に育てられましたからね、仕方なくないですか?」

「シレッと私を攻撃するんじゃない……まあ、私もそう思うから、文句という訳ではないんだけどね」


 だけど、追い詰められる状況って、一体何をどうして作るつもりなんだい? と師匠が言った。その目は少し……いや、結構不安の色が灯っている。

 お前本当に何をしでかす気なんだよ、という意志がありありと伝わってくるようだった。


 俺への信用が無さすぎるだろ……。

 とてもではないが、修行と称して俺を千尋の谷蹴り落としたり、魔物の巣に放り投げた女とは思えなかった。


「ま、そんな難しいことはしませんよ。ただ、俺と本気で殺し合ってもらうだけです」

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