幼馴染の嘘には意味がある

モフ

第1話 幼馴染の嘘には意味がある(前編)

「かなで!」


「なんだよ」


「私さ、かなでのことだーいきらいっ!」


「うっせぇ! 俺だってお前のことだ……だいきらいだっ!」


「も、もうっ! 知ってるくせに!」


「なにがだよっ?」


「私が嘘を言うときは鼻を触ること!」


「おまっ……」


 きららは鼻を触りながら恥ずかしそうに顔を赤らめている。


 幼馴染で俺の大好きな女の子。


 目がぱっちりしていて、ポニーテールのよく似合う女の子。


 でも……彼女は俺に嘘をついていた。


「かなでのことだいすきだよっ」


「うっ……」


「ねぇ……かなでは私のこと好き?」


 いつの間にか彼女の顔が俺に近づく。


「俺は……俺は……」


 答えられず躊躇している最中、俺は現実へと連れ戻されるかのように目が覚めた。


「いい加減……起きろ!」


 なぜか、今目の前には枕を投げようとしている妹がいる。


 いや……もう投げた。


「いてっ! 何すんだっ!」


「お兄ちゃんが起きないからでしょ!」


「うっせぇな……」


 先程剛速球を投げてきたこいつは妹の明里あかり


 明里は高校2年生でソフトボール部に所属している。


(ちっ。あいつが明里にソフトボールなんか教えるからこんな凶暴女に……)


「ねぇ、今凶暴女って思ったでしょ」


「思ってねぇよ!」


「ならいいけど。ほらいくよ!」


「どこにだよ」


「わかってるくせに……。しばらく顔だしてないでしょ。きらちゃん悲しんでるよ」


「……きっとあいつだって俺に会いたくねぇよ」


「あぁ。もうむかつく! 今から30分で準備して!」


「だから行かねぇって」


「じゃあベッド下に隠してる大量のエッチな本をお母さんに見せるからね」


「……なんで知ってんだよ」


「ほらどうするの? 行くの? 行かないの?」


「……わかったよ。行くから」


「最初からそう言えばいいのに。じゃあ先行ってるから絶対に来るんだよ」


 明里はそう言った後、部屋を飛び出し階段を降りていった。


 なんとまぁ、忙しないやつだ。


「早いもんだな。もうあいつの命日か」


 今日は俺の幼馴染であるかざりきららの命日だ。


 あいつは高校1年生のときに息を引き取った。


 死因は運転手の信号無視による交通事故だそうだ。


 あいつは亡くなる1ヶ月前、俺に大きな嘘をついた。


 その嘘が原因で俺たちの仲はどんどん悪くなっていった。


 いつも当たり前のように隣りにいた星がうざったく思えた。


 こういうのを偽りの関係と言うのだろう。


 あいつが死んでから俺は毎年この日になると同じ夢を見る。


「もう思い出させんなよ……昔のことだってのに」


 時間とは理不尽なものであれから2年も月日が経とうとしている。


 気づけば、俺は大学1年生。


 時間は過ぎるのは早いくせに、印象の強い記憶はいつまでも頭に残り続ける。


「ちっ……行くか」


 重い足を引きずって、俺は押し入れからスーツを手に取った。


 ※※※※※※※※※


「ピンポーン」


 俺はきららの家につきインターホンを鳴らした。


 すると、背の高い美人な女の人が出てきた。


「久しぶりね! 奏くん今日は来てくれてありがとう」


 この人はきららのお母さんの麻冬まふゆさん。


 昔はよく家にお邪魔してご飯をご馳走になった。


「お久しぶりです。今日はきららの命日なんで」


「ほら、上がって。きっとあの子も喜んでいるわ」


「……だといいんですけどね」


(やっぱりあいつは人気だったんだな)


 家に入ると多くの人がいることが分かった。


 友達、親戚、学校の先生とよっぽどきららは人気者だったことがうかがえる。


 あいつは……多くの人に好かれていた。


 席替えをしようものなら隣になりたいと多くの人は望んでたし、ソフトボールの練習中にはこぞってファンと名乗ってる連中らが応援しに来た。


 そりゃ、顔が良くて、成績優秀で、着飾りしないような女の子が人気にならないわけがない。


 まぁ、性格はツンツンしてたけど。


 俺はそんなことを思いながらきららの仏壇の前まで来て座った。


(お前はいつしかそんな笑顔を俺に向けなくなったよな)


 そこに置かれてある満面の笑顔で映ってるきららの遺影を見て俺は思う。


「お前……これ好きだったろ。持ってきてやったぞ」


 俺は仏壇の前に紙パックのレモンティーを置いて、おりんを手に取った後、チーンと音を鳴らし手を合わした。


(なぁ……もう夢に出てくるのは止めてくれ。はっきり言ってお前のことを思い出すだけで辛くなるんだ。頼むな)


