第45話 護衛団
この日は、その森に入る前に近くの村で、そこは盗賊がよく出るから気を付けてと言われていたので、警戒をしながら、なるべく森の中によくある、馬車が何度も通って草も生えなくなったあの道を外れないようにまっすぐ進んでいました。
野獣や鳥の声が一切聞こえないうえに、虫の鳴き声すら聞こえなかったので、気味が悪くなり早歩きを始めると、道の端の木の陰から尖がった帽子を被った、焦げ茶色の髪で弓兵のような恰好をした男の人がへらへらと笑いながら「やぁやぁお嬢さん」と言って、私の前を塞ぎました。
あっ、盗賊だなと思ったので、彼は何かを話していましたが、特に何も聞かず、詠唱を始めました。すると彼は「ちょ、ちょっと待て!おい!落ち着けって!」と命乞いをしながら手を上げました。
まあ、生憎私は盗賊の話を聞く気はないので、そのまま詠唱を完了し、氷の槍を彼に向けて放ちました。すると、先ほど彼が出てきた木の陰から、女性が飛び出してきました。動きにくそうな丈の長いローブと邪魔そうなつばの大きいとんがり帽子を被り、彼の前に立って、濁った透明の魔力障壁を出しました。あれは土の障壁ですね。
私の氷の槍が彼女の障壁に当たると、障壁は砕け、二人は後ろに吹き飛びました。正直、貫通して終わると思いましたが、盗賊程度に私の魔術が相殺されて驚いたというか、焦りました。
そのまま、追撃をしようと思った瞬間、女性が立ち上がり、体についた土を払っていた隣の男性の頭を殴りつけたんです。
最初は仲間割れかと思いましたが、女性が「何が客寄せは俺に任せろだ!」と言って男性のお腹に思い切り拳を叩き込みました。そして、お腹を殴られ前屈みになった男性の頭を掴み、顔に膝蹴りを入れていました。
そんな光景を見て少し引いていました
少しやりすぎでは、と思っていると女性がこちらを向き「うちのバカが申し訳ありません」と言って、ブンブンと何度も頭を下げてくるので、彼女の変わりようには驚きました。
「なんなんですか?」
私がそう聞くと、地面に倒れている男性が「うちは護衛団でねぇ…」と言いかけましたが、女性が彼の背中を踏みつけ「お前は黙ってろ!」と怒鳴りつけ、こちらを向きました。
「私はチューン、今見せた通り魔術師です、それでこのバカはジョンです」
チューンさんがそう言い終わると、ジョンさんは立ち上がり「チューンちゃんさぁ、暴力はやめようっていつも言ってるでしょ?ほら、お客さん引いてるよ?」とへらへらと笑いながら帽子を直し、服についた土を払いました。するとチューンさんはジョンさんの脇をまあまあな強さで小突いてました。
ジョンさんはわき腹を撫でながら口を開くと「ええ、では改めて。俺たちはこの物騒なビンド森林の護衛団だ」と言い、それに続いてチューンさんが「それで、私が副団長で、これが団長です」と言いました。
その時私は、目の前で急に男の人がぼこぼこにされた後に、その人の方が地位が高いのを聞いて「はぁ…」としか返事ができませんでしたよ。
正直理解が追い付かないというかなんというか。
それで、ジョンさんが私に「アンタ…」と言いかけた瞬間、チェーンさんが不機嫌そうに大きく咳をすると、ジョンさんは急に物腰が柔らかくなって「えぇ、お客様はー護衛がね!いらなそうですね!」と言うので私は「まあ、はい」と何とも言えない返事を返しましたね。
そしたらジョンさんが「まあまあお客様、うちは他にも団員が居ましてね、会ってから考えてもらえないでしょうかぁ…」と、会った時とは違って、すんごく気持ち話し方でそう言ってきたので断ろうと思ったんですが、横に居たチューンさんが「どうか、お願いします」と深々と頭を下げるので、顔を見るだけと思って二人についていきました。
