は?
「……一つ、聞きたいんだけど。何でアタシに聞くの? アタシは確かに王を務めたけれど、今はとっくに隠居した妖精よ。何なら、アンタが目覚めたって話も耳にしてないくらい、引き籠っていたまであるわ」
「妖精にとって、髪色は色んな意味を持つもんだろ。そこには誇りだったりも含まれる……それを染めるなんて発想をするのは、カナリアくらいしかいない」
髪色だけでなく、考え方や行動が突拍子もないことから、異端な妖精であることに定評があったカナリアである。
理由があれば、染めるくらいはやるだろうなという確信が、俺にはあった。
つーか、当時染めてたしな。虹色にしてた時期あっただろ。
いや、染めたら? って提案したのは俺なんだけど……。
前科一犯ついてるんだから、真っ先に疑うに決まってるんだよな。
むしろ他の妖精で、こんな尊厳破壊にも等しい発想してるやつがいたら見てみたいもんである。
「くっ……言い返せないのが癪ね。ええ、そーよ。アタシがルナの髪を染めたげたの、最初は上手くいかなくって、少しずつ染めたんだけどね」
「何でそんなことをした?」
「そう睨まないでくれる? 別にアタシだって、嫌がらせがしたくて、こんなことしてる訳じゃないんだから……妖精種はいい加減、髪色にこだわることをやめるべきなのよ」
ぐったりと、背もたれに体重を預け、諭すようにカナリアが言う。
その言葉は、以前にも──300年前にも聞いたことのある台詞だった。
いや、あれは願いだったか。
今のこれは、願いじゃなくて思想だ。
「もしかしたら、アンタは勘違いしてるかもしれないけどね、今の妖精種が二分になったって、大したことじゃないのよ。アタシの時とは違って、妖精種自体の数がグッと少なくなった。
当時の百分の一以下よ。一万もいない、少数種族だわ──それなのに、そんなに少なくなって、追い詰められてるのに、たかが髪色一つで対立してる。バカみたいじゃない?」
「まあ、それは俺も思うけど。だからと言って、滅茶苦茶にするってのは話が違うだろ」
「違うわ、滅茶苦茶にするんじゃないの。形を変えるのよ……少なくとも今くらいは、髪色なんて関係なしに、優秀な妖精が上に立つべきなんだから」
「ええ……じゃあ何? ノクタルシアを即位させた後に、実はずっと白髪でしたーってやんの?」
「まさか、そこまで露骨にルナにヘイトを背負わせたりはしないわよ。もっと上手くやるわ……方向性としては、あってるけどね」
無能の象徴である白髪が、王として問題なく機能することは、即ち髪色に特別性を見出す必要性が薄まることと同義だ。
もしそうなれば、妖精の髪色に込められている、『王の資格』は取り除かれるだろう。
そして、同時にそれは、誰かが誰かを迫害する可能性を、一つ潰すということでもある。
無色の妖精なんて因習を、この先に残さない一つの手段。
「いや、でもそれじゃあ、『王の資格』を無くすなら、この先どうするつもりなんだ?」
「一番望ましいのは選挙制にすることね。もちろん、これはアタシ個人の意見で、現実的に考えるなら、それこそ色んな妖精と集まって話すことになるでしょうけど」
少なくとも、髪色にこだわる時代は終わらせる。と、カナリア静かに断言した。
何か、思ってたより難しい話されてしまったな……と思った俺は、数十秒かけて今の話を噛み砕いた。
ふむ、なるほどな。
「……あれ? 何か意外と考えられてんな。絶対嘗めたこと考えてるから、グーパン叩きこもうと思ってたのに……」
「アンタはいつまでアタシを馬鹿だと思ってんのよ……300年経ってるのよ。短絡的だったところも、自覚できるくらいには丸くなったわよ」
「時間が人を変えるいい例だな。とてもじゃないが、権力への反抗で王宮を爆破した女とは思えねぇ……」
「いつの話してんのよ! 黒歴史なんだから、掘り起こすのやめなさい!」
若気の至りなのよ、アレは……! と頭を抱えるカナリアであったが、俺からすれば、結構最近のことである。
でもこいつにとっては300年前のことなんだよなあ、と思えば、少しだけ寂しかった。
「だけど悪いな、肯定はできない。つーか、そのノクタルシアが悩んでるんだから、先を見据える前に、そこを見てやるべきだろ」
「いや、ちょっと待って? アタシはルナが悩んでるとかいう話、知らないんだけど……」
「は?」
「は?」
互いに飛び出た疑問符がぶつかり合って、互いに「おい、こいつ何言ってんだ」という視線が、バチッとぶつかり合った。
え? ちょっと待って? そういうレベルで意思疎通できてないの? そんなデカい思想乗せといて?
