第三話 このままだと襲われてしまう
「……っ!」
目が覚める。
パッと視界に飛び込んで来たのは天井に吊るされた常夜灯の灯り。
ベッドの直ぐ近くに置いてある時計に頭を動かす。
2023年12月24日23時48分。
クリスマスが終わろうとしていた。
「頭いてぇ……」
何があったのか思い出そうとすると頭が痛んだ。
茉莉花と飲みに行った事は覚えている。
だが、店に入ってからの記憶が曖昧だ。
確か、茉莉花がいつものように酔っぱらって呂律が回らなくなって……そのあとどうなったんだ? どうやって俺は家に戻って来たんだ?
「あ、起きた」
茉莉花の声が聞こえた。
声のした方向に顔を向けると、黒色の下着のみを着用した茉莉花がピンク色の小さな箱を持って立っている事に気付いた。
「どうして茉莉花がここに……? 何があったんだ?」
「あれ覚えてないの? うーん、それなら何処までなら覚えてる?」
「茉莉花が酔っぱらって呂律回らくなってきて……そこまでだな」
「ふーん……なるほどね。今回はそんな感じか」
茉莉花がうんうんと頷き何かを納得していたが、何がそんな感じなのだろうか。
「そこまで覚えているのなら話は早いわ。そうね、いつものように私が酔っぱらったじゃない?」
「あ、ああ」
「最後レモンサワーを一気飲みした後に倒れたのよ、私が」
やけに私を強調してくる。
なんでかこうやって気付いた後にはいつも茉莉花がシレっと俺の家に居るが、毎回同じような説明をして、毎回「私」という言葉を強調する。
……そんなに念入りに言わんでも、分かっているというのに。
「倒れちゃった私を仁が家まで運んで来てくれた……今日はそんな感じよ」
「なるほど……」
だいたいいつもと同じパターンだった。
記憶は無いのだが、俺は毎回茉莉花を介抱してやっているらしい。
「それは分かったんだが、下着なのは何故?」
しかし今回はいつもとは違う所があった。
恰好がいくらなんでも薄着過ぎる。
会った時は厚着していたはずなのに服が全部何処かにいってしまっている。
俺が介抱していたとしても、流石にそこまで脱がすはずが無いだろう。
茉莉花と友達関係を続けていく為に煩悩をぶっ飛ばしたはずだ。
「あーこれは汚れちゃったからよ?」
「汚れた?」
「店では吐かずに済んだんだけどね、家に着いたら安心しちゃったらしくて」
「茉莉花が? 俺の家で安心して吐いた?」
「ちが……わないわ! そう仁の家に着いたら安心しちゃってね、こう思いっきりドバーッて」
「あー、言われてみたらほのかにそんな臭いが」
近くに特有な残り香を感じる。
そう言い俺が納得すると、何故だか茉莉花が顔を顰める。
「どうした?」
「あー、いや、流石に歯磨きくらいはするべきだったかなって」
「吐いたなら歯磨きはするべきだろう?」
「ほんとそうよね……」
変な茉莉花だ。
……さっきまでお酒を飲んでいたせいだろうか、喉が渇いた。
なんで俺がベッドで寝ていたのかは分からず仕舞いだが、別段気にする事でも無いだろう。
――ジャララ。
「……あれ?」
水を取りに起き上がろうと身体に力を込めたが、何かに引っ張られて起き上がれなかった。
というか、気のせいで無ければ変な音が聞こえた気がする。
恐る恐る音のした方向を向く。
俺の右手の先にあるベッドの隅。
常夜灯の灯りが心もとないので、よくは見えなかったが黒い鎖のような物が見えた気がする。
……いや、さすがに気のせいだよな?
