創作のエネルギー 🐅

上月くるを

創作のエネルギー 🐅





 一時期、功成り名遂げた人の自伝出版がブームになり、ほとほと閉口させられた。

 仕事の伝手を頼った人らから「贈呈」の朱印を押された上製本が送りつけられる。


 開封する前から憂うつになりながらも、開けないわけにもいかないから、開ける。

 大方は巻頭グラビアの一頁目にご本人の巨大な肖像写真がでんと掲載されている。

 

 やれやれとため息をつきながら、豪華なカラー口絵の会社や家族の写真を眺める。

 で、いよいよ本文であるが、十中八九は大盛りにした自慢話で目も当てられない。


 いくら速読でも一冊に三十分はかかり、それなりの感想を書くのに、また同程度。

 義理という言葉が恨めしくなるほど、窓あけの「書籍小包」が頻々と届けられた。

 

  


      📮




 以上が、いまなおヨウコさんが大の自伝ぎらいの所以であるが、日本では古来より自伝文化が盛んだったという司馬さん説を読み、少しだけ自伝観が変わったらしい。



 紀貫之『土佐日記』

 藤原道綱母『蜻蛉かげろう日記』

 和泉式部『日記』

 紫式部『日記』

 菅原孝標女ふじわらたかすえのむすめ『更級日記』

 山鹿素行やまがそこう『配所残筆』

 新井白石『折たく柴の記』



 分けても判官贔屓のヨウコさんの興味をいたく刺激したのは、徳川御三卿の名門に生まれながら妾腹ゆえの辛酸をなめ尽くしたという松平定信の『宇下人言うげのひとごと』だった。


 なんの苦労もない正室の嫡男に生まれ、底意地のわるい白い目も知らず、ちやほやされて育っていたなら、わざわざ面倒な筆を執ろうという気にはならなかったろう。




      💻




 これ、そのまま現代のカクヨム作家にも当てはまるよねとヨウコさんは思うのだ。

 なにもかもに恵まれて充足していたら、執筆のエネルギーは湧いて来ないだろう。


 噴出の出口を求めて犇めくものがあるからこそ、目の疲れ、肩の凝り、頭の疲れもなんのその、今日も朝から、あるいは、いつなんどきでもパソコンに向かうのでは?


 だれも読んでくれない自伝をひっそりと綴っていたむかしとちがい、ネット小説はアップさえしておけば、どこかのだれかが読んでくれる。松平定信氏に申し訳ない。




      📚




 余談だが、子沢山の惣領ゆえ上の学校に進ませてもらえなかったヨウコさんの母は地方紙への投稿を趣味にしており、拙い筆ながら数か月ごとに読者欄に掲載された。


 晩年、ヨウコさんが「いままでの投稿を本にしてあげる」と申し出たが、最後まで固辞しつづけた。毀誉褒貶あったが、その一点においてはエラかったと思っている。




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