第55話 どうする?

「エンリケは!?」


 息せき切ってギルドに戻った弥生を迎えたのは、リンダの冷めた眼差しだった。


「まだだよ。戻ってきたなら手伝っ……」


 リンダの言葉を最後まで聞かずに歩き出す。後ろにリンダの文句が聞こえてきたが、頭には入ってこなかった。

 エンリケの部屋につくと乱暴な手つきでドアを開ける。中に入り、棚をじっと見つめた。

 ギフトタグのコレクションが飾られている棚だ。エンリケの部屋にいるときにぼーっと眺めることはあったが、しっかりと見たのはこれが初めてだ。

 目的のものは――ない。


「ああもう!」


 イライラと吐き捨てて地団駄を踏む。

 頭が爆発しそうなぐらい沸騰していた。転生者施設を飛び出して衝動的にこうしているが、まともにものを考えられていない自覚があった。

 エンリケがいない今のうちなのだが、目的のものは見つからない。

 棚にはないのかと部屋中を探してみるが、やはり見つからなかった。

 諦めきれずに部屋の捜索を続けていると、不意に声をかけられた。


「……何をしてるんだ?」


 開けっ放しにしていた部屋のドアにエンリケが立っていた。

 不思議そうに軽く眉をしかめているエンリケを見て、衝動が弥生を動かした。


「どこ!?」

「なんだ?」


 掴みかかる勢いの弥生を、エンリケはあっさりと両肩を抑えて止めた。それほどの力には思えないのに、それだけでほとんど体を動かせなくなった。

 きっ、とエンリケを睨みつけるように視線をめぐらせる。

 エンリケの耳には、何もない。


「ピアスはどこなの!?」

「……なにがあった?」

「訊いてるのはこっち! あれがあれば――」


 涙があふれる。目から零れ落ちるものと一緒に、言葉も零れ落ちた。


「家に帰れる……!」


 すがりつく弥生に、エンリケは冷めた目で小さく息を吐いた。


「……思い出したのか」

「どういうこと?」


 エンリケはすぐには答えずに、ポケットから小さい円盤のようなものを取り出した。手のひら大のそれは、かすかに見覚えがあるような気がする。

 エンリケはそれをもてあそぶようにして、淡々と話しだした。


「このギフトタグは対象の記憶を操作する力がある」

「……は?」

「ユルカから転生のギフトタグの話を聞いてすぐに君から転生のギフトタグを忘れさせた」

「なんでそんなことしたの!?」


 怒鳴る弥生をあしらうようにエンリケは手を振った。普段なら気にしない気取った仕草に、今はひどい苛立ちを感じる。


「こうなるからだ。転生のギフトタグを使えば君は帰れるかもしれない。だがそんな格別の効果を持つギフトタグには重い条件があるのが普通だ。ぬか喜びさせたくなかったんだ……実際正しかったしな」

