第8話 雪割草
♪
歩きながら、ふと創太のことを思い浮かべる。彼はいつも私を雪割草に例えた。
「結奈は、雪割草みたいな女の子や」
子供の頃からそう言われ続けてきた。花に詳しい彼に、少しずつ心惹かれていた。あの感情は一体何だったのだろう。
「雪割草って、見たことないよ」
「ああ……。北海道には生えてないんや」
「どんな花なの? かわいい?」
「うん、はにかみやさんだ」
厚い根雪の下でもじっと耐え、雪解けと共に咲く、小さくて薄いブルーの花だという。
「へえ、変わってる花やなあ……。もっと、おしゃまな花の方が好きや」
「けど、小さくてかわいいやろ」
「どうせ、結奈のこともそう思ってるのやろう。私だって女の子なんだから。二歳しか違わないのに、ああ、残念やわ……」
わざと拗ねて文句を言ったことがある。あのとき、彼は何も返事をしてくれなかった。恥ずかしかったのだろうか。私はただ、兄のように慕っていたから、がっかりしたのかもしれない。
創太はいつも私が泣くと、頭をポンポンしてくれた。あれは中学生までのことだった。本当はもっと続けてほしかった。
幼くて小さかったから、恋愛対象には見られなかったのかもしれない。今になって思えば、あの頃からの好意は少しずつ愛へと変わっていたのかもしれない。
もっと早く気づいていればよかった。
港に着くと、防波堤から冬の海をひとりで静かに眺める。マリンボートが白い波しぶきを上げながら沖へと進む。その光景に見とれていると、突然どこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。周りには釣り人しかいないはずだった。
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