後書にかえて
逆陰の消息について
初めて剣と言う物に触れてから、二十年弱だろうか。
学生時分、部活動として始めた制定居合が、私の剣のふりだしだった。
動機は至極単純だ。棒を振り回す事が好きな少年が、金属製の刀を模した光物を振り回せると知ったら、抗えるはずがなかったのだ。
その後も模擬刀を蟇肌や、木刀、四割、小太刀等々と、幾らか持ち替えはしたものの、気付けば未だに剣を握っている。いい歳で、ちゃんばらや棒振り遊びもないものだが、ついぞ卒業出来そうにないのは、やはり楽しいからだろう。人間、楽しさに勝つのは難しい。
この小説を書いたのは、十年程前だ。
十数年前、三学の門に入り、初めて本格的な伝統剣術を知った。
その頃、同窓の友人に宗旨は異なるものの稽古を能くする者が幾人かおり、仲間内でしばしば話題に出たのが、燕返しだった。
当時、創作で燕返しをモチーフとするものがちらほら見られたので、そのせいもあったのだろう。
友人の一人に、雲耀を至尊に戴く流れの者があった。その撃ち込みは、稲妻の走る速さを理念とする。本来は、一太刀に意地を賭ける流儀だが、もしそこに、あり得ない二の太刀があったら、如何に返すか。
そんな動機で、書き始めた気がする。
本編中に、逆陰と言う構えを書いた。
陰は所謂八相の異名であり、流儀により印や引の字を用い、高さや、手の置きようなどが多少異なる事もある。あるが、大体は左足を前に置き、刀を右体側で保持、鋒は真上乃至後方よりに向け、刃を太刀筋の進行する方へ向けると言う特徴があるだろう。余談ながら、陰に対し、陽と呼ばれる構えもあり、所謂脇構えや隠剣等とも言われる。
陰を順とした時、逆であれば本来は、右足前、刀は左体側、鋒や刃は順同様になるだろう。実際そう言った対称関係にある構えも、実在する。
が、本編中では、どちらかといえば霞の逆に近い構えで描いた。
当時、執筆に際し読み漁った資料の中に、その様な構えを逆陰と称する例があった事から、作中に描いた組太刀の発展形として描くのに具合が良いと考えての事だった。
今、その小説をここに掲載し、改めて調べ直してみると、その様な例は認められなかった。
今となっては、当時確認した資料が何であったか思い出す事もできないでいる。
もし、読者諸氏に逆陰をご存知の方がおり、その消息を御教示いただけるのであれば、これほどの幸福はない。
後書にかえて、逆陰の消息についてと題した本随筆を以って、この物語の結びとさせていただく。
光陰過ぎ行き、 色葉 @suzumarubase
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