 俺は祈る途中、心の中でそう強く願った。


 これ以上長く居たら色んなことを思い出してしまう。


 それほどこの家にはたくさんの思い出が詰まっている。


(……帰るか)


 立ち上がり、帰る旨を伝えようと俺は真冬さんがいるリビングまで足を向けた。


 ※※※※※※※※※


「真冬さん。そろそろ帰ることにします」


「奏くん。もう帰っちゃうの?」


 悲しそうな表情をした真冬さんが俺にそう訊ねた。


「はい。お邪魔しました」


 すこし心が痛んだが、致し方ない。


 俺は真冬さんにお辞儀をした後、玄関まで向かおうとした。


 その時だった。


「ちょっと待って!」


 真冬さんは俺の手首を掴んでいた。


「ど……どうしたんですか」


「あのね、どうしても伝えたいことがあるの。付いてきてくれないかな?」


 俺はそんな緊迫した雰囲気にノーと伝えることができず、彼女の後を付いていくしかなかった。


 ※※※※※※※※※※


「久しぶりでしょ? きららの部屋に入るのは」


「……そうですね」


 ここに最後入ったのは、いつだろうか。


 あいつは高校2年生を目処に、小学校から続けていたソフトボール部を辞め、アルバイトに時間を費やすようになった。


 それからあいつの家に入ることはなくなった気がする。


 もう2年くらい経つだろうか。


「よくここで遊んでたよねぇ。きららが奏くんがゲームして私の話全然聞いてくれないってよく怒ってたわ。それにね……きららが」


 昔のことを思い出したのか、真冬さんは話すことをやめない。


 でも……俺はこんな話を聞きに来たわけじゃない。


「真冬さん」


「ご、ごめんね。久しぶりに奏くんと話せるのが楽しくて」


「いえ……それで話ってなんですか?」


「……実はきららのことで伝えたいことがあるの」


「きららのことですか?」


「えぇ。あの子が亡くなった日のことはっきり覚えてる?」


「そりゃあ……覚えてますよ」


 あれは土砂降りの日だった。


 俺は話もしてくれなくなったきららの約1ヶ月間の行動にとうとう痺れを切らし家まで行くことにした。


 インターホンを鳴らすと、真冬さんが出てきて、「きららが奏くんとは会いたくない」と伝えられた。


 なぜだか分からない。俺が一体何をしたんだ。


 そんなことを思いながら俺は自分の家まで戻ったことを覚えている。


「……あの子とても後悔してたのよ。仲直りしたかったって。それでね……」


 どんどんと真冬さんの声が小さくなっていく。


「覚悟を決めて奏くんの家に向かう途中事故にあったの」


「……」


 それは知らなかった。


 てっきりの家に行ったんだと思っていた。


「なかなか話せなくてごめんなさい。私のせいなのに……」


「なんで真冬さんのせいなんですか」


「あの子が奏くんと距離を置いた理由が私のためでもあるからなの」


 深刻な顔つきで真冬さんはそう言った。


「どういうことですか。詳しく教えてください」


哲也てつやさんきららが高校1年生のとき亡くなったでしょ?」


 哲也さんとはきららのお父さんで、真冬さんの旦那さんのことだ。


「はい。あのときは俺も本当に辛かったです」


 哲也さんは俺を本当の子どものように接してくれたし、きららと遠くに行くときはいつも哲也さんが車で連れて行ってくれた。


 素晴らしいお父さんだったことを覚えている。


「実はあの人が亡くなってからね、私少し精神を病んでしまったの」


 話の内容を聞くと、毎晩泣いたり、きつくきららに当たってしまうこともあったそうだ。


「え……そんなこと一度もきららから聞いてませんよ」


「あの子は人に心配をかけたくない性格してるからね。長く一緒にいた奏くんなら知ってるでしょ?」


「そうですね……」


 確かにそうだ。


 あいつは中学の時、厳しいと言われていたソフトボール部の練習を文句一つ言わず、めげずに続けた。


 他にも中学の時に女子の先輩からの嫉妬によるいじめにも1人で立ち向かって対処していたことだってあった。


 一切俺に相談なんてせずに……。


 俺はあいつが誰よりも心が強いやつだと思っていた。


「病院から貰った精神安定剤も飲んでたんだけど、はっきり言ってそこまで効力はなかった。そんなときにね?」


 その続きを言う真冬さんの沈んだ声が俺の耳朶を打った。


「私は詐欺にあってしまったの」

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