第9話 この涙は何だろうか……


 ♪


「結奈、結奈ちゃんでしょう」


 その声に心が躍る。振り返ると、懐かしい顔がそこにあった。創太だ。日焼けした顔が、五年の時を経ても変わらぬ温かさを放っている。


「お兄ちゃん、元気そうやな」


「結奈とずっと会いたかったんや。でも、もう"お兄ちゃん"は卒業やろう」


 彼の言葉に、心の中で何かが響く。初恋の人は、もしかしてずっと創太だったのかもしれない。


「結婚式に行けなくてごめんな」


「しょうがないよ。東京は遠いもんね」


 花嫁衣裳を彼に見せたかった。幼い頃から憧れていた兄ちゃんに。今、彼が目の前にいて、涙がこぼれそうになる。


「大切な人が奪われるようで怖かったんや。旦那さんに何をするかわからんかった」


 彼の目にも涙が浮かんでいる。創太との日々は、いつも心の支えだった。なぜもっと早く気づかなかったのだろう。


「創太さん、こんな海で何してたの?」


「今日は仕事休みで釣りや。結奈こそ、どうしてここに?」


「蒸留場に行ったけど、予約してなくて……」


「相変わらずやなあ。でも、雪割草みたいでええやん」


 彼の言葉が、ずっと心に残っていた。


「俺に会いに来たんか? そうなら嬉しいけどな」


「本当は会いたかったんや」


 創太は携帯で何かを確認し、安心したように笑う。


 そして、彼に導かれるまま、再びパゴダ屋根の施設へと歩き始める。懐かしい日々を語りながら、夢の国へと向かう。


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