最終話 ふたりの記念日
♪
レンガ造りの美しい正門をくぐり、創太がウイスキー蒸留場を丁寧に案内してくれる。彼の大きな背中にもたれかかりたくなるほど、安心感がある。しかし、周りの見物客に気づき、我に返る。
創太は大学で農学を勉強し、ピートの研究に励んでいた。彼の説明によると、工場は地元の人々が手伝って埋め立てた沼地に建てられたという。
「結奈、ここには五十年の歴史を持つヴィンテージもあるんだ」
「半世紀も寝てるの?」
良質なウイスキーはオーク樽で長期間熟成される。余市の里は、ウイスキー造りに最適な環境を備えている。
製造モデルを見ると、巨大なかまどでピートを焚き、大麦をいぶす仕組みがある。ゆっくり蒸溜することで、香り高いモルトが生まれる。
「ウイスキーって人気が廃れてたんじゃないの?」
「いや、今、日本の高級ウイスキーは世界から注目されているんだ」
ミュージアムのテイスティング・バーで、バーテンダーが私たちを見て微笑む。
「創太さん、素敵な彼女と一緒ですね。お似合いのカップルです」
顔を赤らめながらも、創太は落ち着いて注文する。
「マスター、とっておきの十年物のシングルカスクをストレートで」
シングルカスクは単一樽の原酒をボトリングしたもの。口に含むと、ほのかに花の香りがする。
「これは金木犀の香りだ。結奈はもう雪割草じゃない。大人の女性の花が咲いたんだ」
創太の言葉に心が温まる。彼の一途な想いが伝わってくる。
「俺の二度目の初恋や。もう一回、一緒にやり直そう。今日をリスタートの記念日にしよう」
彼のプロポーズのような言葉に、涙が溢れる。遠回りしたけれど、後悔はない。
今度こそ、創太と真剣な恋を育てていきたい。月明かりの下、亡き主人が微笑んで見守っているようだ。
〈完〉
「群青の運河」純愛の名のもとにふたつの星が届く 神崎 小太郎 @yoshi1449
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