これは夫婦の、ひとつの山を越える物語。

まず、文句なしの良作です。

個人的な見解ですが、優れた文学というものには、必ず読者自身の身に引き寄せて考えさせる余地があると思います。
そして本作にはそれが十二分にある。
実子を持つ僕自身ですら、我が事としてその痛みをひしひしと感じる程に。

人工子宮というシステムを採用した社会ですから、SFと読み解いてもよいのでしょうね。そんな中でも絶えず残る「実子をもつ」という事に対するこだわり。
非情にセンシティブな題材ですが、それでも結末には――まるで子猫のにこ毛に触れているかのような、たよりなく、しかし、あたたかい読後感が待ち受けています。
一抹の、子猫に引っ掻かれた傷痕のような不安と痛みを包括した上で。

秀逸なのは、本作中に固有名詞が与えられているのは一人だけだと言う事。
そこに「これは誰しもに起こり得る問題である」という示唆があらわれていると読むのは、僕の穿ち過ぎでしょうか?

僕の言葉ではこの物語の良さは伝えきれないと思いますので、どうぞ、実際に味わってみてください。