第44話 面倒な騎士 その2

試合した結果は、彼女は驚くほど弱く、手加減しているせいでもなさそうでした。


「キャロル!やっぱり普通の剣じゃ無理か!」


という声が、歓声に交じって聞こえ、彼女の普段使っている剣じゃないからかと納得しましたが、あそこまで弱くなるのはごく稀ですね。昔の知り合いに短剣じゃないとまともに戦えない人が居ましたが、ここまで弱くはありませんでした。


息を切らし、膝に手をついているキャロルに私が「もうやめますか?」と優しく尋ねると、キャロルは「まだまだ~」と言って、腰から剣を…いや、剣というより矢のような、棒の先に返しのついた尖がった刃が付いている、小さな槍のようなものを抜きました。


「ヒャッキ!起きて!」


キャロルはその矢のような形の剣を掲げ、そう叫びました。


正直、最初は何を言っているんだ? と思いましたが少しの沈黙の後、キャロルの持つそれが、性格の悪そうな狐の顔をしたおじさんのような声で「うるせぇえなぁあ!」と大きな声で怒鳴ったんです。


それで私は思わず「え?」と、言葉を漏らしてしまいました。


そんな私をよそに、キャロルとその「ヒャッキ」と呼ばれてい剣は会話を始めました。


「なぁんだぁ?キャロル、まさかこんな小娘相手に俺を抜きやがったのかぁ?あぁ?」


キャロルはそう文句を言うヒャッキを見ながら「久しぶりだよ、こんなに強い人」と今までと違い、別人のような真面目な表情で言いました。するとヒャッキがギラリと光り「ほう…」と言うので、目もない剣に睨まれているような感覚になりました。


そしてヒャッキが「まあ、死なない程度に遊んでやるよ」と笑いながら言うと、キャロルがヒャッキで目の前の空中をひゅんひゅんと音を立てながら切りつけ始めました。何を始めたんだ?と思っていると、その切った場所にキラキラと光る線が浮かび上がりました。魔力を感じ何か嫌な予感がしたので数歩後ろに下がった瞬間、その線が爆発し土煙の中からキャロルがヒャッキを前に構えて現れました。


随分と凝ったことをするなと思っていると、キャロルがニッと笑い「さあ、やろうか!」と言って、急に私に切りかかってきたので、私は咄嗟に懐に入れていたナイフを抜き、ヒャッキを受け止めました。


するとヒャッキが「そんなちっこいナイフで戦えるのか?ぎゃははは!」と私を馬鹿にするように笑うと、ナイフ越しに微かに振動を感じました。このまま頭の矢じりごと切り落としてやろうかと思った瞬間、ヒャッキがキャロルに「今すぐ離れろ」と叫ぶと、キャロルは地面を蹴り、大きく後ろに下がっていきました。


「どうしたヒャッキ!」


キャロルがそう言うと、ヒャッキは「ありゃ魔剣だ、絶対に受けるなよ。俺ごとぶった切られるぞ」とさっきの威勢とは大きく違い、少し焦ったような口調で彼女に忠告しました。


確かに私の魔剣は魔力を吸ったり込めたりして硬さを変えたり鋭さが増したり、伸ばしたり曲げたりできますが、もともと自分用じゃないので鉄を切ったり出来ないし、伸ばすのにも限界があります。


まあ…あの子が使えれば、もっと強くなるはずだったんですけどね。

おっと、脱線してしまいました。話を戻しましょう。


当然、私のナイフが魔剣だとも、仮に魔剣だとしても能力を知らなかったので驚くのは当たり前でしょう。どちらかというと、私は戦闘前に手の内を明かすような行動をする二人に驚くどころか、呆れていましたね。


そこからは、少しの間睨み合いが続いたので今度は私から仕掛けることにしました。ナイフを伸ばし、柔らかくして鞭のように変え、横から薙ぎ払うように振り、二人に当たる寸前で硬く戻しました。