俺の訝し気な目線を受けて、スッ……とカナリアが目を逸らす。
「……アタシ、最近ずっと引き籠ってたから」
「おい! 言い訳になってないぞ! 何だ、引き籠ってるって!」
「アタシはもうお婆ちゃんなのよ! 寝る時間が長くなってきたの!」
「嘘だーッ! お前は昔っから、放っておいたら朝から晩まで寝てる女だったろ!」
「最近は輪にかけてそうなのよ! ……いや、本当に。マジで、気付いたら二十時間くらい寝てるから」
「え、えぇ……それはもう病気だろ」
しかも微妙に言い訳になってないし。何も「それなら仕方ないなあ」感出てないからね?
むしろ「気合で起きとけよ」感が出ていた。
「……ちょっと、話し合うとするわ」
「そうしてくれ……ついでにステラノーツも呼べよ。お前のせいであいつも滅茶苦茶だ」
「うっ……ごめんなさい」
素直に頭を下げるカナリア。こういうところは素直なんだよな。
完全に生徒と保護者の間を取りなす教師みたいな絵面を練成してしまった俺は、「ふぅ」と息を吐く。
これで取り敢えず解決……と言うには、一歩目に過ぎないが、これ以上俺が口を出さなくても、特に問題はないだろう。
元より妖精種の問題だ。俺が首突っ込む方がおかしいんだよ。
「それじゃ、俺はもう行くかな」
「あら、少しくらいは積もる話も無いの?」
「今日はこの後、空島を見る予定を入れててな。ま、近い内にまた来るよ。カナリアお婆ちゃんの昔話には、その時付き合ってやる」
「アンタにお婆ちゃんって言われるの、凄い腹立つわね……」
「歳食ってキレやすくなったか?」
「アンタ、マジでぶん殴るわよ!?」
デリカシーってもんを思い出しなさい! と叫ぶカナリアから、逃げるように部屋を出る。
ついつい口が滑ってしまったが、それも肩の荷が一つ降りたせいだ、と自己弁護した。
悪い悪い、また今度な! と言い残して去っていく、イサナの後ろ姿が見えなくなるまで追ってから、カナリアは静かに息を吐く。
それからグッタリと、背を預けた。
「あー……キッツ。活動時間、大分削れてるわね」
ゆるゆるとした動きで、カナリアは胸に手をやる。そこにある黄金の紋様が、キラキラと光っていた。
彼女の胸元に刻まれた紋様の一つは、イサナが看破した通りの魔力の譲渡。
カナリアはその譲渡を、受ける側だ。無論、シャリアから。
そして同時に、カナリアはシャリアに、寿命を譲渡している。
魔力を譲渡されることによって伸びた寿命を、そのままシャリアに譲渡しているという形になる。
必然、カナリアの中に魔力と寿命がある時間というのは、刹那ほどしかない。
だから、カナリアは生きているのではない。
ただ、死んでいない時があるだけ。
眠りが長いのではなく、カナリアの肉体は、一日のほとんどを死んで過ごしている。
そして、ほんのわずかな数時間だけを、まるで生者のように生きていた。
「やることが多すぎんのよね……でも、もうちょっとだから、頑張らないと」
カナリアは、しかしそれを、誰かに強制されている訳ではない。
シャリアに脅され、このような契約を結んでいる訳ではない。
他ならぬ、カナリア自身が望んだことだ。
300年前に、イサナたちが負けたことを知ったその瞬間に、カナリアが決意して、カナリアから持ち掛けた話だ。
何故なら、カナリアには分かっていたから。この先、絶対にシャリア・マルドゥークという女は必要になると。
イサナ・シュリオルスという少年が、いつか必ず、立ち上がることを。
だって、カナリアにとって世界を救う勇者は、イサナ以外にいないのだから。
その為になるのなら、生死の狭間にいても良い。
「だから、きっと救ってね。アタシの勇者様」
カナリアは静かに目を閉じる。眠りの為ではなく、また死ぬために。
次に目覚めた時は、子供たちと話す時間を取らないとよね、なんてことを思いながら。
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