第2話 幼馴染の嘘には意味がある(中編)

「詐欺……?」


「えぇ。この水晶を買えば精神が安定するってね。値段は1000万相当。他にも色々な小物を売られたわ。あまり口に出したくないけど、総額8000万くらいだったと思うわ」


「8000万…」


 そんな大金を借金するとなればと想像するだけでお腹が痛くなる。


「こんな重たい話してごめんね。でも必要な話なの」


「いえ……それでそのお金は」


「全部は払えなかったわ。義父と義母に相談して哲也さんの生命保険を全額使うことにはなったんだけど、残った借金は2000万」


 真冬さんの両親はもうすでに他界していた為、哲也さんの両親に相談したそうだ。


「親戚とか頼れる人には相談したんですか?」


「もちろんよ。でも親戚とは仲が悪かったから相談なんてしようがなかったの」


「そうだったんですか……」


 なんだか話が少しずつ繋がってきた気がする。


「もしかしてきららがアルバイトをし始めたのって……」


「そうなの。すこしでも私の助けになるからってね」


 あいつはなにか新しいことをしたいと言いソフトボール部を辞めアルバイトを始めた。


 あいつはソフトボールをこよなく愛していて、俺はそれを知っていたからこそ何度か考え直すように促した。


 しかし、一度決めたことには揺るがないあいつの意見を俺は止めることなんてできる筈がなかった。


「もちろんその必要はないって伝えたの。でも言うことを全然聞いてくれなかった」


 私の精神がまだ安定してなかったこともあって、助けてもらっていたのも事実だと真冬さんは言う。


「それでね。アルバイト先で、きららはある人に出会うことになるの」


「ある人……栗原くりはらのことですか」


 俺ときららと同じ高校の生徒である栗原。


 父親が会社を何個も経営していて、将来は跡を継ぐことが確定しているとよくのたうち回っていた。


 いけ好かないやつだったのをよく覚えている。


「知ってたの? えぇ……そうよ。彼から2000万円貰う代わりにきららは彼の婚約者になったの」


 真冬さんはそう告げたあと、その経緯を話し始めたのだった。


 ※※※※※※※※※


 あれはきららがバイトをし始めてからしばらく経った頃だった。


「お母さん! 借金の問題解決できるかも!」


 バイトから帰ってきたきららはいつもよりも元気そうに笑っている。


 笑ったこの子の顔は大好きだがなにかおかしい。


「どういうこと? なにか危ないことをしようとしてるんじゃ……」


「危なくないよ! 学校にね、お金持ちの栗原くんって子がいるんだけど、最近よくバイト先に来て話しかけてくれるの。それで仲良くなってね……借金のことを相談したらさ、僕が解決してあげるよって言われたんだ」


