口説いてるんですか?



「あれ? そこにいるのは、もしかしてイサナくんじゃないですか?」

「お前ね、何回言わせるんだよ。そろそろちゃんと、せんせーって呼べ」


 いーやーですっ、とニコニコ満面の笑みを浮かべるのは、当然ながらセレナリオであった。

 多分、俺のことを先生として見てないんだろうな~ランキング、ぶっちぎりの一位を誇る、あのセレナリオである。


 あの常にふわふわっとした雰囲気を放っている、ステラノーツでさえ、俺のことはせんせーと呼ぶにも関わらずこれなのだから、めちゃくちゃに嘗められてるのが分かるというものだ。

 近寄りがたい先生と思われいるよりかは良いのかもしれないが、それはそれとして、距離が変に近いので改めて欲しかった。


「別に今は、学外なんですから良くないですか?」

「学外だろうが、学内だろうが、俺はユメルミア学園の先生で、セレナリオは生徒だろ」

「でもイサナくん、もうずっと学校休んでるじゃないですか」

「うっ……」


 先生として学園に通った日数、累計一日である。一日体験教師だったのかな? と思われても仕方のないレベルだった。

 しかもその翌日にぶっ倒れて入院してるしな。


 威厳とか欠片も存在する訳が無かった。

 仕方ない、か……。


「今日だけな。明日からは、俺も復帰するから、その時はせんせーと呼ぶように」

「はーい、イサナくーんっ」

「絶対分かってないやつの返事だなこれ……」


 明日からも元気良く「イサナくん!」と呼んでくるセレナリオの姿が目に見えるようだった。

 もしそうなったら全力で無視してやろう、と心に決める。


「ところでイサナくんは、本日はどうしてここに?」

「知っての通り、色々あって時間がなかったからな。都合よく休みだし、ちょっと見て回ろうかと思って」


 三つあるという空島の内の一つ。第一空島:本島。それがこの空島の正式名称だ。

 ユメルミア学園を中心に、それなりに活気のある街が広がっている。


 俺はそこに、一度も足を踏み入れたことがないわけではなく、師匠に学園まで案内された際には通過しているのだが、それでもそれだけだ。

 全く知らない街そのものである。


 ていうか俺は、空島に関して知っていることが本当に、全くと言って良いほど無いんだよな。 

 別に詳しく知る必要も無いとは思っているが、それでもざっくりとは知っておくべきだ。


 誰かを守る役目を演じるのならば、何を守るのかは知っておくべきだから。


「なるほど、つまりは観光しに来た……と」

「まあ、言っちゃえばそうだな。一日使い潰すつもりだったし」

「でしたら、イサナくんはラッキーですね」

「ラッキー?」


 何だかんだと、これまで観光の一つも出来ていなかったことを考えれば、むしろアンラッキーだと思うんだけど……。


「だって、こーんなに可愛らしい、案内人さんと出会えたんですから」

「……ははっ、なるほど。そりゃ確かにラッキーだ。でも、良いのか?」

「ええ、良いんです。私はただ散歩してただけですから、イサナくんの案内をした方が、ずーっと楽しいですよ」

「さいですか、それなら言葉に甘えようかな」


 実際のところ、案内をしてくれる人がいるというのは助かる。あてどなく彷徨うのも醍醐味ではあるが、それだけだと非効率的ではあるからな。

 それに、何だって基本的には、一人より二人の方が楽しいもんだ。


「あっ、でもちょっと待ってくださいね……うん。これで良し」

「何でまた帽子なんか……綺麗な髪してるんだから、見せりゃいいのに」

「何ですか、イサナくん。口説いてるんですか?」

「ばーか、ただの素直な感想だっての。ま、帽子姿も似合ってるよ」

「……やっぱり口説かれてませんかこれ!?」


 頬を赤く染めて言うセレナリオだった。顔を合わせてからこれまで、基本的に揶揄われてばかりだったので、意趣返しが出来て何よりだ。

 あんまり年上を揶揄うと碌なことにならないってことを、今の内に教えてやらないとだからな。


 いや、まあ、肉体年齢というか、主観的年齢としては、だいたい同じくらいであるのだが。

 経験値が違うからな。こちとら世界のあちこちを回り、色んな人と関わってきたのである。


 対人スキルで早々負けるわけにはいかない。


「それで? どこから案内してくれるんだ?」

「う、うぅ~、こうなったら、隅から隅まで巡って、ヘトヘトにさせますからねっ!」


 自然と俺の手を取ったセレナリオが、弾むように地を蹴った。

 いやちょっと待って俺まだ病み上がりで身体がついていかな──。


 


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