短編:タイムマシンに意味はない
来賀 玲
***
私はね、タイムマシンの開発に成功したんだ。
これでようやく、あの時不注意で死なせた妻が助けられる。
そう思って過去に飛んで、確かに妻を助けたんだ。
……ところが、現代に戻っても妻が死んだ事には変わらなかった。
いや、それどころか、何一つ歴史も事実も変わらなかった。
私は、何度も同じことを繰り返した。
助ける方法や日時を変えて……それでも何も変わらなかった。
「そりゃ変わりませんよ。
そもそも過去を変えたとしても、変わらなかった過去の世界は残るんですもん」
何度目かの試行錯誤の末、なんとより未来からやってきたタイムマシンを開発したモノとであった。
彼は、いわば恐竜のラプトルが進化した人類であり、見た目はトカゲの意匠こそあるが、案外人間に近いモノだ。
収斂進化という言葉を、身をもって体験した。
そして言われた理論は、彼らが国を挙げて開発したからこそ分かる話だった。
「変わらなかった過去の世界……?」
「平行宇宙理論ってあるじゃないですか。
歴史のある分岐、いやもっと細かい理由で違いが生まれた世界というものが、我々の住む世界に存在するという物です。
実は、我々のタイムマシンの実験の真の目的は、並行世界の観測のためにあるんですよ」
恐竜人類も他人の奢りには弱いのか、それとも案外味は分かる相手だったのか、過去のお気に入りのコーヒー専門店でコーヒーをテイクアウトして差し上げたところ、色々聞くことが出来た。
「並行世界?」
「あなたのお陰で、それも身をもって体感できていますよ。
私は双弓類。あなたは単弓類。もしも宇宙の歴史が一本道であるなら、同じ星に『人類』を名乗る別の生物が同時に存在するでしょうか?」
「そもそもこちらでは恐竜は滅びているよ」
「我々の世界では、哺乳類はもっと小さくて可愛いモノですよ。
これほど大きな違いもあれば、それでこそあなたが未来からやってきて過去を変えたという世界も存在しうる。
ただ右の道を左の道へ行った自分がいるというだけの別の世界もある。
それが並行世界です。
ただ、そのせいであなたが変えたかった世界も残ったまま。
あなたその何も起こらなかった世界に、帰るしか方法はない」
「……本当に、そうなのか?」
「ええ。もし我々の様に並行世界の移動も可能であったとしても、あなたの奥さんが助かった世界には、助かった世界のあなたがいる。
そして、その世界はあなたのものではないのですよ。残念ながらね」
「…………そうか」
…………涙は流れた。ただ、不思議と納得ができた。
「…………どうせだから、少し君に話したいことがあるんだ」
私は、恥ずかしくも、時間を遡ってまで妻を助けた本当の理由を彼に話した。
「実は、本当はそんなことはとっくに理解していたんだよ。
でも……私は、私が妻の事を思い出しても段々と平気になっていったり、ふと普通に笑えてしまう様になっていくのが、許せなかったんだ。
妻をまだ、思っているフリをしたかっただけなんだ……
私は、私は妻を助けられなくて当然の人間だ。
それを……それを直視できなかったんだ……!」
情けない自分が嫌になる。
「私は、
ただ、妻がいない事に平気になっていく自分が嫌だった。
結局は、妻を助けようと、助けられたと思いながら自分を安心させたかっただけなんだ。
妻の無事なんて……考えてすらいない薄情者だったんだよぉ……!!」
恥ずかしながら、私はしばらく泣き続けていた。
…………恐竜人類というのはやはり温血動物なのか、意外にも彼は私が泣き終わるまでそばにいてくれた。
「……すまない。初対面の相手にあんな」
「同じタイムトラベラーじゃないですか。
どうせ、帰る時間は同じですし」
「……ありがとう。決心がついたよ」
「帰るのですか?」
「ああ。結局、今を生きるしか、私たちは出来ないんだ。
嫌でも未来に進むしかないし、過去に来ても過去は変えられない。
……そうだな、でもやっぱりどこか寂しいから、帰ったら並行世界を覗くための研究をしよう。
妻と過ごす別の世界の自分を覗きでもするさ」
「じゃあ、それが出来たらお互いの世界覗いてみませんか?
縁があれば、またその時にでも挨拶ぐらいはしましょうよ」
「そうだな……本当に助かったよ。
ではまた」
……名作タイムトラベル映画は嘘っぱちだった。
だが、タイムマシンの真実を知りながらも、私はあの映画が好きだと言える。
結局過去は、変わらない。
タイムマシンに意味はない。
…………いや、それは言い過ぎか。
少なくとも、未来へ行こうと思えるだけの体験はもらえたから。
この世界の私はね
***
短編:タイムマシンに意味はない 来賀 玲 @Gojulas_modoki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます