最終話 悲劇の主人公になれない者たち
翌朝、学校に行くと、なんだか校内が騒々しかった。
教師たちが忙しそうに廊下を走り回っている。
普段は走っている生徒がいると「廊下は走らない!」と注意する癖に。
なんだなんだと思い、教室に入ると、こんな会話が聞こえてきた。
「沢野、自殺したらしいよ」
「えー、うそ、それでこんな騒がしいんだ」
「うん、昨夜、自宅の子供部屋で首吊っているのを沢野の母親が目撃したんだって。
部屋に遺書があって、そこにいじめてきたやつの名前が書いてあったとか」
「それじゃ、このクラス何人かやばくない?」
「やばいだろうねー」
沢野が自殺……。
そろそろ限界が来そうだと思ってはいたが、ついに、か。
沢野をいじめていた男子たちは青ざめた顔をしていた。
後に彼らは職員室に呼び出された。
この日の授業は、先生も生徒も集中を欠いていたように見えた。
次の日も、その次の日も。
深見はというと、ただつまらなそうな表情をしていた。
沢野が自殺してから一週間がたった。
この自殺の件はテレビで大々的に報道された。
学校にマスコミたちが殺到した。
いじめられたやつは世間から同情された。
いじめたやつはテレビでもちろん非難された。
ネットではいじめたやつが特定され始めた。
ちゃんと特定している人もいたが、間違えていじめに加わってないやつまで糾弾している人もいた。
なんだか世界が一気に騒々しくなった気がした。
月曜日、学校に行くと、休み明けだというのに、先生たちは疲れた顔をしていた。
担任の先生は、先週の木曜日から学校に来ていない。
どうやら遺書に担任の先生がなにもしてくれなかった、というようなことが書いてあったらしくて、テレビやネットで叩かれまくっているらしい。
それで精神的に病んでしまったようだ。
その穴埋めとして、四十代くらいの男の先生が木曜日から臨時の担任をしていた。
この先生も疲労困憊といったかんじの表情だった。
今この学校は不幸に満ちていた。
その日の昼休み、深見が俺の席まで来た。
「ねぇ、お昼、一緒に食べない?」
「どういう風の吹き回しだ?」
「今日はあなたと食べたい気分なのよ」
「べつにいいけど」
「教室以外の場所で食べましょう、ここだと注目されて食べづらいわ」
クラス中の視線が俺たちに集まっていた。
「え、あいつらもしかして付き合ってたりする?」「嘘だろ」「全然釣り合ってないじゃん」
て声が聞こえる。
悪いな、釣り合ってなくて、そもそも付き合ってないし。
「付き合ってたりする、だって。くすくす」
「何を笑ってる?」
「おかしくって、ふふふ、ねぇ、私たち、ほんとに付き合っちゃおうか?」
「冗談だろ?」
「はい、冗談です、だって、私があなたなんかと付き合うわけないじゃない」
「ほんといい性格してるよな、お前」
彼女は笑い続ける。この暗い雰囲気に包まれた学校でただ一人だけ明るい顔をしている。
おかしなやつだ、ほんとに。
「ところで、どこで飯を食うんだ?」
「それは着いてからのお楽しみというやつです」
片目を閉じていたずらっぽく微笑む彼女。
癪だが少しだけドキッとしてしまう。顔だけはかわいいからな、こいつ。
深見についていくこと数分、連れてこられたのは体育倉庫だった。
跳び箱やマットが乱雑に置かれている。
「ここなら誰も来ないわ」
深見は敷かれていた白いマットの上に座った。
俺も彼女と少し距離を開けて、マットの上に座る。
「あ、誰も来ないからって襲わないでね」
「襲うか!」
「まぁ、襲う勇気もないか、いらぬ心配だったね」
「黙れ」
俺と深見は弁当を食べ始めた。
時折、彼女は「それ、おいしそうね」と言って、俺のから揚げとか卵焼きとかを奪ってくる。
仕返しに俺もあいつのハンバーグを取ろうとしたが、寸前で躱されてしまった。
弁当を食べ終わった後、彼女に訊いてみた。
「なぁ、今日はなんで俺と弁当を二人きりで食べたんだ、わざわざこんなところで?」
「なんかね、あの教室でいつも食べてる人たちとご飯を食べたくなかったの」
「どうして?」
「最近あの人たち、くだらない話ばかりするんだもの」
「俺とお前が話していることもくだらない気がするが」
「あなたのくだらない話は笑えるからいいのよ」
