第3話 裏表ドッペルゲンガー
その日から、ロベルトの身に異変が起き始めた。
物を盗られたとか、倉庫に閉じ込められたとか、背後から突き落とされたとか、とにかく様々なことが起きた。誰かに嫌がらせを受けるたびに、私の下へ何度も怒鳴りつけるに来る。彼が言うには、その場に私がいるというのだ。
しかし、私の近くには必ず誰かがいて、何もしていないことを証明してくれる。
その度に周りに白い目を向けられ、帰っていく。
彼の話を信じるものはおらず、印象も徐々に悪くなっていった。
「今までのツケが回ってきたのかもね。
何もかも私のせいにすればいいと思っているんだわ」
「何言ってんのよ、アンタは悪くないじゃん。
八つ当たりしてるだけだって」
「そういうものかしら」
「マリアをいじめてたこと、根に持ってるのかもね。
聖女と結婚するとかなんとか言ってたし」
「それ、マジウケるよね。
そんな簡単に結婚できたら、世界なんてとっくに滅んでるっつーの」
「だよね、世界がいくつあっても足りないよ」
「大体、何でマリアなんかが聖女に選ばれたんだか。
あの子、これといって何もないじゃない」
「そのせいでみんなの人生が狂ったもんねえ。
ふさわしい人ならもっといるだろうに」
「ねー、嫌になっちゃう」
ここぞとばかりに不平不満をぶつけている。私の言葉に嘘はない。
今までいじめてきた分、私も同じ仕打ちを受けなければならない。
罰を受けなければならないと思っている。
しかし、ロベルトに嫌がらせをしているのは、私の心を名乗るあの男だ。
私は何もしていない。このことを知っているのは私だけだ。
あの男の正体は未だに分からない。
ロベルトに仕返しをしてやりたいと思っていたのは確かだ。
私の願いを叶えてくれている。
それだけで終わるとは思えない。
私を助けることが目的ではないはずだ。
「ダイアナ・ボイス! お前、何でここにいるんだ!」
ロベルトがばたばた走りながら、私の前に躍り出た。
取り巻きの女子ににらみつけられても、びくともしない。
「それはこっちのセリフよ。あなたこそ、何しに来たの」
「じゃあ、これで刺してきたのはなんなんだ!」
ロベルトはナイフを取り出した。
よく見ると、腹部に何かで切られたような跡がある。
「何それ、ダイアナがアンタを殺そうとしてきたってこと?」
「あのさぁ、変なことを言わないでくれる?
私たちと一緒に教室を出たんだよ? バカにしてんの?」
私たちはずっと一緒にいたから、今回も無実を証明できる。
あの男が先回りして彼を襲った。それ以外に考えられない。
「本当に私だったのね?」
「だから、逃げて来たんだよ! 馬鹿じゃないのか!」
こんなことをするとは思わなかった。
正直に話すべきなのかもしれない。
「まだ近くに犯人がいるかもしれない。探しましょう」
彼女たちは不満そうに私たちを見比べた後、ため息をついた。
「適当に探したら帰るからね」
「ありがとう、どうか気をつけて」
私はロベルトに案内され、襲われた場所まで向かった。
何の変哲もない帰り道だ。すでに日は傾いている。
あの日と同じだ。ゆっくりと振り返ると、彼の後ろに私がいた。
「私をどうするつもりなのかは知らない。
けど、これ以上はもう限界なの」
「なんだと?」
「犯人はそこにいるわよ、見てみたら?」
ロベルトが振り返った途端、もう一人の私が笑みを浮かべていた。
「びっくりした? 残念ながら、タネも仕掛けもないんだよね」
大きく目を見開いて、言葉を紡ごうとどうにか口を動かす。
驚きのあまり、声も出ないらしい。
「好きにすればいいさ、君の話を信じる奴なんていないよ」
ロベルトは絶叫をしながら、走り去った。
あんな姿は初めて見た。
「よかったの、こんなことして」
「分かっていてやっていたんじゃないの?」
「まあね。これで君は自由になれたんだ。
もっと喜んでもいいんじゃない?」
自由か。そうだ、私を利用する者はいなくなったんだ。
私は悪役でいる必要がなくなった。
これでよかったんだ。
「学校にも来られなくなるかもね。そっちのほうが都合がいいけど」
「本当にそうね」
悪いことをしたとは思わない。
これで邪魔をする人はいなくなった。
「今まで本当にありがとう。
すごく助かったわ」
「感謝される筋合いなんてないね。私は何もしてない」
「でも、助かったのは本当だし」
「お互いさまだよ、これで私の目的も達成に近づくというわけだ」
喪服の男は笑った。
「ごめんね、実は君の心というのは適当に考えた嘘なんだ」
「知ってた」
「ですよね」
「アンタ誰なの?」
「真の世界平和を望んでいる者、とでも言えばいいかな。
うちの女王様の命令でこっちに来た」
「どういうこと?」
「今に分かるよ」
それ以上は何も語らなかった。
目的は一致していたから、私は何も言わなかった。
これですべてが終わり、平和になると思っていた。
しかし、この男の思う真の平和はそんなものではなかったのである。
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