こんな所に鎖がある訳無いだろ。
――ジャララ。
しかし、手を動かそうとすると同じ音が聞こえて来る。
――ジャララ。
足を動かそうとしても、変な音が聞こえるだけで動けない。
「………………」
――――ガシャガシャガシャガシャ。
無言で全身を動かしてみると、それに比例するように金属が擦れるような音が段々と大きく聞こえた。
「……」
無言で頭を動かして、ピンク色の小さな箱を開封している茉莉花の方を見る。
「えーっと、茉莉花……これは一体?」
「なんだろうね」
封を破り、箱を開けた茉莉花はニコニコ笑って俺にそう返した。
笑っているはずなのに何故だか肉食獣みたいな鋭い視線を感じられ怖かった。
「お、俺をどうするつもりだ!?」
思わずそう叫んだ。
両手両足をベッドに拘束された俺は何の抵抗も出来ない。
茉莉花が危険な事をしてきても受け入れるしか選択肢が無い。
「……ねえ仁はさ、私達が何歳か知ってる?」
箱から中身を取り出した茉莉花は俺の横に座り、手のひらでスススと腹を撫でて来た。
茉莉花の冷えた手で撫でられた箇所がゾワゾワとした感覚に襲われ、少し腰が浮きそうになったが、拘束されている為叶わなかった。
「え、22歳だが……」
「もう私達22歳なんだよね。ねえ、いつ出会ったかも勿論覚えているよね?」
「保育園の年中の頃だから、4歳だっけか……?」
「あれから18年も経っちゃったね? ……なんで18年も経ったのに何も無いんだろうね?」
「えっと……?」
茉莉花が肩肘をつき、俺の顔を覗き込むように横で転がる。
仰向けのまま固定された俺の左側に付き、足を絡めて来ながら俺の頬を撫でた。
弄ぶように人差し指を左頬で滑らせ、俺の口元まで通る。
そのまま唇を撫でた茉莉花は、自身の赤色が落ちて桃色に戻った唇へ滑らせ妖艶な微笑みを浮かべた。
茉莉花はその人差し指を再び俺の口に滑らせると、俺の腕を枕にしてコテンと寝転がる。
途端、ベッドに押されて広がった茉莉花の豊満な身体が俺の身体に触れる。
重量物が俺の左脇周辺で歪み、もっちりとした感触で包んでくる。
同時に、茉莉花の脚を使い俺の左足を挟んだ事により思わず反応しかけた。
次の瞬間、茉莉花は耳に息を吹きかけて来た。
「……うおっ」
「驚き過ぎだよ」
茉莉花が楽しそうにクスクスと笑う。
何故か湿っていた茉莉花の黒い髪が乱れ、艶っぽく見えた。
「風呂入ったのか……?」
「シャワーだけだけどね。やっぱりマナーというか恥ずかしいし」
「ま、まさか……」
やろうとしているのか? 今から。
「うん、なんかもうこっちから襲った方が早いなって」
「え、えぇえええ!??」
茉莉花をお持ち帰りしようと思っていたら、お持ち帰りされたのは俺だったと……なんて呑気に考えている場合じゃない。
「ど、どうして……?」
「ほら、時計を見てみて?」
茉莉花に顎を掴まれ、クイと顔を動かされた。
12月24日0時20分。
気付いてから30分以上経っていた事を時計が教えてくれた。
「童貞を捨てたがっていた仁なら今の時間が何の時間か分かるよね?」
「……」
12月24日21時00分から12月25日3時00分まで。
その時間は性の六時間と言われる。
思春期を経験した人間ならば誰もが知っている常識。
「聞いたところによると、憎らしい程に朴念仁の仁が私の事を襲おうとしていたらしいじゃない?」
「……!?」
耳元で囁かれた言葉で全身がゾワリと震えた。
どうして茉莉花がそれを知っているんだ。
この事は掃き溜めで友情を誓い合った彼奴にしか教えていないはずだ
俺は彼奴に「俺の友人が長年来の友達を襲おうとしているっぽいんだけど、何かアドバイス無い? あとこれは誰にも言うなよ。特に茉莉花とかには」と茉莉花と飲みに行くに当たって相談する事にした。
先にリア充になってそのまま魔法使いの卵も辞めるという暴挙に出たあいつは俺に約束したはずだ。
『二度と裏切らん。……特別な事情を除いて』
確かにそう約束した。
今回がその特別な事情にあたるとでも言うのか……!?
「正直嬉しかったよ、仁の考えていた事は紛れもなくゴミなんだけどさ。『私ってちゃんと女として見られてたんだ!』って、私が今まで沢山してきた露骨なアピールと外堀埋めは間違っていなかったんだって」
「そ、そんな……」
外堀埋め……茉莉花が裏で何してきたかは分からない。
けど、露骨なアピールに関しては思う節があった。
さっきまで茉莉花が持っていたピンク色の小さな紙の箱。
あれは避妊具の入った箱である。
ある時、茉莉花が一緒に出掛けた時にコンビニで買っていた。
それを見た時、『使う相手が居るのか……?』と何故だか胸がズキリと痛んだが、茉莉花はそれを俺の家まで持って来て、テレビ台の上に放置した。
それからというもの、そのピンク色の箱はテレビ台の上でひたすら存在感を放ち続けている。
ニュースを見ている時も、映画を見ている時も、ゲームをしている時もずっとそこにある。
茉莉花にそれとなく言ってみても、茉莉花は持って帰らない。
こいつは一体何を考えているんだ……?