「どういう意味だよ」
なんだか馬鹿にされてる感じだったので怒りを込めて言うが、彼女は意にも返さず笑みを浮かべる。
「ねぇ、今週の日曜日、二人で映画観に行きませんか? 観たい映画があるんです」
「それってデートか?」
「違います、あなたみたいな冴えない男子とデートなんてするわけないじゃないですか」
「ならなんで俺と?」
「その映画、バッドエンドらしいんです」
「これから見ようとする映画のネタバレすんなよ!」
「あ、ネタバレ嫌なタイプですか?」
「そりゃ嫌だよ、嫌じゃねぇやつのほうが少ねぇだろ、ていうかなんでバッドエンドだと俺と一緒に観に行くことになるんだよ」
「見ていて暗い気分になる映画は明るい人じゃなくて、暗い人と見たほうが楽しめるかなって」
「なんだそれ」
「私の友達って明るい人しかいませんし、それならあなたと見に行ってあげようかなって」
「上から目線だな、おい」
「上ですもん」
「ふざけんな、俺とおまえは対等だ」
「え!?」
「驚くなよ」
「だって、あなた本気で私と対等だと思ってるんですか? 美少女でちやほやされてる私と、休み時間は寝てるふりして過ごしているあなたが!?」
「うるせぇ」
「まぁいいです、とにかく、私と観に行くんですか、行かないんですか?」
「行くよ」
即答すると、にやっと彼女は小ばかにした笑みを浮かべる。
くそ、だっていくら相手がこいつだとしても、女子と映画観に行くとか初めてなんだよ。
だから少しくらい浮かれたってしかたないだろ?
そして日曜日、自分の最大限のおしゃれをしていった。
そうしたら、待ち合わせの時間に五分遅れてやってきた深見に笑われた。
「なんですかおしゃれしちゃって。デートだと思って浮かれちゃいましたか?」
「浮かれてねぇよ、お前だってけっこうおしゃれしてるじゃねぇか」
「私はいつも外ではこんな格好ですよ?」
「そうかい、なら俺だって外出時はいつもこんな格好してるかもよ?」
「いやそれはないでしょう」
「なんでそう言える?」
「じゃあ、高田君はいつもそんなおしゃれしてるんですか?」
「……してるよ」
「あ、間があった、図星なんですねー」
「うるせぇ、さっさと映画館行くぞ」
映画館へ行ってポップコーンや飲み物を買って、指定の席に着いた。
上映されると、お互い無言になった。
事前に深見から聞いていた通り、悲劇だった。
最初から最後まで救いがない内容。
なんで俺、こんな映画観ているんだろう?
きっとこの映画を見ている人の大半はそんな感情を抱くに違いない、そんな内容だった。
映画館を出た後、ファストフードのハンバーガー店に入った。
俺はてりやきバーガーのセット、彼女はエビフィレオのセットを頼んだ。
食べながら先ほど観た映画の話をした。
「あの映画、どう思いました?」
「胸糞悪い」
「同感です」
彼女は口を大きく開けてハンバーガーにかぶりついた後、「でも」と付け加えた。
「でも、なんだよ?」
「私、あの主人公を羨ましいと思ったんです。
他のキャラから憐れまれて、きっとこの映画を見たほとんどの人から悲しまれて、
私もいっそあれくらい不幸ならよかったのになって思ってしまったんです。そうしたら私もたくさん同情されたのに」
なぜ深見はこうなんだろう。
容姿がよくて、人気もあって、きっとほとんどの人から幸せな人だと思われているだろう、なのに彼女自身は全然幸福だと感じていない。相変わらず死に誘惑されている。
いや、だからこそなのかもしれない。
自分と周りのギャップにずっと苦しんでいるのかもしれない。
「なぁ、大勢の人から同情されるくらい不幸な人生を送っているあの映画の主人公と
周りから全く悲しまれないくそみたいな普通の人生を送っている俺、どっちがましなんだろうな?」
「さぁ」
「さぁって」
「あなたはどう思うんです?」
「俺か……」
俺もいっそ、あの映画の主人公くらい不幸ならよかった。
そうしたら、もっとみんなから同情されたのに。
もっと自分をかわいそうな奴だと思えたのに。
「その顔、なんとなくあなたが今考えていることがわかりますよ」
「わかっちゃったか」
「ええ、わかっちゃいました」
俺が笑うと、彼女も笑った。
周りから俺たちはどう思われているだろう?