しかし彼女は腐っても騎士で、私のナイフをヒャッキの爆風で弾き、その爆風で上に高く飛ぶと、まさかの空中であの光る線を出し、また爆風を利用してそのまま斜め下の私に突進してきたんですよ、正直驚きました。おそらく私のナイフが戻すのに時間がかかると思ったのでしょう。


当然のように私はナイフを戻し、突進してくるキャロルの突きを弾くと、彼女は私に弾かれたヒャッキを持つ腕を上げながら、引きつった笑顔で「嘘だろ」と言いたげな顔をしていました。


私はそろそろ終わらそうとキャロルの懐に入り、お腹の前に手をかざし、風の魔術で彼女の大好きな大爆発を起こしました。すると彼女は驚いたことに私の手と彼女のお腹の前にヒャッキを通し地面に突き刺すとヒャッキの爆発で私の爆風を相殺までとはいきませんが、後ろの壁にめり込ませるくらいのつもりで放った魔術を、大きく宙を舞い着地できるくらいには威力を落とされました。


魔力で起こした爆風特有の冷たい風が辺りに広がり、武器棚や積まれていた藁人形が倒れ、周りの兵士たちが口々に「すごい魔術だ」とか「あんなの初めて見た」と動揺し始めました。


そして静かに着地をしたキャロルは微笑みながらその狩りをする狼のような鋭い目つきで私を睨みつけていました


「マチ、本当に強いね、化け物みたいだ」


「貴方に言われたくないですよ」


そんな風にお互いの強さを称え合った後、いざ再戦!と思った瞬間「キャロル!」と鼓膜が揺れるほどの大きな声が訓練場に響き、声の方を振り向くと、耳まで続く白い立派な髭を蓄えた、見上げるほど巨大な老人が兵士と同じ、貝の裏側のような鎧を着て、熊の頭の形をした兜を小脇に抱え、私が引きずられて入ってきた入口に立っていました。彼を見たキャロル以外の兵士たちは一斉に跪き、熊のような彼に頭を下げました。


「おいキャロル!また旅人をスカウトだの言って騒いで!しかも今回は魔剣まで使いおって!国中に爆発の音が響いてるんだぞ!」


そう言いながら彼はゆっくりと歩みを進めキャロルに詰め寄りました。するとキャロルは「違うんだって!この人!すっごく強くて!ヒャッキですら…」といつの間にか鞘に納められたヒャッキを指さし、話を続けようとした瞬間、大きな拳がキャロルの脳天に向かって落ち「だってもくそもあるか!まったく、お前はいつも面倒ごとを増やしおって…」と大男は言いながら頭を抱え左右に振りながら大きく息を吐いた。


そんな説教されているキャロルを見て私が呆然としていると、大男は私の方を振り返り跪きました。それでも彼の頭は見上げなければならない位置にあったので首が痛かったです。


私の前に跪いた彼は小さく一礼をすると口を開き「私の名はラーホ、この国の王であり、キャロルの父です。この度はこのバカ娘が無礼を働いてしまい申し訳ない」と言って深々と頭を下げてくるので、私は焦ってそこまでしなくていいと伝えました。するとラーホは顔を上げ「ならせめて何かお詫びを」と言い始め、しばらく彼と押し問答が始まりました。


結局ラーホが折れ解散になろうとした時、キャロルが私をどうしても兵団に入れたいと駄々をこね始めると、ラーホは自分で勧誘しろと冷たくあしらいました。


するとキャロルが私に近づき、とびっきりの作った声で話しかけてきました。


「どう?うちの兵…」


「嫌です」


彼女の話を遮り私が一言だけそう言うと、その光景を見ていたラーホが「言い切る前に断られおって」と大笑いしていました。


「それでは、私はここで」


と言って私が去ろうとした時、後ろからキャロルのか細い声で「また戦おうね…」と聞こえましたが無視をして前に進むと、ヒャッキの声で「また来いよ」と小さく聞こえました。


その声に私は足を止め、振り向かずに「はい」と言って、後ろで喜ぶキャロルの声を聞きながら、暗くなった空の下を歩き始めました。



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