ちょっと真剣にお持ち帰りする方法を考えてみる

おでん食べるよね

第一話 腐れ縁を誘ってみた


「童貞卒業したい……」


 2022年12月1日。

 親の金で住まわせてもらっているアパートに寝転がりながら壁に足を掛け、魂からの呟きを口に出した。


 ストーブを付けていても冬の寒さは侮れない。

 戸の隙間から漏れて来た夜風が独り身の肌を撫でる。

 ブルブルと身体が震えた。


 こう寒いと人肌が恋しくなって仕方が無い。


「こんなはずじゃなかった……」


 三年前の春、俺は勉強の甲斐あり都内にある第一志望の大学に進学した。


 勉強は苦手で、成績は中学高校と下から数えた方が早かった。

 友達も少なく、恋人が出来た事も無い。

 部活もやっていなかった俺は授業が終わると家に帰ってアニメを見たり、ゲームをやったりして過ごしていた。


 そんな退廃的な高校生活はある日一変した。

 友達に彼女が出来たのがきっかけだった。


 それまで俺と一緒に教室の掃き溜めみたいな所でゲームをやっていた友達は彼女が出来ると徐々に変わっていった。


 見た目を気にしだしたのか、寝癖だらけだった髪を整えだす。

 壊滅的だった私服も見る度に良くなっていった。

 身体を鍛えたのか、風が吹いたら飛んでいってしまいそうだったヒョロヒョロの身体はいつしかムキムキになっていた。


 掃き溜めで一緒にゲームをしていた友達はいつの間にかリア充になっていた。


 このまま童貞を守り続けて魔法使いになろうぜ!

 そう約束したはずなのに、気付くとあいつはジョブチェンジしていた。


 彼奴が茶色に染まった髪の毛を弄っていた時に放った言葉が今でも忘れられない。


『お前もまだまだ若いんだし、大学デビューとかしてみたら大学生らしいキャンパスライフが送れるんじゃね?』


 大学生らしいキャンパスライフ。

 ……つまり、酒池肉林だ。


 あいつは俺にヤリチンになれと言ったのだ。


 その言葉に感銘を受けた俺は勉強を頑張った。

 残りの高校生活を全て捨て、勉強に励んだ。

 その甲斐あって都内のいいとこの大学に入れた。


 それなのに、現実はどうだ。


 バイト漬けの大学生活。

 ――何故か少ない女子。

 寝てばかりの講義。

 ――存在しないヤリサー。

 童貞のまま22歳になってしまった俺。


「こんなはずでは……」


 ネットで調べて髪型を流行りの物にした。

 リア充になった友達からファッションの事を聞き、ドラゴンが刺繍された服を廃棄した。

 勉強を頑張って理系の、それも今をときめく情報系の大学にも入った。


 大学デビューは完璧に遂行された。

 それなのに、今までと何も変わらなかった。


 見た目は変わっても、中身が変わらなくてはヤリチンにはなれないって事なのか?


「くっ、このまま童貞で居てたまるかあ!」


 スマホを取り出しもう一人の腐れ縁に連絡を取る。

 俺には女子の知り合いが一人だけいる。


 高校の頃、俺達と一緒に掃き溜めでゲームをしていた女子。

 俺を同じ大学に誘い、同じコンビニでバイトをしようと誘ってきたゲーム友達。


 この際、四の五の言っていられない。


『よーっす、茉莉花まつりか。今月の24日は空いているか? 良かったら俺と飲みに行かないか?』


 メッセージアプリにそれを書いて固まった。


 これを送れば、何かが変わるかもしれない。

 だが、何故だか物凄く緊張する。


 茉莉花は掃き溜め時代からの友達だ。

 普段どぎつい下ネタを言い合う仲でもあるし、二人だけで出掛けた事もある。

 リア充になった彼奴と同じく、何でも話し合える友達だ。


「えーい、童貞のまま年を明けてたまるか!」


 勇気の送信。

 震える指先で送信ボタンをタップした。


「緊張した……。でもま、これでどうにかなるか……」


 スマホを腹の上に落とす。

 腐れ縁を飲みに誘うだけの事なのに、物凄く緊張した。


 飲みに行くのさえ成功してしまえばどうにかなる。

 二人だけで飲んでいたらなんやかんやで良い仲になってそのままお持ち帰り出来る。

 彼女持ちの彼奴がそう言っていたから間違いない。


 相手が茉莉花というのだけ少し気になるが、中身がアレでも外面は良い。


 ――プルルル。

 腹の上に置いたスマホが震えた。


 通知が来ている。

 恐る恐る送信主の名前を見てみる。


 茉莉花、と書いてあった。

 壁にかけていた足を下ろし、正座をした。


 直ぐに返事が返って来たのだ。


 ――プルル。

 スマホがまたもや振動して手から落ちそうになった。


 やけに緊張するが、茉莉花からのメッセージを確認する。


『!』

『……そういう事なんだよね?』

『いいよ。じんから誘ってくれるなんて思っていなかったや』


 どうやら、茉莉花も俺の事を誘おうとしていたようだ。

 何がそういう事なのかは分からないが、24日と言えばクリスマスイブだし、今年も独り身二人で過ごすつもりだったのだろうか。


 去年まではクリスマスを、茉莉花と二人で「今年も恋人出来なかったんだね」と茶化し合いながら過ごしていた。

 一緒に借りて来た映画をダラダラ見ながらケーキを食べる。


 そんな傷の舐めあいみたいなクリスマスを過ごしていた。

 だが、今年は一味違う。


『ああ、そういう事だ。当日はよろしくな』


 茉莉花には悪いが、童貞を捨てるのに利用させてもらう。


 メッセージアプリで既に魔法使いになるチャンスを捨てた掃き溜め友達を探す。


『少し相談したい事があるんだが……』


 少しでも成功率を上げる為に彼奴に泣きつく事にした。


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