第2話 反撃の狼煙は煉獄より昇る


次の日、私は少し早めに登校し、あの子の机に書いた落書きを探した。

ノートも綺麗になっていた。本当にあの男がすべて消してしまった。


マリアには幸せになってほしい。

私はその一心で生きてきた。

しかし、実際はどうだろう。あの子を泣かすばかりで、何もできていない。


あの男は何か策を考えているらしい。

私の望みを叶えるために動くつもりのようだ。

何をするつもりなのだろうか。


「ダイアナ、どうしちゃったの?」


「……何でもない、少し調子が悪いだけ」


私は机に突っ伏していた。取り巻きの女子が不安そうに私を見ている。

いつもなら何かしらの悪態をついている頃だから、余計に不気味なのだろう。


心なしかマリアも不思議そうにこちらを見ている気がする。


何者でもないあの子が聖女に選ばれた。

何かが優れているわけじゃない。

マリアは容姿も成績も家柄も普通、どこにでもいる普通の女の子だ。


つい先日、あの子を聖女にすると神からお告げがあった。

神の言葉は全世界に発信され、世界はひっくり返った。

容姿や年齢、人種や家柄、性格や日頃の行いなどが評価される。


聖女になるために努力していた子も多かったから、当然、羨望と嫉妬の的になった。


悪意を持って攻撃する女子が現れたのは言うまでもない。私を取り巻いている彼女たちは、悪友みたいなものだ。あの子をいじめているときだけ、私の周りに集まる。


「ダイアナ・ボイスはいるか!」


ロベルトが大声を上げながら、私の横に立った。

髪はボロボロ、額から汗を流している。


「何?」


「ふざけるな! 俺のカバンを窓から放り投げただろうが!」


「……待って、本当に何のこと?」


「話があるというから何かと思って来てみれば、一体何のつもりだ!」


両手で机を叩いた。本当に何の話だ。

私がぽかんとしていると、取り巻きの彼女たちが半目で立ちはだかった。


「あのさ、ダイアナはずっとここにいたよ?

てか、調子悪いみたいだからどっか行ってくんない? マジうるさいんだけど」


「そうだよ、変な言いがかりはやめなよ。どうせ、誰かと見間違えたんでしょ?」


他の生徒からも白い目を向けられていることに気づいたからか、すぐに教室を去った。教室の外からも今のやり取りは見られていた。


「アイツ、超ウザくない? 金持ちだからっていい気になっちゃってさー」


「ねえ、本当に具合悪いなら保健室に行ったほうがいいんじゃない?」


あの喪服の男だ。あの男が私になって、かばんを投げ捨てたんだ。

そんな暴挙に出るとは思わなかった。


「ちょっとトイレ行ってくる」


「一緒に行こうか?」


「大丈夫、すぐ戻るから」


私はトイレに逃げると、私が目の前に立っていた。

猫みたいににやにやと笑っている。


「一度はやってみたかったんだよね、こういうの。

彼以外誰もいなかったから、気にしなくて大丈夫。

君の周りにも人は大勢いたから、無実は証明できる」


「何であんなことしたの」


「やってみたかったからね、こういうの」


それを私が望んでいたとでも言うつもりだろうか。

抗うことが私の望みだとでも言いたいのだろうか。


「ふざけないでよ」


言葉とは裏腹に、ほんの少しだけ心がすっとした自分がいる。

あの子にやっていることをそのままアイツにもしてやりたかった。

何度、思ったかも分からない。


私の代わりに行動してくれる。

私になって望みを叶えてくれる。


「これからも続けるの、こういうこと」


「君が望む限り、私は止まることはない。

けど、気に入らないみたいだから、もっと違う方法を考えてみないとね」


顎に手をあて、それらしく考えている。


「誰も知らないのよね、このこと」


「そういうふうにしたからね、誰も気づいていないよ」


私はずっと席にいたから、誰かが証明してくれる。

カバンを投げた犯人を証明する術はない。


「ダイアナ、いるの?」


私が振り返ると、入口にマリアが立っていた。

今の話を聞いていたのだろうか。

もう一人の私は消えていた。


「何の用?」


「なんか元気ないみたいだから、気になっちゃって……さっきの話、本当なの?」


「知らないわよ、アイツの鞄なんて。私は何もしていないわ」


はたと気づいた。

私は何を言っているのだろうか。


「そうだよね、ずっと席に座ってたもんね。

私からも言っておくし、気にしなくて大丈夫だからね」


昔からそうだった。

私とロベルトが喧嘩しているところを見るたびに、フォローしていた。

人々の平和を守るのが聖女の役目であると言わんばかりに、間に入っている。


私からのいじめも甘んじて受け入れている。

私の平穏が保てるなら、いくらでも犠牲になるつもりだ。


「こんなの、アンタが気にすることじゃない」


「けど」


「いいから、アンタは黙ってて」


私は早足でトイレを出た。

私を気にかけることなんてない。


私の影は少しだけ泣いているように見えた。

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