ああ、良いよ。
「まずはここですね、空島間を行き来する浮遊船の港! ちょうど船が来た時に来ると、他の空島の珍しいものが、ちょっとお安く買えるんですよ」
「おぉ、地元民っぽい知識。今日は来てないのか?」
「基本的に週一でしか来ないんです。今週は昨日来ていたので、次は来週ですね」
「そりゃ残念。中々会えるもんじゃなさそうだな」
「次はここ。この街のシンボル、ご存知イサナくんの銅像です!」
「ふんっ!」
「きゃぁ! ちょ、ちょっとイサナくん!? 急に銅像を殴るのはやめてください! 泣きます、シャリア校長が泣いちゃいますから!」
「あんな馬鹿泣かせとけ!」
「わー! 落ち着いて落ち着いて! ほら、深呼吸ですよ、イサナくん! ……もう、この銅像は特別なんですから、壊しちゃダメです」
「……一応聞くんだが、何がどう特別なんだ?」
「ここで告白したら、成功するってジンクスがあるんですっ」
「俺の銅像がラブコメで出てきそうな校庭に生えてる桜の木扱いされている!!?」
「ここは島区29。通称、捨てられた街です」
「何か急にスラム街みたいなのお出しされて震えてきたんだけど……」
「ふふ、大丈夫ですよ。ここは昔、空島に人が移住した際に使われていた場所で、今では誰も住んでません」
「絶対嘘だ……孤児の妖精とか、どっかから紛れ込んだ魔物が住んでそうだもん……。何かそれっぽい復讐ストーリー始まるところでしょこれ」
「妄想が豊かすぎませんか……? 大丈夫です、ここにあるのは私の秘密基地くらいですから」
「良いじゃん……そこは見せてくれたり?」
「もちろん、ダメですっ」
「お昼は私のお気に入りのカフェです。食事もそうですが、ここのコーヒーが好きなんですよね」
「…………なるほど」
「……? もしかしてイサナくん、コーヒー飲めなかったりしますか?」
「ま、ままままさかそんな訳ないだろ!? 俺は先生だぞ!」
「それはもう自白してるも同然なんですけど、イサナくん……ほら、ミルクあげますから」
「砂糖も三つ頼む。あとガムシロある?」
「めちゃくちゃ甘党じゃないですか!?」
「妖精王宮はここになります。ずっと昔は、軽々に近寄れなかったらしいですが、今ではそんなことはありません。イサナくんの銅像に並ぶ、この空島の名所ですね」
「えぇ、ちっっっさ……いや、小っちゃいな。前見た時は、大帝国の城くらいあったと思うんだけど」
「流石に300年前とは比べ物になりませんよ……ただでさえ、妖精種自体が少ないんですから」
「まあ、そりゃそうか。当時だって『こんなにデカくなくても良いんだよね。何なら馬小屋くらいが我的にちょうど良い』とか、ルスト爺さん言ってたし」
「ルスト爺さん……賢王ルスト様ですか!? そんな、権威の象徴とは一体……」
「カナリアに負けず劣らず、変な爺さんだったからな。退位したいが口癖だったし、王宮がカナリアに爆破された時は、腹抱えて笑ってた」
「あっ、ちょっ、イサナくん、それ以上はやめてください。私、歴代の王様の中で一番、ルスト様が好きなんです。イメージが、崩れます……!」
「えー、箸が持てなくて、フォークでラーメン食ってた爺さんって話しちゃダメか?」
「イーサーナーくんっ!」
わちゃわちゃと、文句を言ったり揶揄ったり、翻弄されたり引っ張られたりしながら、空島を見て回る。
思っていたよりはずっと小さな島で、けれども、昔から変わらない喧騒がそこにはあった。
そんな街を二人で歩いていれば、セレナリオの知らない一面が色々と見えてくる。
大人しくはあるものの、年相応に快活で、意外にもやんちゃなところがある。
パッと見、カフェで読書でもしながら休日を過ごしていそうな少女だと思ったのに、こうして一緒にいれば、街を散策する方が好きそうな少女であることが分かる。
そんなセレナリオの背中を追いながら、トントンと階段を登りきった。
ふわりとそよぐ風と、傾き始めた日の、赤い陽光が心地良い。
一応ながら設置されている手すりに、セレナリオが手をかける。
「そしてここが、この空島で最も高いところ。空島一帯を見渡せて、時を教えてくれる時計塔です」
「良い眺めだな……こうして見ると、意外と街並みも整理されてる」
多分、いざとなった時に避難しやすく、なおかつ防御を容易とする街をコンセプトに作ったのだろう。
だから、少しだけ物々しいが、それでもこうして俯瞰してみると、それなりに美しい街には見えた。
街並みから視線を外し、周りへと目を向ければ大小様々な小さな空島の群れ。
ただ本島の周りを漂っているだけのそれも、夕陽と相まって、誰かに装飾された飾りのようだった。
……うん、やっぱり見て回って良かった。
ここには俺が、守ろうとした人の営みが残っている。
大袈裟ではなく、未来へと積み重ね、紡ぎ続けられる、平和な日々がある。
それらが続いている限り、まだ滅びはしない。
守るものは、300年前から変わっていない。
だからこそ、次こそはちゃんと、守らなきゃいけないんだ。
「イサナくんは本当に、勇者様なんですね」
「今更だな……まあ、”様”を付けるほど、大層なもんでもないけど。負けたら戦士も勇者も、平民も貴族も変わらないからな」
「だけど、あの時の私にとって、イサナくんは、とても勇者様でした。御伽噺から出てきたような、理想の勇者様」
「あの時──ああ、レティシアの時」
そりゃ聖剣ブンブン振り回せるのは勇者の特権だからな。
最終的には情けない形に着陸したものの、あの姿を見せたのならば、そう思われても仕方ない。
本当なら、いつだって見るからに勇者! って感じの風格を纏いたいんだけどな。
それはもう、随分と昔に諦めた。俺がその辺の貫禄を得るには、もう数年は必要だ。
「──だから。だから、イサナくん。私を、連れて行ってはくれませんか。私は、貴方の傍で戦いたいです」
「ああ、良いよ。元よりそのつもりだったし」
「!?」
「何で言い出しっぺのそっちが驚いてんだよ……まあ、今のままじゃ当然、連れてはいけないけど」
普通に弱すぎるからな。でも、ポテンシャルは十二分にある。
思考を置き去りにしてでも、身体を動かせたのがそれを示していた。
「今すぐって訳じゃないけど、近い内に下に降りて、魔族を直接叩く。この島の真下を解放する……最終判断はその時だ。強くなれ、セレナリオ」
「い、良いんですか……?」
「だから何で不安げなんだよ……! 俺の正直度は90%だぞ」
「何ですか、それ」
ちょっと嘘が混じってるじゃないですか、とセレナリオが笑う。
遊び心はいつだって、ちょっとくらい持っていた方が良い。俺はそう教わったからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます