羅生門の向こう側、霧中の〈明けの洛都〉にて稀なる桜を求めた男の運命は。

 この文は、藩侯への書状ではなく、自分の消息が知れなくなった場合の、家族への言伝である、という何やら深いわけがありそうな書き出しで始まるこの物語。

 藩侯というからには江戸時代……? でも異世界とはこれいかに……? と読み進めれば、豊葦原の豊葦国。やはりどこかで聞きなれた我が国の美称と共に語られるのは、〈明けの洛都〉と呼ばれる栄華栄耀を極めるこの国の首都。

 語り手は何かを求めてこの都にやって来た植木商で、名無しの七嗣、という明らかに怪しげな名を名乗った夜盗にとある依頼をしたようで——。

 かつての京の都によく似た、けれど少しずつ異相を示すその都で、艶やかに咲き誇る桜の花の描写の美しさにとにかく圧倒されてしまいます。けれどそれだけでなく、その桜に秘められたとある秘密を知ってしまうと、背筋がぞっと冷えていくような闇に引き込まれるのです。

 とにかく日本語の美しさ、そして小説ならではの描写にとっぷりと酔いしれることができ、それだけでは終わらない謎と魅力に満ちた物語。

 ぜひ縦読みで、じっくりとこの世界に浸っていただきたい一作です。