第四話 揉んでおくべきだった


 ——シャコシャコシャコ。

 洗面所に歯磨きをする音が響く。


 ——んんんん!

 部屋の方からは茉莉花の呻く声が聞こえる。


 ベッドに縛り付けて拘束した上に、テープで口を塞いできた茉莉花の声を聞きながら考え事をしていた。


 まず一つ目に、今日吐いたのは俺の方なのではないだろうか。


 浴室には茉莉花が着て来た服が散らばっていた。

 服は汚れており、直前までシャワーで洗っていたかのような形跡がある。

 洗濯機には大量のタオルと靴下が投げ込まれていた。


 先程、玄関の方も確認してみたらほのかな残り香を感じた。


 茉莉花は自分が吐き、俺が介抱してくれた……みたいに言っていたが、あれは嘘なのではないだろうか。

 何故なら俺には、それを始末した記憶などない。


 おまけに、自分の口と喉奥の方に胃液特有の酸っぱさを感じた。

 吐いていたのは俺の方で確定だろう。


 だが、それだと分からない事がある。

 どうして茉莉花は自分が吐いたなどと言う嘘を吐いたのだろうか。


 ——ガラガラガラ、ペ。

 口をゆすぎ、思考をリフレッシュする。


「こういうの考えても分からねえんだよな……」


 茉莉花とは昔からいるが、何を考えているかは未だに掴めていない。

 18年も友達やっていて言うのはなんだが、俺と茉莉花は性格が真逆であったりする。

 よくこんな長い間、何事も無く友達やっていけたなと思うくらいだ。


 ……まぁ、先程襲われかけたが。


 ただ、手錠を見た時は少しだけ嬉しかった。

 俺が近くのホームセンターで買って来た物と同じだった。

 性格は真逆だけど、考えは似るんだなーと嬉しくなった。


 ……なんて事は置いといて二つ目の考え事だ。

 なんで茉莉花は俺の事を襲ったのか。

 一番の疑問はこれだろう。


 ——クチュクチュクチュ。

 マウスウォッシュを口の中に入れ、再びゆすぐ。

 口の中の不快感が中々取れない。


 ……茉莉花とは4歳の頃にあった。

 当時保育園でボケーっとしながら積み木で遊んでいたら、茉莉花が俺の積み木を蹴り飛ばした。


 いきなり作った物を壊されてビックリして泣いてしまった俺に対して茉莉花はこう言った。


『えほんでみたやつ!』


 実はこれがファーストコンタクトだったりする。

 賽の河原でも読んでいたのだろうか。

 果たして、保育園に置かれているような絵本に賽の河原が描かれた物なんてあったのだろうか。


 ——ガラガラ、ペ。

 五回も口をゆすいだら少しはマシになった気がする。


 部屋に戻り、ベッドの上で暴れる茉莉花をボーっと眺めながら、2Lペットボトルの水をラッパ飲みした。


「んんんんんー-!!!」


 茉莉花は俺の方を睨みながら呻いていた。


 本当は両手だけ拘束するつもりだった。

 だが、あまりにも茉莉花が暴れて何度も蹴られた為、やむなく足も拘束して口にもテープを貼る事にした。


 茉莉花の現在は、両手両足拘束口テープ黒下着という状態である。

 にもかかわらず、暴力的な程大きな胸をばるんばるん揺らしながら、未だに暴れ続けている。

 反抗の意思が消えない。


 ……思えば昔から茉莉花はああだった。

 ファーストコンタクト後、茉莉花は俺の物を壊す事にハマったのか、翌日以降も何かとちょっかいをかけてきた。


 積み木を蹴り飛ばしてきたり、バッグをハサミで切ってきたり、俺の食べ物に手でベチャーって押し潰してきたり、普通に殴ってきたり…………今思えばクソガキだった。


 小学生に上がっても茉莉花の悪童さは消えない。

 むしろ悪化したまである。


 血気盛んな茉莉花は先生に毎日噛みついて過ごしていた。

 物理的に噛みつくというあれだが。


 身体が大きかった茉莉花は自身に盾突く男子連中をボコボコに打ち負かして舎弟に。

 茉莉花ちゃんこわーいと言う女子共は睨んで黙らせ服従させる。


 たまたま茉莉花の近くに住んでいた俺は、茉莉花のお世話を押し付けられた。

 登校中に走ってどっかに行こうとする茉莉花の首根っこを掴んで学校に向かわせるのには骨が折れた。

 生傷をいくつ付けられた事か……。


 小学校高学年時、俺達男連中の成長期がやって来て茉莉花の背の高さはクラスで一番じゃなくなった。

 だいたいそこら辺から茉莉花も大人しくなっていったと思う。


「仁が私よりデカくなっちゃった……!」


 ショックそうにそう言っていたのをよく覚えている。

 茉莉花に取って、クラスの誰よりも身体が大きいというのはアイデンティティだったのだろう。


 生意気さはまだ残るものの、暴虐性は抑えられていった。


「んー! んー!」


 ——ギシギシギシ。

 ベッドの柱から嫌な音が聞こえ始めた。


「フー! フー!」


 荒い鼻息も聞こえる。

 茉莉花に襲われたから手錠で繋いで放置したが、あれを解いたら俺はどうなってしまうんだろうか。


 茉莉花と一緒に同じ中学へ進学した。

 茉莉花はバレーボール部に入り、三年時には主将になっていた。

 対して俺は軽音楽部……いや、俺一人だけでやっていたから軽音同好会という表現の方があっているか。

 モテてーなーって思いながら一人しか居ない教室でひたすらギターを弾いていた。


 三年間運動部で動きまくっていた奴と、ひたすらぼっちでギターを弾いていた奴。

 肉弾戦になった場合どちらが強いかは一目瞭然だろう。


 そんな茉莉花だが、高校時代は帰宅部だった。

 飛んだり跳ねたりすると、胸が痛むらしくそれが嫌で辞めたと言っていた。

 俺は特に何も無かったので、変わらずギターを弾き続けようと思ったが、「一緒に帰るわよね?」と圧をかけられたので辞退した。


「でもいずれか解放しなきゃいけないんだよな……」


 ペットボトルをテーブルに置き、ベッドまで向かい茉莉花の隣に座る。


「殺される前に一揉みくらいしとくか……」

「ん!」


 隣に座ると、茉莉花は大人しくなった。

 右手を恐る恐る茉莉花の胸に伸ばすと、触りやすいように差し出された気がするが気のせいだろうか。


 右手が茉莉花の黒い下着に触れる。

 初めて触ったが、硬い布といった感触だった。

 刺繍のあるところを触ってみると凹凸がある。


 その布が守っている肌の感触を感じる為に右手に力を込めようとしたが、躊躇う。


「本当に触って良いのだろうか」


 そう言って伸ばした手を戻した。


「ん-! んー!」


 茉莉花も嫌がっている。


 高校の時に俺達の周りで事件が起こった。

 中学を卒業し、茉莉花と一緒に同じ高校へ。


 その時には茉莉花はだいぶ大人しくなった。


 その時まではよく周りを威圧して、弱そうな人をパシらせていたが、高校に入るとそれも無くなった。

 傍若無人さが消えたのは良い事なのだろうが、ちょうどその当たりで茉莉花の好みを把握してきていた俺としては折角培ったパシリスキルが役立たなくなったので複雑な思いだった。


 茉莉花が成長して大人しくなり、暴力を振るわれる事も無くなったがそれは良い事ばかりでは無かったらしい。


 当時高校一年生だった茉莉花は、三年の先輩連中に襲われた。

 俺達の進学した高校は普通の公立高校だったが、田舎だったという事もありヤンキーが多かった。


 三年に一回くらい恐喝事件や万引き、強姦などの事件が起こった。

 普通な奴らも多かったが、血気盛んな奴らも多かった。


 16歳で既に出るところが出た体型になっていた茉莉花は先輩達から見たら、狙い目だったのだろう。

 歩く度に揺れる胸は彼らの情欲を煽り、犯罪行為へと駆り立てた。


 事件が起こった放課後、帰りの支度を終わらせた俺は茉莉花の事を校門で待っていた。

 俺が自転車で茉莉花が徒歩。


 毎日茉莉花の家までお迎えに行き、二人で歩いて登校。

 帰りは俺が先に駐輪場から自転車を持って来て、茉莉花が来るまでには校門前で待つ。

 そんな生活をしていた。


 だけどその日は茉莉花が全然来なかった。

 おかしい、と思いスマホで連絡をしても反応なし。

 いつもならどんな時でも10秒くらいで既読が付くのに、その時は何も無かった。


 流石におかしいと思った俺は、もう一人の腐れ縁に連絡をした。

 中学生の時にサッカー部でキャプテンをしていたとか言っていた彼奴は、高校では生徒会活動に集中する為どこの部活にも入らなかった。


 茉莉花と違い彼奴は直ぐにメッセージに反応した。

 そして分かった。


 ——新堂ちゃんの荷物がまだ教室内にあるんだよね。俺的には、あの新堂ちゃんが仁を待たせるなんて事はありえないと思うんだけど一応確認ね。本当にそっちにもいない?


