第79話 これからの関係。(一区切りとなります)




教室へ向かうまでの階段で、どう説明するかは、すでに話し合っていた。


とはいえ苦肉の策であるし、少なくとも快く迎えてもらえないことは分かりきっていたから、俺たちは扉の前で立ち止まる。


「……いいんだよね、日向」

「あぁ、もう覚悟は決めたからな。えっと……美夜」

「あは、照れるなぁやっぱり」


軽口を叩いてみても、不安は消えてくれない。だから凸凹埋め合うみたいに、俺たちは強く手を握り合う。


それから頷きあって、扉を開け放った。

一挙に視線が集まるとともに、教室内が大きくざわつく。


人気者で鳴らしている美夜ならいざ知らず、高校に上がってからはずっと日陰で息を潜めてきた俺だ。


動画や配信のようにまるで知らない相手ならいいが、クラスメイトにこうも注目を浴びる状況には全く慣れていない。


つい肩を窄めたくなるけれど、ここだけは堂々と振る舞わなくてはいけないのだ。


「…………な、美夜……! それって本当に……」

「う、嘘だろ!? 俺の細川さんが、あの存在感すらない奴と手を…………」


相変わらず都合の悪い地獄耳だ。


ちょっとのヒソヒソ声も、赤松が不満そうに舌打ちをかました音もばっちり聞こえる。


それでも俺は前を向き、美夜とともに教卓の前に立った。



見渡せば、約40名がこちらを興味津々に見ている。


…………なんだ、と正直にいえば拍子抜けした。


これくらい、別になんてことない。

たかが40人だ。動画に比べたら少なすぎるくらいである。


そう思えたのは、きっと美夜のおかげだ。この繋いだ手から、自信がわいてくる。


「みんな、聞いてくれ」


だから、俺から話を切り出す。


打ち合わせでは美夜から、と言う話だったけれど……それでは、さすがに格好がつかないというものだろう。


「俺、山名日向は、細川美夜とカップルチャンネルをやっている。……それから、真剣にお付き合いをしている!!」


教卓を一つ叩き、堂々と宣言してやった。


クラスメイト全員が唖然としたように、しんと静まり返る。

それでも、わずかに声がしたからおかしいと思ったら、教室の外から別クラスの連中までもが覗きにきていた。


これで学年、いや学校中の公開処刑になったわけだが、恥ずかしさやらは、もうとうに振り切れている。


「ほ、細川さん……お、脅されてんのか、どうしてこんな奴と!?」

「そうよ、どうしちゃったの美夜」


クラスメイトは、驚きや反感もあるのだろう。

やはり、俺のことはスルーして美夜に尋ねた。


おいおい、こんだけ立派に宣言しても無視されるのね、俺。

なんて思っていたら、彼女は俺の腕を取ると片足を上げて、抱きついてくる。


「…………なっ……」

「ちょっと黙っててよ、日向。ここからは私に任せて?」

「そういう問題じゃなくて、みんなの目の前でなんてこと――」

「いいんだよ。普段はもっと、もーっとくっついてるじゃん? みんな。この通りだよ!

 私は、細川美夜は。山名日向が大大大っ!!! 大好きなのっ!! 日向のためなら、この世の全部滅ぼせちゃうくらいには好きなの」


…………まいった、降参。


そう両手をあげたくなるくらい会心の一撃であった。



至近距離で狙い撃たれた弾に、心臓を的確に撃ち抜かれたみたいだ。

あと少し早まったら心臓が破れそうなくらい、鼓動が駆けていく。


耐性はついてきたと思っていたが、ここまでストレートに来られたら、たとえ言い訳のためだと分かっていても、思わず心が揺さぶられる。


こんなセリフがあるなんて、もちろん聞かされていなかった。


単に、『日夜カップルチャンネルがビジネスカップルであること』が世間に広まるとまずいから、いっそ本物のカップルで突き通そうとだけ決めていた。



なのに、これだ。


俺の振り絞った勇気を、細川美夜は軽々と超えてきた。

ほんと彼女にはいつまでも敵いそうにない。


「バカにする人は許さない。私の日向を傷つけたら、万死に値するよ! それから、私の日向に手出す女子がいたら絶対倒〜すっ!!」



…………だが、まぁズレてるよね、ほんと。



みんな俺のことなんて、どうとも思ってない。

燦然と輝く美少女たる美夜に、こんな冴えない彼氏がいたことに驚き、一部の者は嘆いてさえいるのだ。



そこで、授業開始のチャイムが鳴りわたる。


どうやら数学教師は、空気を読んで教室の外で待っていたらしい。恐る恐ると言った様子で扉を開けるので、俺たちは教卓から降りた。


美夜と離れたのは、やっとそこでのことだった。



授業が始まっても、教室の至る角度から胡乱な視線が俺へとよこされる。

落ちつかなさ、不快加減と言ったらないので、カーテンで机を覆い、全てをシャットアウトした。


しかし教科書を開くわけではなくて、ただ右手をまじまじと見つめる。

もちろん手相を気にしているのではなくて、ここに、いまだはっきり残る美夜の熱を想ってのことだ。


こうして一人の場所へ帰ってきたからこそ、実感する。


改めてとんでもない宣言をしてしまった。

正面突破の恋人宣言(しかも嘘)は、俺の優雅なぼっちライフを間違いなく脅かす。孤独だが安寧だった日々は、ゴールデンウィークをまたずして終わったと言えよう。



だが、不思議と後悔はない。

俺は美夜と今後もパートナーである未来を選んだのだ。


俺は右手を握り、美夜の熱をこぼさないよう持っていようと決める。だが、ちょうどスマホが震えるのですぐにポケットへを手を伸ばした。


『今回だけは負けたかも』


メッセージは、梨々子からのものだ。もちろん、


『あとでつぶさに、細かく、詳細に説明して』


こんな追い討ちも、彼女は忘れてくれない。


はいはい、とひとまずの返事をしようとしたら、またバイブレーション。

今度は美夜からだった。


『ありがとうね』


と、シンプルそのものだ。やっぱりメッセージでの彼女は実際よりずっと飾り気がない。一見冷たくも思えるが、それが本心ではないことは一番わかっているつもりだ。


迷ったすえに、先に美夜へと返事を打った。


『驚いたよ、さっきの。あそこまで好きって強調しなくてもよかったんじゃないの』

『あは、でしょ? でも、日向が先に仕掛けてきたんだからね。私だって、あんなふうにカレカノ宣言されるなんて聞いてなかったもの。

言いっこなしだよ。とりあえず、また今日からよろしくね、彼氏さん』

『あぁ、お手柔らかに頼むよ、彼女さん』


もちろん、本当の、ではない。

動画だけの関係から、学校での関係に発展したとはいえ、あくまで俺たちの関係は偽物というのは変わらない。


けれど、そこにある信頼はきっと本物だ。

そうであることは、手のひらの熱が教えてくれる。


だから、俺たちはまたここからやり直していくのだ。

ここからも、二人で。




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ここまでのご愛読ありがとうございました(続きは検討中)。

少しでも面白かった! と思ってくれた方は、よろしければ、お星様★★★をいただければ幸いです。

よろしくお願い申し上げます。


たかた

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クラスの誰にも靡かない美少女と擬似カップル配信者をやっているんだが、最近彼女の様子がどうもおかしい。 美夜さん、なんでくっついてくるの? 俺たちビジネスカップルだよな? 今カメラ回ってないですよ! たかた ちひろ @TigDora

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