「なにが?」

「結論から言うと君にこれは使えない」

「なんで!?」


 エンリケは目線を落として少し考えるようにした。

 次にポケットから取り出したのは、あのピアスだった。つい手を伸ばした弥生をかわして、エンリケは答える。


「生産権はわかるな?」

「……たしか、ギフトタグの持ち主しか使えないってやつ?」

「そうだ。このギフトタグは確かに転生の効果を持っているが、生産権によるものだ。つまり本来の持ち主しか転生はできない」

「…………」

「生産権を除くとこのギフトタグの効果は生命力を上げることだ。簡単に言うと死ににくなる。だから持ち歩いてる」


 エンリケの表情はいつもと変わらない。嘘を言っているのかは、わからない。

 でも、と心が否定したくなる。できないと言われてもおさえられないものがこみ上げる。


「……帰りたい」

「…………」

「お願い……私を家に帰して……」


 とめどなく涙がこぼれる。

 とっくに諦めていたものが目の前にあるかもしれなかった。生産権も何も知らない。もう忘れていたはずの家がひどく恋しい。

 帰れるのなら、何をしたって帰りたい。

 エンリケが弥生を抱きしめる。突き飛ばしたかったが、その気力もなく背中を腕を回して抱き返した。


「残念ながら帰ることはできない。だから忘れさせたんだ。ここが君の家になることは変わらない……」

「嫌だよ……」

「それより、訊きたいことがある」

「……もうやだ」

「大事なことだ。どうして思い出した? どこで、何をしていた?」


 間近にあるエンリケの眼差しが凍てつくような冷たいものになっている。

 恐怖を感じて咄嗟に身をよじるのだが、抱きしめられた体はびくともしなかった。

 感情が爆発するままエンリケに詰め寄ってきたが、とんでもない過ちを犯したということをようやく理解しはじめてきた。

 弥生が求めてきたよりよい生活はきっとここで終わるのかもしれないと、どこか冷静に浮かんできた。


☆☆☆


 ダイアナは足を止めて、荒れた息を整えた。

 道の端に寄ってしゃがみこみ、さきほどのことを思い出す。


『ノエルは……どうして死んだんだっけ』


 そんなことを口走った弥生は、いきなり施設を飛び出してしまった。ダイアナは慌てて後を追ったのだが、体力の限界に足を止めることになってしまったのだ。

 捕まえることはできなかったが、考えれば行先は彼女のギルドしかないだろう。ショートカミングまで行けば、おそらく会うことはできる。

 体力の限界以上の抵抗を感じているのか、足が重たい。しばらく休もうと決め込んで、地面にしっかと座り込んでしまう。

 様子のおかしさは最初から感じていた。由流華の話をした時に見せた動揺はどうとりつくろってもごまかせないものだ。彼女が、あるいはショートカミングがなんらかの形で関わっていると思わされる。

 そう考えると、先日見かけたショートカミングのギルドリーダーであるエンリケがつけていたピアスもやはり怪しい。

 最悪の想像をするなら、由流華が死亡して(あるいは殺されて)ピアスをエンリケたちが奪ったというところだろうか。正直、珍しい話ではない。山賊じみた冒険者による悪行は都市を出なくても耳に入ってくる。

 だが、それも不自然だ。

 まず、由流華はノエルと一緒にいたはずだ。それなら由流華が死ぬということは考えにくい。ノエルはラプトでもおそらく一番の冒険者だ。よっぽどの事態があっても、由流華がどうにかなるとも思えない。

 仮に単独行動か何かをしていて由流華が死んだとしても、今までノエルも現れないのはさすがにおかしい。

 それに、どうしてあのピアスを持っていたのも気にかかる。

 価値があるなら売り払っているはずだし、気に入ってつけているとしてもなんだか妙に感じる。ギフトタグならそうするだろうが、由流華のピアスはそうではなかったはずだ。

 結局のところ、こうして座っていても何もわからないままだ。

 ショートカミングに行くのはダメだ、と今更思う。犯罪に関わっているとしても素直に白状するわけがないし、下手をすれば殺されることもありえる。


「リヴァイブに……」


 話すしかないだろうか。

 ノエルが所属しているギルドはこの話を無視できないはずだ。ノエルが死んだという話を信じるかはわからないが、ショートカミングに話を聞くぐらいはするだろう。

 最悪、二つのギルドが戦争になるかもしれない。

 ごくり、と唾をのむ。表立ってギルドが武力で衝突するのは当たり前に禁止されている。もしそうなってしまえばダイアナがきっかけの一つになってしまう。

 落ち着いたはずの呼吸が少し荒れた。それを自覚して、深呼吸して整える。

 転生者の支援がダイアナの仕事だが、犯罪の捜査はいくらなんでも手に余る。由流華の行方を捜すというだけなのに、危ないところに足を突っ込んでしまっているのかもしれない。

 これまで危ないことのない生活を送ってきたわけでは決してない。多少の危険はあったが、慎重さといくらかの運でなんとかこれまでは無事に過ごしてきた。

 出会って長いわけでもない、親しいというのも違う由流華のために危険を冒す理由はあるのだろうか。

 自問の答えはすぐに出て、立ち上がる。軽く屈伸して歩き出した。

 弥生に話したことは本心だ。寄る辺のない転生者には居場所が必要だ。由流華にも、等しく必要なものだった。

 ノエルがそれになればと思った。転生者の集まりであるリヴァイブなら、由流華の傷を癒してくれるはずだ。もし違っても、どこかで安心できる場所を見つけてくれたらと。

 もし由流華が死んでいたとして、ノエルも死んでいたとすればこの世界で由流華をちゃんと知っているのはダイアナだけになってしまうのかもしれない。

 だとすれば、ダイアナには由流華がどうしているかを知る責任がある。

 せめてそうしないと、誰がこの世界で由流華のことを覚えていられるというのか。

 ショートカミングのギルドハウスからは反対方向になる目的地へ向かう。一歩を進むごとに足取りは強くなっていき、意思も強固になっていく。

 意地になっているだけだとしても、このままにはできない、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

再会を果たしたければ 生きろ/死ね 朝霞肇 @asaka_hajime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画