第3話 幼馴染の嘘には意味がある(後編)

「久しぶり奏」


 目の前にいるきららに俺は戸惑いを隠せない。


 声を聞いたのはいつぶりだろうか。


「……」


「少し大人っぽくなったね」


(高校生の頃から大人っぽかったお前に言われたってちっとも嬉しくなんかない)


「……」


「彼女はできた? あぁ……でも奏は意気地なしだからなぁ」


(うるせぇ。俺はまだ片思いし続けてる最中なんだよ)


「……」


「ねぇ、いい加減喋ってよ。なんか私やばいやつみたいじゃん」


「なんで……ここにいるんだよ」


 心のなかでは思うことはたくさんあるのに口に出せたのはそれだけだった。


「奏に謝るために来たんだ」


「謝るためだって? そんなこと……」


「だって私さ、結構理不尽な死に方したじゃん? 何も奏に伝えられなかったからさ」


「……そんなことねぇよ。お前が書いた日記を見た。もうそれだけで十分伝わった」


「そっか。でも奏に相談すればよかったね。不器用な私でごめんね」


「そんなことねぇ! だって俺は……俺は……!」


「なに? 奏?」


 俺はもう心の奥底に封じ込めていたものを吐露するしかなかった。


「お前が嘘をついてたことは分かってたんだ……」


「え……?」


「でも、伝えることはできなかった。だって、きららは覚悟を決めたら絶対に貫く女の子だって知ってたから」


「奏……」


 昔からきららと喧嘩したことなんて数え切れないほどあった。


 でもきららは俺に悪口なんて言ったことは一度もなかった。


 そんなきららが俺に暴言を何度も何度も吐いた。


 悲しかったけど、なにか理由があるんだと思った。


 だから、俺はきららと距離を取ることにしたんだ。


「ただ情けないよなぁ。1ヶ月くらいしか耐えられなかったよ。実はさ、きららが死んだ日に俺はお前の跡をつけてたんだ」


「……」


「じゃあお前は栗原と2人で楽しそうにデートしていた。そこでわかったんだ。あの嘘は俺を傷つけないようについたんだって」


「それは……」


「俺はさ、嬉しかったんだ。きららにも好きな人ができたってことに。だから、栗原にお前のことを頼むって伝えようと思った」


「え……?」


 ちょうどきららと解散したところを狙って俺は栗原に接触した。


「きららは人のことをものすごく考えられるいいやつなんだって。これからも、あいつをよろしく頼むって言ったらよ……栗原のやつなんて言ったと思う?」 


「……わからない」


「人の好みはいつ変わるかわからないし。あの子は僕にとってただの遊びだよって言いやがったんだ」


 あの下衆い笑い方を俺は忘れることはできない。


「めっちゃ腹立ってぶん殴ろうと思ったときにさ、近くにいたSPみたいな奴らに捕まえられた」


 それでも止まろうとしない俺を正当防衛だとか言って殴ってきたっけ。


「笑っちまうよな。俺喧嘩弱いのに1人で突っ走ってさ。本当はあの日きららの家に行って栗原と付き合うのはやめろって伝えるつもりだったんだ」


「そんな……」


「まぁ、外に出てくれないから帰ったんだけどな。ちょうど良かったよ。ボロボロな体見せたくなかったし」


「……あの日は、本当に奏が来てくれたの嬉しかったんだよ。やっと来てくれたって。だから時間かかったけど覚悟決めて奏の家向かおうとしたの……。でも事故に遭っちゃった」


「結局はすれ違いだったんだな。ごめんなきらら。俺がもっと早くに話してやるべきだった」


「違うよ。私が伝えたら良かったの……」


「じゃあお互い様だな」


 俺はぎこちない笑顔を作った。


「奏は私の嘘気づいてたんだね」


「当たり前だろうがっ。俺が一番お前のこと見てんだから」


 恥ずかしながらも俺はそう口にした。


「なんだ。じゃあもう後悔ないや」


 そう言うと、きららの体が少しずつ消えかかっていく。


「ちょっと待てよ。まだ俺はお前と話したいこといっぱいあんだよ」


 俺はきららに近づいて手を触れようとする。


 でも掴むことなんてできやしない。


「ねぇ奏。私の事好き?」


 きららは満面の笑顔で俺にそう問いかけた。


「……大好きだよ」 


 普段は恥ずかしがって言えない俺がはっきり口に出している。


「嬉しいなぁ。夢のときは一度も言ってくれなかったくせに、こういうときはちゃんと言うんだもんなぁ」


「やっぱりあれはお前の仕業だったのかよっ!」


「少しでも私のことを忘れないでほしかったからね。でももう満足だ」


「おい。まだ俺は……」


 気づかないうちに涙が出ていた。


「大丈夫。きっとまた会えるから。なんだか確信に近いものがあるんだ。だからさ?」


「っっ……。なんだよ」


「その時は絶対に嘘つきって言ってね。約束だよ」


「……当たり前だ。もうお前にずっと嘘なんかつかせてたまるかよ」


「ふふっ。ありがとね。もう行かなくちゃ。じゃあね奏」


 きららは俺に小さく手を振ったあと、さっきまでいたのが噓のように、消えていなくなった。


 その瞬間とてつもない悲しみが俺に襲いかかってきた。


 でもなぜかさっきまであったもやもやはいつの間にか消えていた。


 ※※※※※※※※※


 あれから10年経った。


 俺は大学で出会った女性とすでに結婚していて、もうすぐ5歳になる娘がいる。


「ねぇ。パパ! 写真取って!」


 今日も公園で娘と遊んでいる。


 無邪気に笑う娘が愛おしい。


「おっけー。ちょっと待ってろよ」


 俺は携帯をポケットから取り出し、カメラのアプリを起動する。


「行くぞ〜。はい……」


「待ってパパ!」


 準備ができた俺が「はいチーズ」と言おうとすると、娘が制止した。


「どうした?」


「パパは私のこと好き?」


「当たり前だ。大好きだぞ」


「私はね……パパのことだいっきらい!」


「そんなこと言ったらお父さん泣いちゃ…」


 俺は目の前の光景を見て、呆然としてしまった。


 だって娘は昔大好きだった幼馴染と同じで


 ただ単に鼻が痒かっただけかもしれない。


 でもなぜかそうとは思えない自分がいて。


「嘘つき」


 だから俺は約束通り娘にそう言い返した。

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幼馴染の嘘には意味がある モフ @mohhuru

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