あ、もちろんジョンさんは頭は下げてなかったですね。
**二人の案内で道を外れ、しばらく歩いて草むらを抜けると、小さな馬車が目に入りました。そして、その馬車の傍らで、大男がフードを被った少女を肩車して楽しそうに走り回っている光景を見て、少しだけ驚きました。**
本当にこんな人たちで護衛できるのかと思っていると、チューンさんが「カンパ!トクリ!お客さん!」と怒鳴りました。正直、客の真横で言うかなと思いましたね。
それで、チューンさんの声で私たちに気が付いた二人は元気よく返事をすると、びしっと馬車の前に並びました。
私は馬車の前に案内され、二人の前に立つとジョンが「こっちのデカいのがカンパ、タンク役兼荷物持ち。あと道を塞いでる倒木とか岩とかを除けてくれる。それでこっちのちっこいのがトクリ、偵察索敵追跡、あと暗殺とかをやってくれる」と彼らを指さしながら言いました。
二人は「よろしくお願いします!」と頭を下げ、なんだか護衛を頼む流れになってるのが気になりましたが、私もとりあえず頭を下げておきました。
挨拶を終え、私が頼むつもりはないと伝えると、四人とも見るからに残念そうな顔をしました。少しの沈黙の後、ジョンさんがトクリちゃんに近づき、彼女を抱き上げてフードを外しました。
フードの中からは想像より幼い少女の顔が姿が現れ、私は思わず「かわいい…」と口からこぼれてしまいました。するとジョンさんは彼女に頬ずりをして「そうだろぉ、こいつはうちのお姫様なんだ」と言って優しく頭を撫でました。
確かにお姫様みたいにさらさらした髪で、とてもかわいいと思って彼女を見ていると、トクリちゃんは死んだ魚のような目で空を見つめ「刺すぞ」と一言だけ、可愛らしいの声で言いました。するとジョンさんは何も言わずに静かに彼女を地面に下しました。
下されたトクリちゃんは「一応私が最年長なんだから敬えよ」と、と言いながらフードを被りました。すると、ジョンさんはポケットに手を入れ、背中を丸めて彼女の顔に自分の顔を近づけると「年長さんなのに肩車されてはしゃいでるんですかぁ?」と煽りました。ジョンさんの煽りに答えるようにトクリちゃんは「刺す」と言って、どこからか出したナイフを両手に握りしめ、彼に飛び掛かりましたが、空中でカンパさんの大きな手が彼女を摘まみ上げました。
それで、ジョンさんは安全だとわかったらまた煽り始め、トクリちゃんはあんな幼い可愛い子がしてはいけないような血走った目をしながら、空中でビュンビュンとナイフを振り続けていました。
そんなトクリちゃん見てジョンさんがさらに煽ると、チューンさんが後ろから彼の頭を殴りつけ「いい加減にしなさい」と怒鳴りつけました。
この時私は、こんな感じの四人を見て、楽しそうで、幸せそうで、羨ましいなって思っちゃいました。数年前に一人になってから、もう誰かと旅なんてしたくないって思ってましたが、この時にまた誰かと旅がしたくなりましたね。
彼らを旅には誘えないし、そんなことを思っちゃった私はもう少しこの幸せを感じていたくなったので護衛じゃなく、案内を頼みました。すると、四人はピタッと動かなくなり、私を見つめました。そして、ジョンさんがチューンさんに馬乗りにされながら「本当に依頼してくれるのか…」と不安そうな声で言うので、私は笑いながら「はい、お願いします」と言いました。すると、さっきまで喧嘩していた四人は久しぶりの客だと抱き合いながら喜んでいました。
その後、彼らと共に馬車に乗り、私は久しぶりの人肌を感じながら森の中を走り抜けました。
エルフ旅行記 海埜水雲 @kouhuu
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