三話


 ルークは言われた通りに部屋で待っていた。どうせすぐに来ると考えると、暇つぶしに本を読むのには時間が足りない。仕方ないので窓の外を見ることにした。ルークの部屋からは、敷地の外は見えない。先程寝転んでいた庭が見えるばかりだ。小鳥がピーチクパーチク歌っている。ボーっとしているとノックの音が響いた。


「入りますよ」


 ルークは開けるように促した。アルクが部屋の中に入る。スタスタと歩いてルークが座っているちょうど右後ろの位置に立った。彼が魔術を教える際はこの場所が定位置である。

 アルクはルークの魔術の師匠だ。教わることはまだあるとは言ったものの、それでも基礎的なことは一通り修めたのだ。そして先程アルクは、旅の前までに覚えた方がいい魔術を教えると言っていた。ルークはそこはかとなく好奇心にられる。どんなものだろう。そこまで汎用的ではなさそうだ。それならば、もっと早めに教えていただろう。なんにせよマニアックなものには違いない。


「今回教える魔術は、荷物をしっかり固定するものです」

「そんだけ?」

「それだけです」


 さすがに期待外れがすぎる。ひどいしょぼしょぼ魔術だ。露骨にルークは顔に出すと、アルクは、


「たしかに、普通に旅行に行く程度ならば、こんな魔術はいらないでしょう。しかし、長旅になればなるほど貴重なものを持ち運ぶ機会は、強者であれば多くなるものです。そんなときにこの魔術を覚えておくとだいぶ心持ちが違うでしょう」


 ルークは理解した。未だにこの世界では若輩者なのだ。前世での先入観を持っていると楽しめるものもろくに楽しめなくなるだろう。

 実演してみましょう。そういって、アルクは実際に魔術を彼が持ってきたカバンに掛けた。

 ここで簡単にこの世界の魔術について説明しよう。まず、生き物は基本的に魔力というものを持っている。それを魔術式の通りに運用すると魔術が発動するという形になる。魔術の起源や成り立ちなどを説明するとまた長くなるので、このあたりで説明は留めておこうと思う。

 話を戻す。それからルークはアルクの掛けた魔術を確認することにした。彼は荷物をしっかり固定する魔術と言ったが、その結果にたどり着くには何通りか方法がある。イメージしやすいのはあらかじめ座標を決めておいて、そこから動かないようにする方法だ。しかし、ものを持ち運ぶときに使う魔術にはそれでは不適格だ。荷物がそこから動けなくなってしまう。ルークは実際にガサガサとカバンを振ってみた。どうも外部から力を加えてその場に留めているのではなく、動かすのに必要な力を外側へ逃している形をとっているようだ。

 上級者向けというのもうなずける魔術だ。そもそもこのようにものに書かれた魔術の場合、常に魔力を使い続けなければならないので、スタミナが必要だということ。さらに、外部から加わる力は、絶えず変化し続けるので一定の力で外部から留め続けるよりはるかに難易度は高い。


「これ、ずっと持ち歩いててさ。疲れないの?」

「この魔術を使えるほどの実力がある場合、相応にスタミナもあるものです」


 それもそうか。一応、納得してみる。

 やってみなさいと目で促すアルクに従って、魔術を試す。対象はすでに魔術は解かれている眼の前のカバンだ。具体的な方法をまず教わることはない。一度自分で考えさせて試させるのがアルクの指導法だった。

 いきなりぶっつけ本番で挑んでも成功はしない。ひとまず、どのように魔術式を組み立てればいいのか考えてみる。今回の魔術の要素は、外部から加えられた力を解析する。その分の力を外部に放出するという、大まかに分けて二つで構成されている。

 ルークはまず始めの工程である、解析の部分の式を構築することにした。リアルタイムで物体に効果を反映させねばならないので、ここで重要視されるのはレスポンスの速さになる。基本的に、魔術というのは式が長ければ長いほど規模は大きくなるが、その分発動に時間がかかるという特徴がある。ルークは解析の式を省略できるところは省略していく。納得できるほど短く収めたら、あとはその力を外部に流すだけだ。


「できた、はできたけど結構重いなコレ…」

「そこまで繊細に解析しなくていいです。貴重品といえども持ち運ぶ際には梱包はしっかりされるでしょう。気になるというのなら、適宜調節しなさい」


 頷くとルークは魔術式の解析の部分をよりアバウトな方向に変更した。ひとまずはこれで運用することには問題ないだろう。あとは折を見て修正を加えるだけでいい。


「旅と言ってもこれからどうするんだ?どこ行けともどのくらいの間旅をしろとも言われていない」


 アルクは懐から地図を取り出す。


「今回の旅ではこの領地からはすぐに出ていきます。そして、平原と森を抜けて目指すのはクーロン領です」


 クーロン領とは文字通りクーロンという貴族の一家が治める土地である。


「当然彼らには我々が行くことは伝えていませんので、あなたが貴族であることは隠したまま過ごすことになります」


 言外によろしいですねと含ませたアルクにルークは無言で頷いた。


「目的も特にありませんし観光気分で過ごせばいいでしょう。今回の旅に深く考えねばならない懸念事項は特にないです」


 それもそうだ。ルーク自身に目的こそあれど、ああしろこうしろなどとは言われていない。

 残りの一週間は何をこの旅で見るべきか考えるのに使うべきだろう。頭を下げて部屋から出るアルクをみやりながらルークは考えるのだった。

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from Ash DanceDance @tolast

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