幸せそうなカップルだと、見られているのだろうか?
いつのまにか、俺も彼女も食べ終わっていた。
彼女は口元をティッシュで拭いて、事も無げに言う。
「死にましょう、二人で」
「ああ、そうだな、死のう」
ついに俺は頷いてしまった。
まぁいっか、と思った。どうせこれから先なにもないんだし。
次の日、俺たちは学校をさぼった。
だって、どうせ今日死ぬんだ。真面目に学校に通ってなんになる。
朝、制服を着て、学校に行くふりをして、待ち合わせしていた駅で深見と合流して、駅のトイレで私服に着替えて、街へ駆け出した。
カラオケに行った。
深見は歌があんまりうまくなかった。
へたくそと笑ったら、じゃあお前も歌ってみろと言われて歌ったら俺はもっとへただった。
彼女に爆笑された。
ボウリングへ行った。
実はボウリングは初めてだった。深見はやったことあるらしい。
全然うまくいかなかった。ガーターばかりだった。
俺が負けて彼女に笑われたけど、スコアに大差はなく、どんぐりの背比べだった。
服を見に行った。
買いもしないのに長時間うろつきまわって、試着をたくさんして、迷惑な客だったと思う。
他にもいろんな所へ行った。
遊べるだけ遊んだ。
気づいたら外は真っ暗になっていた。
「そろそろ死にますか」
と輝く星と半分欠けた月の下で深見が言う。
「ああ、そうだな、あ、でも」
「でも?」
「もう何も食べられなくなるんだからさ、うまいものたらふく食おうぜ」
「いいですね」
俺たちはコンビニへ行って、それぞれ好きなものを好きなだけ買った。
そしてコンビニを出て、学校の屋上へ行った。
風が強く吹く屋上で、俺と彼女は隣り合って座って、先ほどコンビニで買った物を食べ始めた。
「最後の晩餐がコンビニで買ったごはんですか……はぁ」
「いいじゃないか、うまいぜ、コンビニの弁当やパン」
「そうですね、最近のコンビニのスイーツは確かにおいしいです、うん、おいしい」
深見はプリンを食べてうんうんと頷く。
お互い全財産をコンビニで使い果たした。
だってこれで最後だし。お金を残したってしょうがない。
「プリンおいしいなぁ、死んだらもう食べられなくなるんですね」
「そうだな」
「また食べたいなぁ」
と深見は呟いた。
彼女の目からは涙が流れていた。
「あれ、どうして私、泣いているんでしょう? あれ、あれれ?」
彼女は目を袖で何度も拭う。
俺はぷっと吹き出してしまった。
「なんですか、なんでそんなに笑っているんですか?」
「笑えるじゃないか、食い意地のはっているお前を見て、笑えないわけがない」
「なんですか、まったくもう、怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃないか」
ああ、でも、俺もお前と同じだ。
このから揚げ棒をまた食べたい、なんて思ってしまった。
それだけでやっぱりまだ死ぬのはやめよう、なんて考えてしまった。
なんてくだらない。くだらなすぎる。
俺たちはなんて滑稽なんだろう。
「やっぱりさ、死ぬのはやめよう」
「なんでですか?」
「俺たちは生きることもできないけど死ぬこともできない、そんなどうしようもない存在だからだ」
「……そうかもしれませんね」
それからも俺たちは死のう死のうと何度も言いながら、もう少し、あともう少しだけ生きようと自殺寸前のところで止まり、結局末永く生き続けたのだ。
私と一緒に死んでください 桜森よなが @yoshinosomei
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