 俺は自転車を校門前に置きっぱなしにして、走って学校に戻った。

 靴箱を確認してみると、茉莉花の靴は入りっぱなしだった。


「靴がまだある! 茉莉花はまだ学校内にいる!」


 ——なるほどね。こっちでも探してみるから電話はしっぱなしで頼むよ。何かあったら直ぐに言う。


 茉莉花の捜索が始まった。

 捜索と言っても、直ぐに茉莉花は見つかった。

 そもそも学校内には隠れられる場所なんてそこまで無い。


 水泳部用更衣室、当時水泳部が存在しなかった為、誰にも使われていなかった部屋から茉莉花の声が聞こえた。


「茉莉花の声が聞こえた。男子水泳部用更衣室だ」


 それだけをスマホに向かって言い、俺は部屋に突撃した。


 扉を勢いよく開くと、下半身を露出した男の汚いケツが見えた。

 三年の男連中が五人で茉莉花を囲って輪姦しようとしていた。


 一人が茉莉花の脇に手を通して羽交い締めにし、二人が茉莉花の足を片方ずつ持ち開脚、一人が汚い下半身を露にして茉莉花の前に立ち、最後の一人がスマホを茉莉花に構えて動画撮影していた。


「茉莉花!」


 涙目の茉莉花と目が合う。

 制服をバッサリ切られ、下着姿にされていた茉莉花は両手両足を先輩達に捕まれて身動き出来なくされていた。


「あぁ、誰だよオメーは?」


 下に何も履いていない男が俺に振り返りガンを飛ばして来た。

 後から知ったが、この先輩は裏で女生徒に酷い事を散々していたらしい。

 それ以外にも万引きを繰り返したり、下級生から金を巻き上げたりと悪い噂が沢山あった。


 下半身丸出しの男は、生徒から恐れられる不良生徒だったらしい。


 だけど、その時の俺にはそんな事知らなかったし、関係無かった。


「見せもんじゃーから早く出て行け一年。それともぶっ飛ばされてーのか?」


 汚い物をブラブラさせながら男が近づいて来る。


 俺はそんな男の言葉なんて聞かずに、背中に背負っていた相棒を掴んで振り被った。

 結局、高校時は軽音学部には入らなかったが、三年間の苦楽を共に過ごした相棒は肌身離さず持ち歩いていた。


「あれ、お前もしかしてギターをずっと背負った変人で有名な木音じ——」

「——死ね」


 お小遣いをせっせと貯めて買った愛用のギターを頭目掛けてフルスイング。

 下半身丸出し男の頭部に当たったギターは砕けちったが、男も倒れた。


 相棒は壊れてしまったが、茉莉花の身に何かが起こるよりは断然マシだ。


「うっ!!?」


 倒れた男の股間を踏み潰しトドメを入れてギターのネック部を構える。

 ボディは壊れてしまったが、まだ武器としては使える。


 茉莉花を押さえている男共に向かってギターのネック部を突き出した。


「なんだこいつやべえぞ!」

「平然と急所を狙って来やがる!」

「こいつを押さえろ!」


 スマホを構えていた男が俺に飛び込んで来る。

 俺はそいつに地面に組み伏せられたが、火事場の馬鹿力という奴だろうか、そいつの首を締め身体から直ぐに引き剝がせた。


「なんつー馬鹿力だよこいつ! お前ら見てないで手を貸せ!」


 俺は直ぐに取り押さえられ、身動きが出来なくなった。

 流石に一対四じゃ敵わない。


「くそっ……」


 しかし、俺が捕まったという事は茉莉花が自由になったという事でもある。


「……あんたら、私の仁に向かって何してんだ? あぁ!?」


 歳を取る毎に大人しくなってきていた茉莉花の暴虐性が解放された。


 暫くすると、もう一人の腐れ縁が先生を引き連れてやってきた。

 しかし、その時には更衣室が凄惨な事になっていたが。


「うわぁ、遅かったか……こうなると思ったからなるべく早く来たのに」


 彼奴はそんな事を言っていた。


 まぁ、無理も無いだろう。

 茉莉花を襲った連中が皆股間を押さえながら血を流して倒れていたんだから。


 俺が取り押さえられると茉莉花が暴れ、茉莉花が取り押さえられると俺が暴れる。

 各々思うがままに動いていたらこうなっていた。


 色々やり過ぎたが、俺と茉莉花は不問となり、茉莉花に手を出そうとした五人は退学になった。


 あの事件はそうして幕を閉じた。

 ただ、それがトラウマになったのか、茉莉花は前にも増して俺にくっついてくるようになった。

 あとそれと、男五人に組み伏せられたのが相当嫌だったのか、茉莉花は合気道を習い始めた。


 ——茉莉花の心にはあの時の事件が残っているかもしれない。


 茉莉花に襲われたから襲い返そうと思ったが、事件がフラッシュバックして嫌だろう。

 ずっと拘束し続けるのもよくないはずだ。


 だが、拘束を解いたらどうなるか。

 俺じゃ絶対に敵いっこない合気道女の報復が始まる。


 とは言えだ、やはり解放してやろう。

 このまま拘束し続けるのは良くない事だし、なにより、このままでは茉莉花にベッドを壊されそうで怖い。


「おっぱいの一揉みくらいはしとけば良かったな……」


 そんな後悔が口から出たが、ポケットにしまっておいた手錠の鍵を手に取り、茉莉花の左手の枷を外した。

 直ぐに茉莉花は口に貼られていたテープを剥がし、息を短く吐いて俺の事を睨んで来た。


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