俺はずっとそう思っていた。
それが今、やっと分かった気がする。
……もしかして茉莉花は、私の事を襲えと俺に示していたのでは?
そう考えたら全てに合点がいく。
合点がいくのだが、一つだけ言わせて欲しい。
アピールのしかたがいくらなんでも露骨過ぎないか?
何か裏がある、罠ではないか……そう思っても仕方がないだろ。
コンドームの箱をドーンとテレビ台の上に置くというのはアピール方法として不適切過ぎるだろうが。
一体なぜ、茉莉花はそんな方法を取って来たんだ……?
そう思えてくるが、茉莉花がそう出るのならこちらとしても好都合だ。
据え膳がネギを背負ってやってきた。
元々俺も、茉莉花を襲うつもりだった。
「気に食わないじゃない? 今までこんなにアピールしてきたのに全部駄目でヤキモキしてたのにさ、最終的には私の思惑なんて無かった事にして、性欲に任せて襲って来ようとするなんて……ねえ?」
……彼奴、何処まで茉莉花に喋ったんだ?
今度あったら絶対に殴る。
「悪かった。悪かったんだが、これを解いて欲しいなー……なんて」
「いやよ?」
「このままだと、初体験が拘束されたまま済まされちゃうんだよな……?」
喋りながら右手を動かし、シーツをめくる。
拘束されているせいで動かしづらいが、なるべく手の届きやすい所に置いといて助かった。
「仁の童貞は私がこのままもらってあげる」
「ふぉっ」
茉莉花は耳元でそう囁き、舌で触れて来た。
思わず変な声が出る。
そのまま俺の左耳は水音に包まれた。
温かい何かでひたすら耳を舐られると頭が溶けてしまいそうだ。
しかし、なんとか理性を保ち、シーツ下に隠しておいたそれを手に取った。
——カチャカチャ。
音が出てしまいビクッとなったが、茉莉花は耳に舌を添わせる事に夢中で気付かなかったようだ。
頼む、このまま気付かないでくれ……!
そう願い、拘束された手首が痛むのも気にせずに一心不乱に作業を続けた。
——カチャ。
それまでとは違う音が響いた。
俺は自由に右腕を動かす。
「……きゃっ!? どうして……!?」
半身を捻り、茉莉花の柔らかい身体を両腕で挟んで動けなくする。
動けないと思っていた俺が急に動き、自身を挟んで来た事に驚いたのか茉莉花は腕の中でビクリと震えた。
「なんでなんでなんで!?」
茉莉花は混乱しているようだ。
俺に挟まれた茉莉花はひたすら同じ言葉を繰り返す。
可哀想だけど、丁度良かった。
冷静さを取り戻される前に、左手首の拘束具を外す事に着手する。
今度は右手が自由に動く事もあり、難なく外す事が出来た。
「なんで……ってそれは俺が聞きたいくらいなんだが? ただ、なんというか18年も一緒にいると考える事は似るんだなって」
「……えっ?」
物凄く簡単な話である。
俺も茉莉花に同じ事をしようとしていた。
ただそれだけの事だ。
俺も茉莉花をお持ち帰りしようとしていた。
今日会って、茉莉花の顔を見て考えを改めたが、準備は抜かりなくしていた。
錠を見た時は驚いた。
俺と同じ物を茉莉花は買っていたのだ。
茉莉花を酔わせて、家にお持ち帰りして、頂く。
手錠は盛り上がったら使おうと思い、購入しておいた。
まさか初手から使われるとは思っていなかったが、結果として形勢逆転する事が出来たのでよしとしよう。
黒くて何の変哲もない普通の手錠に愛着が湧いてしまうくらいには、イメージプレイもしておいた。
拘束された状態で外すくらい造作でも無い。
「ふん、童貞の執念を舐めるなよ」
尚も驚いて動けない茉莉花の腕に、先程まで俺を拘束していた手錠をかけた。
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