「そんなの無償でやってくれるわけ……」


「うん。当たり前じゃん。私が栗原くんの婚約者になったら、お金を払ってくれるって。それにお母さんに一生困らないぐらいのお金を渡してあげるとも言ってくれたんだ」


「ねぇ……」


「お母さんさ、心の病気が治ってないのにまた仕事を始めだしたでしょ? もうそんな必要もないんだよ?」


「きらら」


「良かったね。また楽しく暮らせるね!」


「きらら!」


 私は珍しく怒気を孕んだ大声を出していた。


「お母さん?」


「そんなに私はあなたを苦しめたくない。奏くんのことが好きなんでしょ? だったらそんなことは絶対にだめ」


「うん。奏のことは大好きだよ。でもね? お母さんのことも大好きなの。お母さんが私のことを苦しめたくないのと同じように、私もお母さんに苦しんでほしくないんだ」


「きらら。そんなのだめ」


「お母さんお願い。もう幸せになって。私も幸せになるから。だって栗原くんかっこいいんだよ。奏と違ってスポーツも万能だし、奏と違って清潔感あるし、奏と違って……」


「きらら嘘ついてるよ。鼻触ってる」


「あれれ? おかしいなぁ。なんだか涙が出てきた」


「きららっ!」


 私はきららを力強く抱きしめた。


 なんでこの子はこんなにも強いんだろうかと。


 それに比べて私は心の弱い人間だ。


 借金を抱えて、精神も病んで、さらにこの子に甘えようとしている。


 こんなのはだめだ。


 あの子は奏くんと結婚するんだ。


 2人が笑い合ってるところを見るのが私は好きだった。


 あぁごめんなさい。ごめんなさい。


 私は愚か者です。


 情けない母親でごめんなさい。


 許してください。


 もう私にはきららを止める力はなかった。


 ※※※※※※※※※


「本当にごめんなさい」


「……」


 一部始終を聞いた俺は唖然としていた。


「あの子が奏くんにどう伝えたのかはわからないけど……あれはきららの本心じゃないから。それだけはわかってほしい」


「……真冬さん、少し1人にさせてくれませんか?」


「そ、そうね。私ちょっと外出てくるわね。奏くん。本当にごめんなさい」


 深く頭を下げて真冬さんは部屋から出ていった。


「……あの人は悪くないだろ」


 俺が真冬さんを攻めることなんてできない。


 だって精神を病んでしまった経験がないから。


 そんなしんどい思いをしてしまった真冬さんに寄り添ったきららは本当にすごいやつだ。


 でもと俺は強く唇を噛んだ。


「なにか相談してくれりゃ良かったじゃねぇかよ」


 俺をもっと信用してほしかった。


 少しでも助けてやりたかった。


「……なんだこれ」


 そんな時だった。


 俺は何故か視線が吸い寄せられて机にある一冊のノートを無意識に開いていた。


 それはきららが書いた日記帳だとわかった。


 俺は何も言わずに読み始める。


 10月15日。私は奏に大嫌いだからもう関わらないでと嘘をついた。


 最初は信じてなかったけど、私が奏の悪口ばっかいうからいつの間にか口喧嘩になってたね。


 思ってもない悪口をいっぱいいっぱい奏にぶつけた。


 昔からずっと大好きだったのに、大嫌いって何度も何度も言った。


 ごめんね奏。


 でもね……でもね?


 私が嘘をつくときは鼻を触る癖があること奏は知ってるでしょ?


 こんなの自分勝手だけど、気づいてほしかったなぁ。


 10月16日。奏とは一切口を効かなくなった。


 いつも朝は迎えに来てくれて一緒に行ってたのに、今日はその姿はなかった。


 休憩時間ごとに私のクラスに来て話もしてくれなくなった。


 意図的なのかわからないけど、一度も顔を合わせることはなかったね。


 1日の中で1回も話さなかったのは初めてかも。


 悲しいな。うぅん。とても悲しい。ものすごく悲しい。


 でもお母さんが幸せになってもらうためにはこうするしかないんだ。


 頑張れ私。


 10月17日。奏と休憩時間に一度だけすれ違った。


 でも会話なんて一切ない。目だって合わせてくれない。


 そんな奏に私ができることは鼻を触ることだけ。


 嘘だってばれたくないのに、お母さんを助けてあげたいのに、体は奏に助けを求めている。


 今の私は嘘をついているのだと。


 気づいて奏。私はやっぱりあなたのことが好きなんだよ。


 悲しい。そう口で伝えたいのに。


 でも、私しかお母さんを守れない。


 だから、一度決めたことは貫き通そうとしている。


 私ができるのはこんな些細なことだけ。


「なんだよ。これ……」


 そんな日記を約1ヶ月ほど……俺と喧嘩した日からきららが亡くなる前日まで書かれていた。


「こんなのずるいだろうがっ……」


 俺は膝から崩れ落ち畳に手をついた。


 そして衝動に駆られて頭を掻きむしる。


 俺の昔から後悔したことがあったときにする悪い癖だ。


「だめだよ。そんなに掻きむしったらはげちゃうよ」


「は?」


 おかしい。絶対に聞こえるはずのない声がなぜか聞こえてくる。


「きらら……なのか」


 目を疑った。なぜなら目の前には死んだはずのきららがいたからだ。

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